繰り返すが、俺は運命を信じねぇ。
この目で見た物を見たまま信じる。見えない物は酸素の存在だってロクに信じちゃあいない。
運命も、神も、幽霊も、宇宙人も。……愛も、友情も、だ。
写メで見た悪魔も話で聞いた猫娘も、直接自分の目で見るまでは、完全には信じない。
友達のために体を張れる超人類の存在は信じてるけどな。
「はい、信じます。ここで僕と貴女が出会えたのも一つの運命かと」
超人類が目を輝かせている。こいつは女に滅法弱いんだった。
「四谷、馬鹿言ってねぇで帰るぞ。こーゆーのは大方心理誘導で壺でも買わせようって魂胆だ。騙されんな」
俺はそれ以上女に近づかずに四谷を連れてとっととおさらばしようとするも、この野郎動きやしねぇ。
「いやだなぁ、壺なんて売りつけやしませんよ。どうですお兄さんも。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うじゃあないですか。別に信じなくても結構です。軽ぅい気持ちでやって、後で当たったら代金を支払って貰えれば。ねぇ」
上目遣いで俺達を見ながらねちっこい声でセールストークをする女。
喋り方と態度が気に食わないが、確かに外見は悪かない。いやらしい表情と人を舐めているような態度を差し引いても、連れ回したいくらいの可愛さだ。
しかし、厄介なことにこいつは、自分の外見の良さを自覚しているように『見える』。推測の域を出ねぇが、な。
どっちにしろ信用ならねぇ。
「興味ねーな。そんなに運命が気になるならてめーの事でも占ってろよ」
「ふぅむ、それもいいですね。貴方達に出会って私の運命がどう変化したか、占ってみましょう」
占女はくぐもった光を放つ水晶玉に両手をかざし、腕全体を波打つように揺さぶり始めた。
眼鏡が光に反射し、表情のの胡散臭さを更に押し上げている。
……このアマ、パフォーマンスのつもりか?
あまり長く留まりたくねーが、四谷も動こうとしねぇし……仕方無い、気は進まんが『見せて』もらうとしようか。
数秒の無言の後、心底楽しそうな表情で女は呟く。
「……見えました」
ふーん。俺には何も見えなかったが。
四谷の方を見てみれば、自分のことでもねーのに真剣な顔で結果を待ってやがる。
「どうやら今日この日は、私にとってまさに運命の分かれ道だったようです……」
何やら大きな話になってきたようだ。本人の中では、な。
と思っていたら隣で四谷が唾を飲む音が聞こえた。
……どうやら俺の方が少数派らしい。納得いかねぇ。
「偶然により会ってしまった。私にとって運命の人、それは……」
これがいわゆるアレか、電波って奴か。
詐欺じゃ無いなら病院に行った方が賢明だな。脳外科か精神科かは知らねーが。
四谷は瞬きの一つもせず、すっかり話に聞き入ってしまっている。
……っておい、この流れはもしかして……
「私の目の前にいる……………あなたです!」
「おおおおおおおっしゃああああああああああああああああああああ!!」
一足で地面を踏み砕き、目から涙を盛大に放出しながら目一杯のガッツポーズをする四谷。咆吼が鼓膜に痛い。
――やりやがった。
こいつぁ……やべぇぞ。四谷はこの女狐に夢中だ。こいつが言う事なら何だって聞くだろう。
私欲にまみれた人間が四谷を操ったら、どうなるか考えたくもねぇ。
どうやって四谷を説得するかを思案するも、何も案など浮かんでこない。
そして、これ以上ないと言うくらいのニヤけ面。明確な悪意を持って、女は四谷に言った。
「あ、すいません。あなたじゃなくてそっちの茶髪の方です」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
受け身など一切取らずに前に倒れ込む四谷。崩れ落ちると言った方が正しいかもな。
「あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………・・」
歓喜の雄叫びは悲痛の呻きへと変わり、次第にそれも小さくなり、やがて途絶える……ってな感じか。
て言うか俺かよ。運命の相手だぁ?
初対面の奴にこんな形で告白されるとは夢にも思わなかったぜ。
電波ちゃんでも無ければ喜んでOKなんだがな……とは思ってはいるが、俺も男。悔しい事に胸の鼓動が早くなるのは抑えられない。
更にむかつく事に、女は「あなたの心の内は全てお見通しですよ」とでも言いたげな表情に『見える』。いや、正確には『見せている』。
俺が「見た物を見たまま信じる」と言う事も含めて、だ。
この意味がわかるか?
「俺が『この女が人の心を読む』って言う事を、信じざるを得ないようにしている」わけだ。
何て奴だ……。信じられねぇ。信じたくねぇ。しかし信じないわけにもいかねぇ。悪夢だ。
「目白ぉぉぉぉ……」
地獄の底そのもののような、声。
倒れていた四谷が、ふらつきながら立ち上がった。目は虚ろで腕はだらしなく垂れている。
「お前が彼女の目の前から消えれば、俺が運命の相手だぁぁぁぁぁ……」
俺はジェットコースターのシートベルトを探してる内に発進し始めたような、そんな悪寒に包まれる。
――その発想は、なかった。