Neetel Inside ニートノベル
表紙

カミサマ
ミカエルとサマエル

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 そう呼ばれたのは司祭様だ。彼はこの教会を受け持っている。
 見た目が子供だから、私もよく覚えているのだ。
「……戻っていなさい。ここは私が受け持ちます」
「でも、司祭様!」
「この方たちは貴女が相手をできるような人ではありません。申し訳ないですが、足手まといになりかねませんので」
「……はい、解りました。お気をつけて。アルマ様のご加護がありますよう」
 シスターは司祭様に言われた通り、奥へと戻っていった。
「人払いか? サマエル」
 ミカエルはニヤリと笑う。
 司祭様もミカエルに応じるように笑う。
「あはっ。あはははははは!」
「ははははははははははは!」
 二人の子供が、邪悪な笑みを浮かべて本当に愉しそうに。お互いを睨んだ。喧嘩のような生易しいものではない。お互いがお互いを呪い殺すかのようなそんな目つきだ。ただ、ミカエルは元々釣り目だっただけにそれほど変わらない。それよりも遥かに変わったのは、司祭様の方だ。
 慈善、と言う単語は最早形容するには合わなくなっていた。口が「にぃ」と妖しく開き、目は何かを狙う獣のよう。
「久しぶり、といったところでしょうか。ミカエル」
 心を撫でるように温かかった声が、重く突き刺すようなそれに変貌していた。
 ああ、堕天使だ。私はその時そう思った。雰囲気と言うか、私の目に司祭様から発せられるどす黒い何かが映ったのだ。傍にいたらおそらく、内側から侵していくような真っ黒い何かが。
「久しぶりとか、んなことはどうでもいーんだよ。俺は同じことを言うのが大っ嫌いなのはお前も知ってるよなぁ? けど超優しいからもう一回だけ言ってやる。出血多量の大サービスだぜ。いらつきすぎてもう死にそうだ。いいか。さっさとアルマを解放しろ」
「嫌だ、というのがここでは常套句なのでしょうけど――。もしそういったらどうします?」
「お前をぶった押して強制執行だ」
 中指を立てるミカエル。いいのか大天使がそんなことをして、というのは最早今更な気がする。というよりそんなことを言える空気ではない。私は最早蚊帳の外だ。彼らの意識に私は居ないだろう。
 サマエルは「予想通り」と言った感じで変わらず余裕の風体だった。
「ま、だと思ってましたよ。相変わらずミカエルは口が悪い。これではどっちが天使でどっちが堕天使だか解らない」
「おいおい、聖者気取っちゃってるなぁ。司祭、だっけか? そんなんしちゃってさぁ。何? お前アルマに惚れてんの?」
「そうですそうです。もうベタ惚れですよ。というわけで私の恋路を応援する意味でここは引き下がってくれませんか?」
「恋路は邪魔が入んねぇと燃えねぇだろう? それにお前も知っての通り、神の恋愛はご法度なんだよ!」
 とうとう堪忍袋の緒がぶち切れてしまったらしい。ミカエルは崩れたアルマ像の頭をつかみ、セリフの終わりと同時にブン投げた。と言ってもモーションはほぼ無く、私達が紙くずをゴミ箱に投げるような適当な投げ方で剛速球を生みだした。
 10メートル程離れているサマエルへ寸分違わず直行する。
 しかし、当たることは無かった。
「はっ!」
 サマエルは回し蹴りで跳ね上げる。そして頭が落下してくるのに合わせ跳び上がり、身体を半分ひねってオーバーヘッド。来た方向へ来た時以上のスピードで返した。それをミカエルはグーで粉砕する。
 まさかの肉弾戦。私の服を変えたみたいに何か超常的なもので戦うのではないのか。
 ミカエルはアルマ像の頭を粉砕した右手を握ったり開いたりしている。痛かったのだろうか。だが、彼の表情は痛がっている風ではない。
「霊力の伝道はまずまずってとこか。おい、準備運動はこのへんでいいよな?」
「そうですね」
 サマエルが了承すると、二人は右手を前にかざす。今度は彼らが立つ場所それぞれに光る円陣が現れた。だが、その二つの円には違う紋様が描かれている。
「「in vita protege, in mortis discrimine defende(生へと導き、死から解放し守り給え)」」
 二人は同時に同じ言葉を唱えた。しかし、続く言葉は異なる。
 ミカエルは「ignis!」、サマエルは「aqua!」と叫ぶ。すると二人の円陣の輝きが増し、光が天まで立ちあがった。光はやがて形を為し二人を取り巻いて、形のあるものへと変化する。
 一方は炎を纏い、一方は水を纏う。
「さぁて、丸焦げの真っ黒黒助にしてやろうか」
「いえいえ結構です。それより一度その頭、冷やしてあげますよ」
 私はこの奇跡のような光景を目の当たりにしている。信じたくなくとも、見えてしまうのだからこれは真実だ。
 逆巻く炎竜と溢れる水流はそれぞれ術者の意思通り蠢き、二人の立ち位置の真ん中で衝突する。相反するそれらは、どちらが押し負けることもなく消し蒸発させ相殺し続ける。超常を操り戦っている彼らはひるむことなく未だ不敵な笑みを浮かべていた。いや、むしろ愉しそうでさえある。これが、カミサマというものなのか。人智を遥か越えていた。
 昨日までどうしてこんな景色を想像できただろう。今まであり得ないと蹴り飛ばしてきた空想が事実になっている。出来事が理解を飛び越える。理解のしようなど、一介の人間にはできようがない。これが、カミサマというものなのか。
 私の現実が、塗り変わっていく。

     

「これではキリがないようですね」
「もう根負けかぁ? 根性ねぇなぁ!」
 いえいえと、サマエルはにたりと笑う。
「もっと効率よく勝てばいいのですよ。……こうしてね!」
「なっ、てめぇ!」
「え」
 水流の一部が少し切り離され、それがまるで弾丸のような形を為す。だが大きさは缶程の大きさだ。腕に直撃すればそのままちぎっていきそうなほど大きい。
 その矛先は、弾の先が向いているのは、あの生意気な子供ではなく――私。元の弾丸と同様のスピードでこちらへ飛んでくる。見えるはずがない。私が認識できたのは弾がどこかに消えたと、ただそれだけだった。   
 水は衝突するとき、硬度が高くなる。食らえば十分に私の身体など貫いていくだろう。ひとたまりもない。
 もしも私がミカエルの傍にいたならば、彼の炎による防御も間に合っただろう。だが、そんなに近くにいれば戦いに巻き込まれただの足手まといにしかならない。よって私は彼らから離れた所にいた。
「くそったれ!」 
 だからこそ、離れていたからこそ、炎は間に合わない。ゆえに、私を守るためには自身が身代わりになるしかなかった。
「よ、よお。調子はどうだい? 俺は、すこぶる快――」
 目の前にいたのは、腹を貫かれたミカエルだった。
「がはっ!」
 快調なわけは無い。白い服が深紅に濡れていた。口からも血が吐き出され、それが地面にはねて私の服にかかる。彼が自分の腹を触ると、ぬちゃりという気味の悪い音がした。
「おや、流石ミカエル様は慈悲がありますねぇ」
 狙い道理といったふうに愉しそうに笑っているサマエルの方を血みどろのカミサマは睨みつけた。
「き、きたねぇ、ぞ」
「おやおや、勝ってこそでしょう。勝てば官軍、でしたっけ? よく覚えてはいませんが、全ての手段に汚いも何もありませんよ。全ては平等なのです。ねぇ?」
「……平等は、そういうふうに使う言葉じゃ、ねーんだよ」
「ま、多少の言葉の綾は許してください。どうせ、貴方達はここで死んでしまうのですから」
 そう言って手を上げる。水が集まっていく。
 集まってできた球状の水、まさに水玉だが、は集まっていく水量に反して大きくはない。それでもサマエル本人以上の半径は備えているのだが、おそらく密度が異常なほどになるまで圧縮されているのだ。
 食らえば金属で滅茶苦茶に潰されたようになるだろう。
「さ、チェックメイトです」
 手が振り下ろされると同時に、水の大玉が振り下ろされる。
 物体と衝突した瞬間解き放たれた水は爆発するように飛散し、それらがまた壁を破壊していく。壁に着弾したものはまた複数に分離し、それを繰り返し教会全体を破壊していった。
 瓦礫ではない。全てが石のサイズになるまで粉々に砕かれていた。私達がいた所は言うまでもない。砂レベルにまで粉砕されている。
 その場所をサキエルは確かめる。
「あれ、逃げられましたか。なかなかやりますねぇ、ミカエルは。ふふふ」
 だがしかし、しくじったという様子ではなかった。むしろわざとのような――。
 そう、もしも私達がいた場所に残っていたならば粉砕されて死体すら残らなかっただろう。とは言っても、今ここで半壊した状態を目視できている以上、私はまだ生きていたのだ。
 だが、それは今までが夢だったとか嘘だったとかではない。事実、ギリギリ逃げられたとはいえ重傷を負いながらも私を守りきったミカエルは未だ止まらない血を垂れ流しながらぜいぜいと息を切らしている。
 私達は教会の外で息をひそめていた。
「ちっ、全然とまりゃーしねぇ。早くしないと出血多量で死んじまうな」
 ミカエルは自分の身体を見て冷静にそう言う。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫に見えたら俺はお前の頭を疑うけどよ。アンタ、ちょっと止血して―から服ちぎってくれよ」
 そう言って私の服、メイド服と言ったか、の白いエプロン部分を掴んでくる。あれ、コレってもしかして脱げってことじゃあ……。
「え、ええ! 私に裸になれって言うんですか!」
 隠れているのも忘れて声を上げた。気付いて即座に口に手を置く。大丈夫だ、サマエルに見つかった様子は無い。
 そんな私をハァとため息をつきながら見ている目線があった。
「エプロン部分だけ脱げってだけだっつーの。なんでそんな貧相な身体をひんむくんだよ」
「こ、子供に言われた……」
 口だけはまだ元気だった。だが、その減らず口も今となっては弱々しい。私は脱いで渡す。彼はそれを帯にして、穴のあいた腰のあたりへ強く巻き付けた。痛みのせいか時々顔が歪んでいる。
「カミサマなんだから、なんとかできないの?」
「あ? 何がだよ」
「私の服を変えたみたいに、身体を回復することはできないってこと」
「あー、できないこともないが今は無理だ。っと、これでいいか」
 巻きつけわっても、もうすでに布地の端には赤いものが浮かび始めていた。
「どうして?」
 面倒くさそうに頭をかきむしる。
「あれは、組成が簡単だったから即座にできたんだ。人は細胞っつー複雑なものでできてる。しかも細胞っつっても様々だ。到底簡単には作れねぇ。術式、つまり魔法陣を書けばできねぇこともねぇが今はそんな余裕もねぇしな。それよりまずこの戦いに勝つ方が先だ」
「まさかまだ本気を出してなかったとか」
「いや、それはあっちも同じだ。ムカツクことに俺らの力量はほぼイコール。現時点で俺は大ダメージを受けているわけだから正直こっちが相当分がわりぃ」
「え、じゃあどうやって?」
 私の質問が予想道理だったのか、得意気な表情を見せてきた。
「簡単だ。二対一なら勝てる。いくら負傷してるとは言え、足手まといにはなんねーよ。こっちにもう一人カミサマが増えればいい」
「どうやって呼ぶのよ?」
 応援が呼べるならば、初めからそうしておけばいいものを。
「んなことするまでもなくいるじゃねぇか」
 そう言って気味悪く笑う。それはサマエルのものよりもずっと気味が悪く、愉しそうな目だった。
 口角の上がった口は続きの言葉を発する。
「――お前だよ。アルマ」

       

表紙

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Neetsha