Neetel Inside 文芸新都
表紙

いっぱいの光を脳に
密室で育つ。 Closed door talks

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 私の携帯に姉からの着信があったので出ずに切る。すると2秒後にまた着信があって、これが私の姉じゃなかったらこの人相当タイミング悪いな~と思いながら携帯を開くとやはり姉だったので私は出ずに携帯の電源ごと切る。結局、夕飯は理恵に寿司の出前をとって貰ってそれを食べた。
理恵の両親はどちらとも教師であり二人とも家でできる仕事でも学校で済ませてから帰宅したいタイプらしく夜は遅いし、理恵の弟も引きこもりだしで理恵はいつも一人で夕飯を食べているという。でも理恵は全然かわいそうなことはなく、夕食費として毎日私の一か月分のお小遣いくらいのお金を貰っていて寿司をとったりピザをとったり一人で外食行ったり気まぐれで自炊したりして楽しんでいるというのだからむしろ妬ましい。なめてる。更に理恵の家はでかい二階建てで、一階のトイレとバスルームとリビング以外の広大な空間が全て理恵の部屋としてあてがわれているのだから甘やかしすぎである。なめてる。
 ふざけて理恵がお風呂に入っているところを除いてやろうとした私だが、思いとどまって理恵の弟で引きこもりである鉄人(『てつと』と読む)にちょっかいを出してやることにした。鉄人とは小さい頃から一緒に遊んでやったり一緒に留守番してやったり一緒に近所の野良猫をあれこれしたりで長い付き合いだったのに、あいつは私に何の挨拶もなしに一年前の丁度今頃、あいつが中学一年生の二学期だった時に引きこもりをはじめたのだ。ホンモノの馬鹿だぜ。自分が置かれている状況が気に食わない時に親や友達や教師を殴ってひと悶着起こすでもなく夜中にこっそり家出して自分の力だけで生きていこうとしたりするでもなく、あいつはただただ部屋に居続ける事を選んだのだ。愚かきわまる発想。そしてそういう現状から逃げたいっていう気持ちを自分だけのものだと錯覚して恥ずかしげもなくあたりに見せ付けている。そんな単純で楽な発想誰でももってるっつーの。あほ。まぁ私の気持ちはさて置いて更に悪いことに両親はそんな鉄人の甘えた行動を容認しているのだ。いつか鉄人は自分の力で殻を破ってまともな世界に舞い戻ってくると信じている。たしかに自分達の子供を信じたいという気持ちは分かるが、それでもあえて親として四苦八苦して鉄人をちゃんと厳しい現実世界に引き戻してあげるのが両親の務めなのではないか、と、私はまともなことを考える。まぁ無理なんだけどね。そういうふうな行動をとる子供ってのは親がどうこう周りがどうこう気を利かせてあげたって自分の気持ちを曲げないものなのだ。結局子ども自身が自分で考えなければ駄目で風呂に入ってるときや歩いてるときや寝る前に布団に入るときとかに自分の将来のことを考えたくもないのに考えて一回絶望に浸ったりしないと分からないもんなんだよな。詳しくは知らんけど。

 ノックもせずにいきなり鉄人の部屋のドアを開けて私はおや、と思った。引きこもりの部屋といえば電気がついてなくて真っ暗でパソコンのディスプレイだけが煌々としてぐちゃぐちゃに物が散乱しているというイメージがあるが、鉄人の部屋はそうでもなくちゃんと電気がついていて部屋が割りと片付いていてテレビのスピーカーから笑い声が漏れていた。
「ちゃんと人間やってんの、ふぇっちん」と私はベッドの上でびっくりした顔をしている鉄人に声をかける。ちなみに『ふぇっちん』とは、鉄人→鉄→Fe→ふぇ→ふぇっちんというアカデミック極まるあだ名である。

「なんだ、あやっこか。何やってんのこんな時間に」「ねぇ私家出してきた」「は?」「家出してきたから宜しく」「何で?」「うちの姉ちゃんうっさいから」「姉ちゃんって、優美子さん?」「うん」「夜中に歌ったりすんの?」「は?」「優美子さん、夜中に歌ったりしてうるさくて眠れないから家出してきたの?」「馬鹿じゃないのあんた」「別に」「あんた普段なにやって生きてんの」「漫画読んだり本読んだり」「本?どんな本?」「ヴァン・ダインとか」「うわ」「何?」「格好つけじゃん」「は?」「あんた外国の小説読むのが格好いいと思ってんでしょ」「別に。面白いから読んでるだけだし」「近々私の名前を本屋さんで見かけることになると思うんで宜しく」

 そこで鉄人は「あ」と言ってベッドから立ち上がる。
「そうだ、あやっこにいいもの見せてやる」
「なになに?何かしらエロいやつ?」思春期の子供といえば何かしらエロいやつを家族以外の人間に見せたがったりするものだ。
「何かしら、じゃねーよバーカ」
鉄人は部屋のクローゼットを開けてごそごそと上のほうによじ登って墜落しそうになりながらも頑張って布に包まれた大きな直方体の何かを引っ張り出してくる。鉄人は直方体の何かを床に置いて、「ほら」と言いながら布を剥ぎ取った。直方体の何かは、直方体の水槽であった。水槽の内部には小石が敷き詰められており模擬的な池も作られており中々本格的だった。そして恐竜のミニチュアらしきものが入れられていた。ディノニクスのミニチュアかな、と私は考えながら安易に水槽に手を入れてしまったので、水槽の中のディノニクスっぽいのが私の手に反応してビクッと動いた時には本気で驚いて手を引っ込めた。そして引っ込めた手が鉄人の顔に当たった。
「あ、ごめん」
「いったいなー、バカ彩子」鉄人は理恵と違ってちゃんと怒る。
ディノニクスっぽいのは水槽の中でぱちゃぱちゃと動き回る。
「何これ、生きてんじゃん。やばくない?」
「雨の日に拾ったんだ」鉄人は水槽に手を入れてディノニクスっぽいののしっぽを掴んでもう片方の手の平に乗せる。「ワニの赤ちゃんだよ」
「馬鹿じゃないのあんた。そんなの拾ってきてどうすんの」
「聞きたい?」
「ん?」
「こいつをちゃんと育ててね、あ、こいつの名前はギリンガムっていうんだけど、ギリンガムをちゃんと大人になるまで育ててうちの家族を食べさせるんだ」
「へぇ、ワニなんて食べても美味しくなさそうだけどね」
鉄人は、えっ、て顔をしてから「違う違う」と手を横に振る。
「ギリンガムに、家族を食べさせるんだよ」

 うわ、と私は思う。アホだこいつ。思春期の男の子ってのは皆こういうことを考えるもんなんだろうか。もしかして、と思って私は言う。
「もしかして、ギリンガムをこっそり育てる為に引きこもってんの?」
「いや、それは違う。だってギリンガムを見つけたのは引きこもってからだもん」
「え?引きこもってんのにどうやって見つけたの」
「時々散歩してるもん。夜中に」
 夜中の雨が降ってる中を散歩か。青春だ。まさに中学生といった感じ。私も今よりもう少し若かった頃は夜中によく散歩したものだ。何で思春期の頃って言うのは夜中に散歩したくなるんだろう。思春期特有の行動と言うのは大抵が自己顕示欲の解消が目的であるから、普通に考えれば、俺はこんな夜中に散歩するのも怖くないイカれた野郎なんだぜ!というアピールかと思われるが、今思い返してみてもそういうのとは違う気がする。思春期の時に煙草を吸ったり洋楽を聞いたりするのは他人にアピールできて初めて功を奏すものだけど、夜中に散歩するのは別に他人に知られなくたっていい行動なのだ。好奇心。わくわく。日常からの脱出。自分だけの、誰にも知られることのない時間。あほ。中学生っぽい。
「はい、おわり」と言って鉄人は水槽に布をかぶせて両手で頭上に持ち上げてジャンプでクローゼットの上のほうに戻した。おわり、っていわれても全然なごりおしくないっつーの。そういえば鉄人はギリンガムに普段何を食べさせているのだろう。重松清の小説の中に、人間の髪の毛や爪などをワニに食べさせて人の匂いを覚えさせて人食いワニを完成させるみたいな話があったけど鉄人もギリンガムに理恵の爪や髪の毛を食べさせたりしてるんだろうか?中学生ってそういう細かいディティールにこだわりそうだからやってるかもな。

「あ、ここにいたの彩子」と、ノックもせずにいきなりドアを開ける理恵。「お風呂あいたけど」
「え?あやっこ、うちの風呂はいんの?」いきなりの理恵の来訪に怒る様子も慌てる様子もない鉄人。普通、引きこもりとその家族ってお互いに腫れ物に触るような態度とるようなもんじゃないのか。引きこもってる意味あんのこれ?もしかしてギリンガムを飼ってることも家族公認なのかもしれない。
「俺、先に風呂はいってくるから」と鉄人。ちゃんと普通な時間に風呂はいってるんだこいつ。「あやっこ、風呂の中でおしっこしそうだし」
「しないよあほ。お前こそ風呂場で姉ちゃんの髪の毛とか爪とか拾い集めてくんなよ」
 鉄人は「?」理恵も「?」。

 さてと鉄人は風呂、理恵は一階の自分部屋へと戻りなんとなく鉄人の部屋に一人残った私。机の引き出しとかクローゼットの中の引き出しとかベッドの下とかを探してまわってゆく。人間の根源にあるものといえば間違いなく創作意欲なのだ。創作意欲が色々と枝分かれして高度な人間の感情ができあがっているといってもおかしくない。だから間違いなく鉄人の部屋にも創作意欲を解消するために恥ずかしげもなく色々なことが書かれたノートがあるはずなのだ。特に引きこもりの鉄人は他の人との会話とかで擬似的に創作意欲を解消できる割合が小さいだろうから恥ずかしノートの内容もとても濃く練りに練られて生々しく生きているに違いない。それを見ずにはいられない。やっぱり人間ってそこだよな。その人間がどれだけ活き活きとした生活をおくれるかは恥ずかしノートの内容によって決まるに違いない。だから恥ずかしノートの内容が素晴らしければ別に引きこもってようが家族に迷惑かけようがワニ育てようが許されるんだよ。なんかテンション上がってるな私。きもちわる。

       

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