「しっかし、何度言われても信じられねぇな……」
俺は椅子に逆向きに腰掛け、黙々と読書に勤しんでいる荒川さんを遠目で眺めていた。
謎の組織に追われていた美少女。その正体はあの目立たない事で逆に有名なインドア系眼鏡女子……荒川さんの裏の顔だと言いだすのだ。
教室の片隅で静かに本を読んでいる彼女に昨日の面影は見えない。
……いや確かに、改めて観察すると彼女は果てしなく地味なだけで、決して容姿が悪いわけではない。
問題はその性格、態度だ。今、「老人と海」を熟読してる彼女が「アンタには関係無いでしょ」だの、「殺すわよ」だの、そんな刺々しい発言をするとは到底考えられない。
「俺だって疑ったさ。目も耳もな。だけど聞き間違いでもないし、俺の視力は両方2,0だ……女ってのは恐ろしいな、全く」
窓枠に腰掛け足を交差させ風に髪をまかせてている、大塚。彼が俺の一人言に答えた。視力2,0では自慢にもならない。
「そういやお前、あのJCはどうしたんだ?」
JC?
はて、JCとは何の略だったっけ……?
大塚は構わず続ける。
「お前確か、女の子は殴らないんじゃなかったか。何か部隊全滅させたらしいじゃん?」
女の子、部隊、JC。
三つのワードを呟いていたら、昨夜の出来事が思い浮かんだ。
……ああ、JCって女子中学生か。
「いんや、あの子は殴ってねーよ。他の奴等片付けてから俺、殴るフリだけして耳元で音を立てる。JC、ショックで倒れる」
「他の奴等は?」
「埋めた」
「……」
大塚が黙り込んだ。
表情はもう笑うしかない、と言ったような乾いた呆れ笑いをしている。
「……えっと、生きてる……よね?」
「だいじょぶだいじょぶ。手加減しておいたから」
「……そう。まあ正直他はどうでもいいけどさ……あの子、任務に失敗したけど組織に戻ったら粛正とか拷問とかされんのかな?」
「非合法超能力集団、ならやりかねないな。だが……そんな事は俺が許さん。お前もそうだろ大塚」
「たりめーだ、そんなの見過ごしてたら男の恥だぜ。つくづくお前とは気が合うな」
ぱしん、と自らの拳を左手に叩きつけ、大塚は揺るぎない意志を表明した。
猪突猛進な所はあるが、大塚はこういう時にとことんまで付き合ってくれる。非常に頼もしい奴だ。
「女子中学生を性的な意味で拷問と聞いてやってきました」
そう思ってたら後ろから会話に割り込んでくる男が一人。
「お前ちょっと黙れ」
「帰れ上野! このオールマイティー変態野郎ッ!」
上野。
整ったと言うよりは機械で製造したかのように癖の無い顔をしていて、あまり表情を崩すことがない。容姿だけ見れば十分美男子の部類に入る。
口を開かなければ簡単に彼女など作れるだろうが、顔に合わない口数と妙にリアルな性癖で損をしている奴だ。
「……と言ってみたはいいものの、本当にそんな事やってる組織なのかわからないけどな。そもそも場所知らないし」
落ち着いて考えると、超能力を行使できる人材なんて限られてるだろうし、一回二回程度のミスで厳罰を与えるほど暇な組織だろうか。
大塚によれば、敵の幹部と接触するも簡単に見逃されたらしい。任務の重要度も大した事が無いようだ。
「あー……じゃ、とりあえず知ってそうな奴に聞いてみるか」
大塚も冷静になったようで、帽子を外して携帯を取り出しメールを打ち始める。
「送信、っと」
「誰に送ったんだ?」
大塚は顎で前方を指す。
顎の先には、超能力少女がページを捲る手を止め、携帯を取り出している……。
「荒川さんかよ。直接言え直接」
「『そっち』関係の話は口に出すなってさ……お、返信早いな。
……『そんなのあるわけないでしょ。せいぜい減給が有るか無いかくらいよ』、だってさ。随分と寛大な組織だな」
そう言って窓枠から飛び降り、全開の窓を半ばほどまで閉める。
『ケーリュケイオン』、どうやら構成員にはちゃんと給料を与えているようだ。
やはり昨今の就職難を乗り切るには超能力の一つや二つ持っていないといけないのだろうか。
「『あとアンタ達声大きすぎ。なんなら声が出なくなるまで拷問してあげましょうか?』……わぁお、恐ろしい」
大塚は徐々に声を潜めながら読んでいくと、物騒な発言にヒヤリとさせられた様子だ。
当の荒川さんは何食わぬ顔で読書を再開している。どうやら彼女はキツイ方が素の性格らしい。
うーむ……。今の姿も悪くはないが、いかんせん地味すぎる。
昨日の彼女は息を飲むほどに美しかった。ずっとあのままでいればいいのにと思うほど。
しかし、性格は『物静かな図書委員』の方が好みだ。
文句を言うつもりはないが、どちらかと言えば暴言が無い方が付き合いたい。そう感じるのは普通だろう。
見た目か、中身か。くそ、迷うな……。
いや、いっそのこと一粒で二度おいしいと考えれば……。
「現役女子高生に性的な意味で拷問か……。胸が熱くなるな」
「お前やばいよ。多分もう引き返せないよそれ」
「五反田ーここに生け贄いんぞ生け贄ー。こいつで四谷の彼女召喚してやれー」
窓から空を見上げてみれば、すっかり入道雲が幅を利かせていて。
照りつける太陽は光速で紫外線をバラ撒き、熱くてかなわんと蝉が文句を垂れ流している。
もうすぐ、夏休みだ。
素敵な出会いを期待しながらも、とりあえず俺は荒川さんのアドレスを聞いてみることにする。