Neetel Inside ニートノベル
表紙

カミサマ
アルマ

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 深夜、私たちはうっすら開いている礼拝堂の扉の隙間から入った。そして、会衆席の裏の方へこそこそと逃げこむ。すると、彼がこそこそと私に話しかけてきた
「いいか、まずはあの礼拝堂のアルマ像をぶっ壊す。いいな?」
「何言ってるんですか! そんなことしたら!」
 大きくなりそうな声を極力落として話す。
「うっせぇな。しょうがねーだろが、アルマのためだ。それにもうここまで来ちまったらやるしかねーだろ」
「でもですね……」
「いくぞ!」
 彼が飛び出し、アルマ像へと駆ける。残されては心細いので私も付いていく。
「なんでこんなことに……」
 そう漏らしてみる。しかしもう後悔するには遅かった。どうすればよかったかと聞かれれば少し遡って六時間前、その時に違う判断を下すべきだったのである。自称ミカエルの説明によれば、仕方のないことなのだけれど。一体どうしてこんな話になったのか、少し思い出してみることにする。今朝祈りを捧げていたアルマ様の像が崩れていく様を目の前で眺めている私の、現実逃避も兼ねて。

「まず、俺達がすべきことはアルマを解放することだ。あのままじゃ、どうやったってアルマは自由に動けねぇ」 
彼は自身をミカエルだと名乗った後、そう言った。椅子にどっかりと座り偉そうに肩肘を付きながら。対して私は立ったままで、私の家なのに状況だけ見れば私が客人のように見えてあまり気持ちが良くなかったのを覚えている。けれど、いくら生意気を超えた口ぶりでも相手は少なくとも見た目は子供。大人として我慢したのだ。
「どういうことですか?」
 彼はわからないのかこのアホが、みたいな目つきでこちらを眺め、そしてため息を一回ついて続けた。
「なぁ、アルマがどうしてこの土地にいるか知ってるか?」
「え、土地神だからじゃないんですか? 私たち含め生きとし生ける生物を育み、見守ってくださっているんですよね」
「ちげぇ。全然まるっきりな。そりゃお前たちの思い込み……っていうか捏造された知識だ。実際はカミサマってのは一か所に留まったりしねぇよ。全てを平等に流転するもんだ」
「え、じゃあアルマ様は今たまたまここにいらっしゃるってことですか?」
「それもちげぇ。いいか? 今アルマはこの町に囚われてる。正確にはこの町の人間に」
「囚われている?」
 カミサマを人間が? 私たちがアルマ様を束縛している?
「そうだ。カミサマって言ったって、存在する以上制約はある。それを利用することで束縛することもできるんだよ。実際、この町はそうやってアルマを捕えたんだ。見守らせるためにな」
「見守らせるって。では、アルマ様はこの町を守りたくて守っているわけではないと?」
「いや、この町を守る気はあるんだろう。俺はアルマじゃないから絶対そうだとは言えないけどな。問題はこの町だけを守らせようとしてるってことだ。カミサマは平等じゃなくちゃならねぇ。この町に限定しちまいうとバランスが崩れる。だからアルマを解放する」
 到底信じられた話じゃない。けれど、私がアルマ様について知っていることの全てに確証はなかった。逆に彼の言っていることにも証拠はない。ならばどちらを信じるかというのは私の判断、言いかえれば勘に委ねられていた。
「そんなの、信じられた話じゃありません」
 だから私は決めた。長年、ずっと信じていたものを信じようと思ったのだ。そもそも今さっき会った子供の言うことをそのまま鵜呑みにするなんてなんて馬鹿馬鹿しい。冷静に考えればそれがまっとう。エキセントリックな内容に若干飲まれはしたが、考えることで思考が正常に回帰したのだ。
「あなたは自分がミカエルだって言いますけど、それだって実証も何もないじゃないですか。あまり大人をからかうものじゃありませんよ」
 そう言うと彼はあからさまに不機嫌な顔をして自分の頭をぐしゃぐしゃに掻き毟り、椅子から飛び降りてまるで不良のようにガラの悪い態度でこちらに寄ってきた。
「ちっ、あーっもう! わーったよ。そこまで言うなら見せてやるよ。カミサマってのがどういうものか。力ってやつ」
 あからさまに舌打ちをしてそういった彼は、私の服に触れた。
「んじゃ、見てろよ?」
 事象は、刹那と言えるほどの速さで起きた。
ここまで自分の視覚を疑ったのは初めてだったろう。瞬間、合図もなにもなしに突然ボロボロだった服が上等な生地の服に変わったのだ。黒と白を基調としたどこかの高貴な家の使用人が着ているようで、レースやフリルがついていた。
「どうだ? その小汚い服を綺麗なもんに変えてやったぞ。錬金術ってやつだ。ちなみにこれメイド服ってんだが、俺はこれが後々大勢の男どもの目を引くことになると思うぜ。な、これでわかったろ?」
 唖然としている私に対し、彼は得意気に話すのだった。

     

「じゃあ続きな。いいか、アルマを解放するにはこの町のどっかにある封具を破壊することだ。っておい、そろそろ思考の迷路から帰ってこい。こんなのアルマが復帰すりゃあお前だってできるようになる。いい加減現実を受け止めて話を聞け」
「え、あ、はい」
 と言われたって、こんな魔法のような現実にそうそう頭は追い付いてこない。夢だと言われたら十分納得できるくらいだ。
「でな、その封具がどこにあるかが問題なんだが……」
「その前に封具ってなんですか?」
 彼はまた見下した、下等生物でも視るように蔑んだ目つきでこちらを見る。
「簡単に言えばカミサマを封じるためのもんだ。さっき束縛する方法があるって言ったけど、ほとんどが封具を用いて行われてる。一種の牢獄みたいなもんでな、一度乗り移ると自力じゃ脱出できねぇンだよ」
「へぇ、で、それがどこにあるかが問題なんでしたっけ?」
「ああ、だけど、大丈夫だ。さっき確信した。アルマは教会の中だ」
「教会?」
 この町には教会は一つしかない。今朝私がいたあそこだ。
「そうそう、お前と会った場所だよ。あんとき確かにアルマの波長を感じた」
「へぇ、そうなんですか」
 波長って何だろう、さっきいっていた雰囲気みたいなものか。疑問に思ったけれど、また見下したような眼をされるのもなんなので黙っていることにした。
「そうなんですかって、お前だって超関係ある話なんだぞ。まぁいい。てなわけで、早速今日の夜、教会に向かうぞ。さっさと支度して来い」
 どういうわけだ。さっき突拍子もないことを目の前にしたばかりだから驚きはしないが、しかし、なんで。
「え、そんな急に? ていうか私も行くんですか?」
「たりめーだろうが。人柱連れてかねーでどうすんだっつの」
「はぁ」
 どうにもこうにも、そういうことらしい。
「何ため息ついてんだよ。善は急げって言うだろう?」
 はぁ、と私は再びため息をついた。
 と、こんな感じで私たちが教会にくるという運びになった。まさか像を破壊するとは思わなかったけど。

     

「ちっ、やっぱねーな」
 壊した像の残骸をよけながら自称ミカエルはそう言った。
「無いって……」
「残念ながらハズレでしたー。封具は別の所にあるってことだな」
「え、ちょっと、それって壊したの意味なかったってことじゃあ」
 私は青ざめた。直接的に出ないにしろ、何の意味もなしにアルマ様の像の破壊を幇助してしまった。どうしよう。
「大丈夫だ。なんもなくても意味はある」
「どういうこと?」
「まぁ、じきに解る」
 どういうことだろう? ただその場凌ぎで言っているのだろうか。いや、それは無いと思う。上手く説明できないけれど、彼はいつも偉そうにしているものの人を騙したり嘘をついたりするような人ではないと思う。
 いや、あれだけの大口を叩いてここまでの暴挙を働いてなにもなかったら私が困るから、
 そうであってほしいという希望もあるのだけれど。
「あれ?」
「ほうら、来た」
 私が彼の言ったことについて考えていると、なにやら足音がする。シスターや司祭様が住んでいらっしゃる教会の奥の方から響いてくる。え、足音? それってまずいんじゃあ……。
「ふん、まだ解ってねぇのかお前は」
 そう言われても、私には捕まってあんなことやこんなことをされるだろうイメージしかわかない。一応言っておくが、やらしいことは関係なく、拷問とかその類だ。
 足音はどんどん私たちの方へと近づき、ついに扉が開いた。
「何をしているのです!」
 シスターが飛び込んできた。ああ、もうおしまいだ。
 シスターは崩れ切った像を見て驚愕の顔をし、息を飲み込んだ。そして、こちら側を強く睨む。
「貴方達、一体何をしたか解っているのですか!」
 ああ、一時でもこのエセミカエルを信用した私が馬鹿だった。お父さん、お母さんごめんなさい、私は不信心者です。信仰を貫くことができませんでした。
「何って、アルマを解放しに来たんだよ」
 自分が何をしたかなんてとうに知っているとばかりに、相も変わらない偉そうな態度で彼は言った。
「お前らが拘束していることは百も千も承知だ。さっさと封具を出しやがれ」
 シスターは何を言っているのかわからないとばかりに首をかしげる。
「何を言っているのです? 封具?」
「ちっ、まぁいい。お前らの親玉を出せ。司祭っつうんだったか? そいつに言えば通じるはずだ」
「貴方のような者の言う通りに動くわけないでしょう」
 ぴしゃりと言い放つ。流石だと思った。第一明らかに不審者、さらに言えば犯罪者である私たちの言うことなど聞くはずもないのだ。
「いいから出しやがれって言ってんだよ」
「嫌です」
 露骨に不機嫌そうな顔をする、というか切れそうな自称ミカエル。本当に彼があの大天使なのだとしたら世も末だ。彼を信じるならまだ魚の頭でも信仰していた方がお恵みがあるのではないかとも思える。いや、私はお恵みを頂くためでなく自戒のために信仰しているのだけれど。どちらが祈りを捧げる対象としてふさわしいかという話だ。
「めんどっちいなぁ、ああめんどっちぃ。いい加減にしないとどうなるか――」
 やばい! いい加減にしないとそろそろ危険だ。頭に上った血が噴出しそうになっている。早く止めなきゃ――
「おやおや、これはこれはかわいいお嬢さんと坊やだ」
 私がアホミカエルを止めようとしたとき、シスターの横から男が出てきた。いや、正確には男の子だった。しかし、ミカエルとは違い慈善に満ちたような顔をしている、ただ男の子の表情としてはいささか不自然だった。
「司祭様!」
「ご苦労様です
「坊やはてめーも同じだろうが。やっと来たか、クソ野郎。さっさとアルマを解放しろ」
「さて、何のことでしょう」
「うるせー、何が司祭だ、サマエル」
 サマエル――私はその名前を知っていた。それはミカエルと争ったとされる堕天使の名だ。
 

       

表紙

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Neetsha