Neetel Inside ニートノベル
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「もー!」
 赤坂は一人、本番機操作端末のあるサーバルームで憤っていた。上中里の所持していた操作手順資料は、すべてテスト機用のものだったのだ。そこに書かれているログ管理サーバのIPアドレスも当然、テスト機のものだ。
(今は本番機触ってるんだから、本番用の手順書でないと意味無いでしょうが)
上中里の持っていた資料はテスト機用のものだけで、本番機用の手順書はなかった。PHSで内容を上中里に確認するか、自分で本番機用手順書を取りに戻るか、どちらかを選択しなければならない。
(取りに帰ったほうが確実なのは、わかってるんだけどなー。いちいち遠いんですよ)
 億劫に感じつつも、電話口で上中里が垂れる「要領を得ない説明」とを天秤にかけた結果、重い腰を挙げざるをえない、覇王翔吼拳を使わざるを得ないと、端末にロックを掛けて立ち上がったところで、PHSに着信があった。依代からだ。
「はい、赤坂です」
「依代です。ちょっと調べてほしいことがあるんだけど、今時間ある?」
「あ、はい。かまいませんよ」
 再び椅子に腰をおろして、端末のロックを解除した。そういえば、この本番機操作端末はテスト機用のアカウントでログイン可能になっているが、セキュリティ的にまずいんではないだろうか。
「障害が発生したバッチが実際にある場所はわかる?」
「パスのことですか?今開いてますよ」
 マウスをクリックしながら、赤坂が答える。依代の言うバッチが格納されているフォルダの一覧を表示させているファイルブラウザをクリックして活性化させた。
「そのバッチの設定ファイルはある?名前は同じで拡張子が『cnf』だと思うんだけど」
「ちょっと待って下さいねー。えーと、ありました」
 マウスホイールをスクロールし、該当のファイルを右クリックしてメモ帳で開いた。バッチファイルの設定内容がコメントと共にズラズラと書かれている。
「『output_log』っていうところにIPアドレスが書いてあると思うんだけど、なんて書いてある?」
 依代の指示に従って該当文字列を検索し、発見した文字列の値を読み上げたところで、赤坂はとあることに気付いた。
「あ」
「ん、どうした?」
「ちょっと待ってください。えーとですね。えーと。あったこれだ」
 赤坂が取り出したのは上中里が持ってきていた操作手順書だった。そして、本来一致するはずのない文字列の一致を確認し、愕然とする。
「これ、テスト機のアドレスですね」
「んー、こっちでも確認したけど、そうみたいね。どうしてわかったの?」
「上中里さんが持ってきた手順書が、テスト機用のものだったんですよ。書いてあるIPも全部テスト機用です」
「もしかして、今見てるフォルダもテスト機のものなんてことないよね?確認できる?」
「デスクトップのショートカットでアクセスしてるので大丈夫だとは思うんですけど、念のため確認させてもらってもいいですか?こっちには本番機の資料がないので」
 依代が読み上げたIPアドレスは、赤坂が開いているファイルブラウザのアドレスバーに表示されているものと一致した。つまり、バッチ用設定ファイルの値に誤りがあるのだ。
「どうします?設定変更しますか?」
「だめよ、本番機は修正よりも運用による不具合回避が優先されるんだから」
「な、なるほど」
「それに、修正するにしたって、それは私たちの仕事じゃないからね!」
「それはそうですね!」
 赤坂は力強く同意した。
「今日のミッションはそのバッチの実行が完了することで、それにはテスト用ログ管理サーバが動いてないといけないみたいね。いま運用チームの人に確認したんだけど、テスト用のログ管理サーバがダウンしてるみたい。サーバが動くようにこっちですこし動いてみるから、赤坂さんは一旦こっちに戻ってみんなに状況を報告してくれるかな」
「わかりました」
「状況が変化したらまた連絡するから、よろしくね。多分テストチームに説明する人も必要だから、誰を行かせるか決めといて」
「え、今テスト機誰か使ってるんですか?」
「そうよ。だからこういう障害が出たのかも。詳しくは埠頭さんに聞いてみて。じゃあよろしく」
 通話を終えた赤坂は、急いで資料をまとめると、端末をロックして部屋を出た。
 依代は、赤坂との電話中に完成させたテキストを印刷し、岡野の席へ向かった。


 対応方針が決まってからは、驚くほど迅速に事は進んだ。
 バッチプログラム作成者によれば、実行失敗時でも再実行すればデータは正常に処理されるらしい。正直言ってここまで不具合不手際が続くと信用もへったくれもなかったが、埠頭の「責任取るのはあいつらだろ」という言葉は、赤坂にとって非常に心強いものであった。
 驚くべきは、舞浜が機能したことであった。海上とつるんでいた頃から信用も信頼もなかった彼なので、テストチームへの伝令を指示したものの、あとから自分が直接行って説明しなければならないだろうなあと思っていたところに、舞浜から伝令完了の電話が来た。彼はもしかしたら、プログラミングより折衝の仕事のほうが向いているのだろうか。
 アクセスが出来ない状態になっていたテスト機のログ管理サーバは、運用管理チームの古山と赤坂が実際に確認したところ、フリーズしていた。何らかのテストの影響でそうなったのだろうが、テスト機とはいえサーバがフリーズしているのを実際に見てしまうと、本番機は大丈夫なのかと疑ってしまうのも仕方のないことだろう。本番機は冗長化されているから大丈夫とは岡野の弁であるが、なんだかこの人の言うことも大して当てにならない様な気がしている。
 テスト機のログ管理サーバが適切な手順で再起動され、実行に失敗したバッチが手動で再実行された。また数十分待つのかと思って気が重くなったが、実際は数分で処理が終了した。どうやら障害発生前にほとんどの処理が終わっていたようで、データも正常性が確認された。
 ○二三○時、バッチファイル緊急対応の全工程が終了した。赤坂の号令により対応チームは解散し、各々が帰宅の途についた。

       

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