Neetel Inside ニートノベル
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Z軸を投げ捨てて
五反田

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 俺……四谷 孝文(よつや たかふみ)は至って平凡な人生を過ごしてきた。
 特別幸運でもなく、不幸でもなく。
 人並みに恵まれた環境の中で、
 人並みに努力をして、
 人並みな「異性と運命的な出会いをしたい」と言うやや乙女チックな夢を持つごく普通の高校生。
 そんな思いとは裏腹に、転校生と十字路でぶつかるなんて出来事は俺には起こらなかった。
 
 「あーあ、新橋にもついに彼女ができたか、羨ましい限りだ」
 そう言って購買のパンを頬張るのは目白。
 人をおちょくるのが大好きだが、友達の悪口を無視できないタイプである。
 「誰があんなのと! からかうのは止してくれよ、全く」
 ミルクティーを啜りながら新橋は反論する。
 気遣いができる方だが、恥ずかしくて素直になれない奴だ。
 「あまりいじってやるなよ、目白」
 渋谷は箸を止めて目白を窘めた。
 誰にでも優しい渋谷は、優しさ故に自分の意見を心にしまう癖がある。
 「羨ましいんだよ、彼女いないからな。まあそりゃ俺も同じだが」
 早くも弁当を片付けている上野。
 頭の回転が速く常に冷静。喋る割には表情をあまり変えない。
 「畜生……何で俺じゃなくて新橋なんだ……て言うか何で隣の席が空いてるんだ……」
 唐揚げを箸で切り分けながら五反田は呟く。同感である。
 イタズラ好きで嫉妬深く、普段はやや子供っぽい性格の持ち主だ。
 「そういや、大塚と神田はどこ行ったんだ?」
 弁当の卵焼きにかじりつきながら、今更な事を聞いた奴がいる。俺、四谷だ。
 運が悪く、損をする役回りと言われた事がある。
 何でも、本当に困った時に一番頼りになるのは俺らしい。都合良く使われてる気がしないでもないが。
 「大塚は休み、神田は生徒会だ」
 上野がすぐさま答えた。
 「ところで誰か帰りに俺の家来ない? 新橋以外で。面白い物見つけたんだけど」
 提案したのは五反田。唐揚げは細かく8つに分解してある。
 「何で俺以外なんだよ?」
 「お前は彼女とよろしくやってろ」
 「だから彼女じゃねぇって!」
 そこで目白が挙手して言う。
 「俺は無理ー。今日バイト入ってるし」
 「残念、俺もだ。塾に行かなくちゃいけないんだ」
 「僕も行けそうにないな。残念」
 続けて上野と渋谷も脱落。残るは俺一人となった。
 「じゃ、四谷うち来いよ」
 「別にいいけど……面白い物って何よ?」
 俺の疑問に、五反田は意味深な笑みを返した。
 「それは来てからのお楽しみ。みんなへの報告は明日な」
 そう言うわけで、俺は放課後に五反田の家に行くことになった。
 その先で悲劇が待っているとも、知らずに。

 帰り道。
 学校から家までが近い俺は、一旦帰って自転車を取りに行った。
 五反田と併走して住宅街を突っ切っていく。
 「全く……人がせっかく気を遣って彼女と帰れるように仕向けてやったのに、新橋ときたら」
 五反田が愚痴をこぼした。本当だろうか。
 「まさかあんな直球なフラグが立つのを見られるとはな……それも最初から」
 「あ、そっか四谷お前、新橋と登校してきてるんだっけ。パンツ見えた?」
 「……見えなかった」
 それを聞いた五反田は悔しそうな顔をする。
 「くっそ新橋め! 一人でいいとこばっかり持って行きやがって……呪ってやる」
 随分物騒な単語が出てきた。普通の人ならただの冗談と思うのだが……。
 そうしているうちに、立派な屋敷に到着した。この小綺麗な家が五反田家だ。
 門をくぐるとそのまま裏の物置に案内される。 
 中は不気味な物品で一杯だ。
 蛙や鼠のホルマリン漬けや、人一人が入れる大釜など、何に使うのか知りたくない物しか存在ない。
 「五反田、お前の家って確か……」
 「ああ、五反田家は代々黒魔術師の家系だ」
 黒魔術師。
 前にこいつが自分で言っていたが、どうやらただの脳内設定じゃないらしい。
 「じゃあ、誰かに呪いをかけたりすんのか?」
 俺は現代の、それも日本でそんなことを真面目にやってる奴がいるとは信じられなかった。
 五反田は物置の角の、山のように積まれた本の中をもがくように探っている。
 「昔はそうだったらしい。今はいわくつきの物品を引き取って売買が基本だな。
 人を呪うのもできないことはないが、呪いを解く方がよっぽど金になるってさ。」
 いわくつき、ねぇ。
 確かに、薄気味悪い木彫りの像やら、描いた奴の精神のおかしさが滲んでいるような極彩色の絵画やらは、いかにも呪ってますよと言いたげだ。
 俺が持ってたら金を払ってでも引き取って貰いたいな。
 「あった、これだ」
 と言って五反田が取り出したのは二冊の古びた本。
 くすんだ赤色のハードカバーで、厚さは月刊の方のジャンプくらいだ。
 表紙には魔方陣のような紋章が金色で箔押ししてある。
 「あまり面白そうには見えないな」
 率直な感想を述べた。
 「前に探索したときに見つけたんだ。悪魔を呼び出す事ができる……はず」
 「悪魔? おいおい、そんなの呼び出してどうするんだよ」
 「新橋を呪うんだよ」
 五反田は口の端を歪ませた。
 「おま、呪うって……」
 自分もさっき死ねばいいのにとか考えはしたが、そんな事でいちいち死んだり呪われたりされても困る。
 「俺達彼女いないグループの中で抜け駆けした罪は重い。転校生と切っても切れない仲になり、やたらと彼女に殴られる呪いをかけてやる!」
 こいつもこいつなりに、新橋を妬みながらもうまくいって欲しいと思ってるようだ。
 「あ、それならいいや。でも本当に出てくるのか?」
 「どうだろう。正直、あまり期待はしてない」
 
 五反田は片方の本を開くとブツブツと呟き始めた。
 十秒ほど呟いたところで呪文は終わったが、何も起こる気配がない。
 本を投げ捨てて俺達は呆れ笑いを漏らす。
 「……出ないな」
 「まあ、普通出ないよな。菓子でも食うか」
 そう言って外に出ようとした時、急に視界が青白い光に包まれた。
 「え?」
 「何だ!?」
 光が晴れた後、そこに居たのは――
 「私を呼びましたね、人間」
 褐色の肌に角と羽を生やした、悪魔だった。
 女の子の。

 

       

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