Neetel Inside ニートノベル
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 予想できる事態ではあった。「想定の範囲内」というやつだ。
 ただ、予想以上に赤坂が取り乱していたことが、依代にとっての懸念材料だった。非常時に冷静な対応が出来なければことが収まらないばかりか、顧客の信用まで失いかねない。
(いや、違う。そうじゃない。そうだけどそうじゃない)
 依代は、こんな時にこそメンバへの気遣いをしなければならないと考えない自分の思考を恥じた。これまで何人の同僚が顧客からの心ない言葉で心を乱して退職に追い込まれたかわからない。
 自分に権限はなくても、自分に出来る限りのことをやって、プロジェクトメンバ、そしてチームを守らなければならない。そう思って、依代は調査を続けながら、バッチプログラムの異常箇所を探す。
(おかしい……。DBへの過剰アクセスを行っている箇所があると思っていたけど、そんなのないわ)
 どれだけソースコードを眺めても、DBが機能停止するほどのSQL文を発行している箇所は存在しない。このバッチプログラムは他社から運用保守の引継ぎのみ受けたもので実際に自社の担当者がプログラミングしたものではない。だが数ヶ月の稼動実績があり、このような不具合が発生したことはなかった。
(原因が別にあるのかも。外堀も一応調べてみようかな)
 顎に手を当てて考えているところで不意に部屋の出入口へ目をやると、金髪の女性がまるで線の上を歩いているかのように綺麗に歩いているのが見えたから、依代はソースコードの調査は彼女に任せようと思った。
「埠頭さん、こんばんは」
 依代が皮肉たっぷりに埠頭へ挨拶したので、埠頭は怒った振りをした。
「いくらなんでもそこまで遅くないですよ。というか今日は早いでしょ!だというのに世間の目はなんと冷たい。ねえツッキー」
「ここはあんたのリハビリ施設なんかではない」
 赤坂に冷たく突き放され、さっさと作業に入れこのスカタン、とまで言われた埠頭は、頼れるのはあなただけという身振りで依代にしがみついた。
「あのね埠頭さん、ちょっと大変なことになってるから今から私の言う作業を頼まれてねってどこ触ってるのやめなさいってば」


 エラーログを取りに行った上中里が何時まで経っても帰ってこないのを不審に思った赤坂は、本番サーバのログ取得用端末が置いてあるサーバ室へ様子を見に行くことにした。
「依代さん、わたし上中里さんの様子見てきますんで、何かあったらよろしくお願いします」
「これ以上なにかあるのは嫌だよー」
 ハハハ、こやつめと思いながら席を立つ。ふと舞浜の方を見ると、長髪の無精髭が頭を斜めにしながらモニタと格闘しているのが視界に入ってきた。
(何悩んでるんだろう)
 障害対応が終わったあと、舞浜へのフォローも考えなければならないかなあ、と思ったが、彼のサポートは埠頭に依頼しているのだから、先に埠頭へ状況を確認したほうが良いのかな、とも思う。
 ログ取得用端末はビルの21階にある。赤坂らが作業しているのが6階なので、エレベータを利用してフロアを登るのだが、6基あるエレベータのうち20階以上に停まるのは2基で、しかも6階には停まらないので一度1階に降りなければならない。
(こんなエレベータの仕様と移動アルゴリズムを考えた土豚は上下のまぶたをアーク溶接して万力で270度回転してから死ねばいいわ)
 不穏なことを考えながらエレベータで移動し、21階に到着する。ドアの近くにあるカードリーダにFelica搭載の入館証をかざすと、ロックが外れてドアが開く。非接触型カードによる施錠はかざすだけで良いので便利だが、反面カードがないとトイレにすら満足に行けないなど不便な側面もある。赤坂が以前居た職場ではこのビルのように非接触型カードによる施錠が行われていたが、赤坂へのカードの発行が一ヶ月もかかったため、一ヶ月間はドアの出入をするたびにカードを借りたり電話をして開けてもらったりしなければならない、ということがあった。
(そのへんはここはちゃんとしてるわね。カードは即日発行だったし。しっかりマニュアル化されてるみたい)
 対応は速いが、トラブルが頻発する傾向があるような気がしていた。
 施錠が外れたドアノブを引くと、上中里の姿が見えた。一応居るには居たのかと少し安心するが、上中里の手は膝の上に置かれており、全く動いていない。モニタを凝視したまま、静かに座っている。
 赤坂が声をかけると、上中里は無表情で振り向いた。
「あ、赤坂さん。お疲れ様です」
「うん、どうしたの?なんか固まってたけど」
 目が泳ぎだした上中里を見て、赤坂は嫌な予感がした。
「以前、わからないことがあれば聞いてもいいっていってましたよね」
「え?うん、言ったけど。どうしたの?」
 上中里の隣にある椅子に腰掛けながら赤坂は答える。
「ログってどうやって取るんでしょう」
 赤坂は椅子ごと後ろに倒れこみ、後頭部を強打した。ゴチーンという嫌な音がしたので、上中里は悲鳴に近い声を上げた。
「キャー!大丈夫ですか!?しっかりしてください」
 意識を失いかけたが、上中里が必死に声をかけ続けたのが幸いしたのか、そのまま三途の川を流れる事態にはならずに済んだ。
「だ、だいじょうぶ。ごめんね心配させて」
「赤坂さんがいなくなっちゃったら、わたしはどうやってログを取ればいいんですかっ」
「その心配かよ!」

 赤坂はエラーログ取得を上中里に指示する際、ログ取得の経験はあるか聞いていたし、上中里自身も「ある」と言ったから作業を任せたのだが、上中里は実際のところログの取り方を知らなかったらしい。正確には、以前依代とここに来て依代の操作を一部始終見ていたから、自分にできると思い込んでいたが、いざ端末の前に座ってみると何も出来ない自分に気付いて、不甲斐ない自分を悔いて半生を振り返っていたところに赤坂が来たということらしい。
「不本意ではあるけれど、今この時この言葉を使わせてもらうわ」
「なんでしょう」
 上中里が不思議そうに赤坂を見る。赤坂は、手に持っていた資料を一度後ろに溜め込んでから、勢い良く上中里の前に突き出した。
「こんなこともあろうかと、ログ取得方法を紙に印刷して持ってきていたのよ!さあ、これを使っていくらでもとるがいいわ!ログを!」
 ババーン!という効果音がぴったりの赤坂の挙動に感動した上中里は、手を叩いて褒め讃えた。
「さすがわたしのお姉さま!そこにシビれる!憧れるうっ!」
「わたしはお姉さまでも吸血鬼でもないわ!早くログを取れ!」
 のせたのは自分なのに、と上中里は口を尖らせながら資料を受け取る。しかし、上中里はまず資料をじっくり読み始めたので、こりゃいかんと赤坂は資料を取り上げ、赤坂が指示して上中里が端末を操作するよう手順を変えた。
(こいつのペースでやってたら、太陽が何回登っても作業終わらないわ)


「どうかな。何かわかった?」
 埠頭に依頼していたプログラム調査の様子を伺うため、依代が声をかける。
「うーん、原因っぽいものは見つからないですね。一箇所怪しいところはありましたけど、過負荷テスト結果とおってるみたいだからなあ」
 埠頭がテスト結果の資料をモニタに表示させる。資料によると、百数十件のデータを処理する箇所はあるが、レコード1件単位のデータ量が少なく、それが原因であるとは考えにくい。
「だよねー。私もそうじゃないかと思ったんだ」
「え、わかってたのに調べさせたんですか?」
 無駄なことは大嫌い、と言わんばかりの不快な表情を示す埠頭だったが、依代がそれを気にすることはない。
「うふふ。為念よ、為念」
 依代はそう言って自席に座ると、マウスを操作してグループウェアを開く。表示されている新着メールを確認し、埠頭のアドレスにまるごと転送した。
「いまメールを転送したから、見てもらえるかな」
 埠頭が何も言わずにグループウェアを開くと、転送メールのタイトルを見た時点で表情を変えた。
「あ、もう原因がわかった気がします」
「添付ファイルを開いてみて」
 埠頭が言われたとおりに添付ファイルを開くと、画面には「深夜バッチプログラムの起動スケジュール」が表示される。
「ね、これが怪しいと思うんだけど」
 依代がモニタを指さして説明すると、埠頭はすぐに頷いて肯定した。
「いや、怪しいというかもうこれ決定でしょう。絶対これですよ」
「いろいろ確認はしないといけないけどね。これからどうすればいいかわかる?」
 依代の言葉に、埠頭は親指を立てた。
「岡野のアホをシバきにいくんですね!」
「シバかないよ!?埠頭さんはいろいろ手順すっ飛ばしすぎよ!」
 えー、という埠頭の声を無視するように、依代は今後の作業について埠頭に指示した。

       

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