Neetel Inside 文芸新都
表紙

春の文芸ミステリー企画
新都社殺人事件/ムラムラオ

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 新都社殺人事件

 
 ※この物語はフィクションです。登場する人物は現実とは全く関係がありません。



 都内某所、午後6時頃。


 前島先生、ぶんぶん先生、ニー助先生、白子先生、江守先生、そして唐木田――――つまり僕を含めた六人は駅から出て人混みをかき分けながらカラオケ屋に向かっていた。
 
 この集団は関東オフと呼ばれる催しに集った六人であり、新都社というインターネット上の漫画・小説コミュニティの仲間でもある。こうして不定期なオフ会というものを開いて親睦を深めることは別に珍しいことではないが、僕は今回が初参加であるため少々緊張しながら今日という日を迎えたわけだ。しかし、実際会ってみればどの方もとても友好的で、当たり前だが突然懐からダガーナイフを取り出して襲いかかってくる人はいなかった。いたらいたで面白いことになっていたのだろうなと、不謹慎な思考を眠らない町のネオンに浮かべながら僕は前島先生に話しかけた。
「今日はホントに楽しかったです。秋葉原に行くのは初めてだったんで、とても勉強になりましたよ」
「おっ、そうですか。楽しんでもらえたなら、おいらもからきん先生を誘ったかいがあるってもんですわ」
 からきん、というのは僕のペンネームであり、名字の唐木田のイニシャルからそのまま三文字頂戴してお尻に”ん”をつけたのが由来だ。
 何のひねりもないので自分としては後悔しているが、他の先生が呼びやすくていいですよと言ってくれるので、これからも使おうと思っている。
「つきました。ここです」
 一番前で僕らを引率していたのは、この町の近くに住んでいるというニー助先生。
 前島先生はくろぶち眼鏡にTシャツの結構真面目な見た目だけれど、ニー助先生は頭を茶色に染めていて、サングラスをかけているから最初はどこぞの不良かと身構えてしまった。
 しかし話してみればまるでアナウンサーのごとく流暢な日本語を完璧に使いこなしていたのでそのイメージはいい意味で崩れさり、僕はそのイケメンボイスに酔いしれた。なるほどネットラジオのリスナー数が頭一つ抜けているのも納得がいく。
 そしてここはカラオケ屋。どんな美声で僕らを魅了してくれるのか今から楽しみだ。
 もちろん隣の今日の紅一点、ぶんぶん先生にも注目だろう。
 秋葉原で突然歌い始めたと思ったら、十数え終わる前に周囲に人だかりを作った恐ろしい高校生である。

 僕とは大違いだ。

 悲観的になりながら、僕は羨ましさを込めた視線をいつの間にか目の前のぶんぶん先生に送り続けていたらしい。
「……どうしたんですか? からきん先生」
「あ、なんでもないですよ」
 部屋が空くのを待つため、受付のレジの隣のベンチで座っていた僕を、ぶんぶん先生がのぞき込んでくる。
 と、胸に手を当てたのは何かのサービスだろうか。
 それにしてもかわいいゴスロリドレスですね。
 似合いますよ。
「まさか、私の胸……」
「いやいやいや! 何を言ってるんですか!?」
「嘘ですよぉ。あ、部屋空いたみたいです~」
 にゃんにゃんとかわいらしい鳴き声を上げながらぶんぶん先生は歩き出す。
 僕達以外の四人も、二人づつにわかれて話していたようだが、店員に案内されているようだ。
「……さて、行くか」
 そして僕も、久々に歩き回ってガタが来そうな腰を上げたのだった。



 ○



「たちあ~がれ~」
「にっぽん~」
 有名ロボットアニメソングを最近出来た新党の名前を込めた替え歌で歌いあげるニー助先生。
 世間的にはあまりよろしくないものだとわかっていても、イケメンボイスが全てを肯定に染め上げていた。
 恐ろしいことである。
「いいねいいいね! それじゃ、次おいら行こうかな」
 汗が染みて肉厚感が絶賛増量中の前島先生がニー助先生からマイクを受け取った。
 と、同時に白子先生が席から立ち上がる。
 歌詞の内容とは関係ないと思う。
「ちょっとトイレ行ってきますの」
「あいよ~行ってらっしゃい!」
 白子先生はもちろん男性だけれど、なぜかお嬢様言葉を巧みに操っているのでちょっと面白い。
 別にその気があるわけではなさそうなので、警戒はしていない。
 どこを、とは言わないけれど。
「お尻の穴をきゅっとしておかないともう出そうでしたのよぉ!」
 扉を開けて、大声で叫んでから白子先生はカラオケルームから消えた。
 隣でぶんぶん先生がいやんいやんと悶えているのと何か関係があるのだろうかと、僕はしばらく選曲をするためのタッチパネル付きの機械のボタンをいじくりながら考えていたのだった。




 ○



 それからしばらくの間、スケッチブックを回して互いを描くというオフ会お決まりの慣行をこなしながら、部屋にいる5人でそれなりに盛り上がった。
 ぶんぶん先生はやはり魅惑の萌えボイスを披露したし、ちょっと影の薄い(といっても僕の方が薄いかもしれない)江守先生は絵のうまさを存分に発揮して僕達を驚かせてくれた。
 いやはや、格の違いを見せつけられた感じではあるが、残念なことに僕はこのオフ会で唯一文芸雑誌出身であるため雲の上の見えないお釈迦様に「ありがたや~」と言うようなことしかできないのだ。
 ちょっともどかしい。
 と、そこで前島先生と江守先生が立ち上がった。
「じゃ、おいら達ちょっと連れしょんってきますわ」
「わぁっ! それってアレですか? 男の子が必ずやるあれですか?」
 妙にハイテンションなぶんぶん先生。
 僕の記憶では連れしょんは男でも女でもやる気がするのだが……まぁ別にどうでもいい些末なことだ。
 僕はいってらっしゃいと二人に声をかけて、それからニー助先生から送られてくる視線に気がついた。
「……」
「……?」
 隣に座るぶんぶん先生は選曲の機械をいじくっているので気づいていない。
 僕はそれをいいことにニー助先生に何事でしょうと目で問いかける。
 すると、ニー助先生の口が「がんばれ」と動き、それから遅れてこう聞こえた。
「ちょっと所用が出来まして、自宅に戻ります。10分程で戻ってきますから、よろしくお願いしますね」
 見事なまでのいっこく堂。
 おっと、遅れて聞こえますね、と言わんばかりの名人芸だった。
 そして、僕がそのすばらしさにあっけにとられていた間に、ニー助先生はカラオケルームから消えていた。
 と、隣のぶんぶん先生が機械から顔を上げて僕を見つめる。

 あれ、これっていい感じじゃないか?

 と、思った瞬間、ドアが開いて白子先生と前島先生が戻ってきた。
「あれ? ニー助先生は?」
 僕とぶんぶん先生が二人でいることには触れず、単刀直入に切り出す。
「一度家に帰ると言ってました。10分ぐらいで戻ってくるそうです」
「そっか。いいなぁ、おいらも今度地元でオフ開きたいな」
「あら、それならわたくしと二人っきりでお願いしますわ~」
「うげっ! 白子先生冗談きついですたい」
 冗談じゃありませんのよ~と笑う白子先生に僕は訪ねる。
「江守先生はまだトイレですか?」
「もちろんですのよ。わたくしが大を流し終わって個室を開いたらちょうど二人にはち合わせましたの。グッドタイミングですわ~」
 と、いうことは江守先生は今個室にいるのだろう。
 僕はカラオケルームの部屋の壁に取り付けられた電話を手に取った。
「何か飲み物頼みましょうか? ちょうど二人が帰ってきましたし」
「あっ、じゃ私おれんじじゅーす!」
「おいらはブラックコーヒーで」
「わたくしはウーロン茶でお願いしますわ」
 それぞれの注文を僕は電話越しに伝えていく。
 電話の向こうからは僕と同い年ぐらいの若い声がかしこまりましたと注文の確認を取る声が聞こえた。
 なんだか頼もしい。
 そして、最後に僕は自分の分を注文する。
「――――それと、トマトジュースで」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
「お願いします」
 僕は電話を壁に掛けて、席に座った。
 前島先生と白子先生は僕とぶんぶん先生の正面に座っている。
 さて、それでは一曲歌おうかと僕はマイクを手に取って、曲を選ぶ。
 どれがいいかな。
 そうだ、君が代でも歌おうか。
 いや、気分はレクレイムなんだけれど。
 
 選びかねていたら、ニー助先生が戻ってきた。
 そういえば、カラオケボックスって途中退室が可能なのだろうか、なんて些細な疑問は今の僕にはどうでもいい。
「そろそろおいとましましょうか。もう9時になりますね」
 ニー助先生は腕時計に目をやりながら言った。
「白子先生は結構遠いところからいらしていますよね? あと、からきん先生も」
 さすが幹事。
 細かいところまで機転が利く。
 白子先生はそうでしたわ~忘れてましたわ~と言って、悶えた。
 この人には何が利くのだろう。
 謎だ。
「あれ、江守先生が見あたりませんが……」
「あっ、まだトイレじゃないかな」
「やーねーお便秘ですの~?」
 そういえば二人が戻ってきてからもう10分は経っている。
 そろそろ事が終わってもいい頃合いだがどうだろうか。
 僕はニー助先生に提案した。
「もう5分ほど荷物をまとめながらここで待てばいいんじゃないですか?」
「それもそうですね。じゃ、私はお先に会計を済ませておきます」
 ニー助先生は足下の鞄を肩に掛けるとそのまま部屋を出た。



 ○



 五分後、かなり散らかっていた部屋の片づけも大分済み、僕を含めた4人も部屋から出ることにした。
「忘れ物無いですかね?」
「大丈夫みたいです……あ、まだ江守先生戻ってきませんね。おいらトイレ見に行ってきます。もしかしたら真性のお便秘かもしれないですからね」
 真性のお便秘ってどんなだよ、と誰かがつっこむ前に前島先生は行ってしまった。
「それじゃ、行きますか」
「そうですね。あ、からきん先生にプレゼントです!」
「へ?」
 ぶんぶん先生がはにかみながら渡してきたのは秋葉原でよく見かけたキャラクターのキーホルダーだった。
「今日ガチャポンでゲットしたんです! あ、だぶったからあげるんですよ? 変な勘違いしないでよねっ!」
「は、はぁ……」
 と、僕がいわゆるツンデレを生で見て困惑していた時。
「た、大変だぁ!!」
 前島先生が眼鏡をずり落として叫びながらこちらに走ってきたのだった。



 ○



「ど、どうしたんですか?」
「え、え、え、え」
「え? 絵はもう描きましたけど」
「違う! 江守先生が!」
「お便秘でしたか」
 すかさず、隣で白子先生がいやんと体をくねらせる。
「違う! そんなんじゃない……」
「恐怖の片鱗をかみまみた……」
「ちがーう!! あってるけどちがーう!」
「じゃ、何だっていうんですか」
 戯言も程々に、声色をシリアスにして僕が尋ねると、前島先生はこう言った。
「江守先生が、死んでるんだ!」



 ○


 男子トイレの手洗いに首を突っ込む形で江守先生はこときれていた。
 首に残った後を見るに、死因は誰もが絞殺だろうと言い切った。
 クビシメロマンチストを読んでいなくともそれぐらいは分かるだろうという感じで。
 
 江守先生が死んでいるのを目撃してから、僕達は慌てつつもカラオケ屋の店員さんに警察にこの事を通報してもらい、それから部屋に戻された。
 どうやら店から誰一人として人を出すなと指示が出たらしい。
 つまりそれは、犯人がこの店のどこかにいるわけだが。
「誰が、殺したんでしょう……?」
「さあ。ただ、おいらが思うにこの中に犯人がいると思うんですけどね」
「えっ」
 ニー助先生の問いに前島先生が答え、その答えにぶんぶん先生が短くおののいた。
「だって、そうでなければおかしいでしょう。見知らぬ人を殺すだなんて、通り魔じゃあるまいし。しかもここはカラオケ屋なんですから」
「確かにそうですけれど……」
「とりあえず各自のアリバイを示してみますのよ」
 白子先生が真面目な雰囲気で言い、僕らはそれに従うことにした。
「まず、からきん先生とぶんぶん先生はお互いに部屋から出ていないということでアリバイが成立しますわね」
「ええ。もちろんです」
「そして、わたくしと前島先生は江守先生が個室に入ってからトイレを出て、それから部屋は一度も出ていませんの。これもお互いにアリバイを証明できますわ」
「うんうん。それに、おいらがトイレに確認しに行った振りをして殺したっていうのがありえないことは白子先生、ぶんぶん先生、からきん先生が証明してくれますわい」
 それぞれがお互いの確認を済ませる。
 そして、残されたのは……
「さて、困ったことにニー助先生にはアリバイがありませんのよ」
「いや、私は家に帰ってましたから」
 慌てて否定するニー助先生の顔は次第に青ざめてゆく。
「それを証明する方はいらっしゃいますの? ご家族などは」
「いや、私は一人暮らしなんで……」
 ニー助先生はうつむいてしまい、弱々しい声で言う。
「まさか、私が犯人だなんてみなさん思っていませんよね……?」
「いやしかし、おいら達の中でアリバイが証明出来ないのはあなただけですよニー助先生」
「私はやっていません」
 顔を上げて、ニー助先生は否定した。
 と、警察官らしき人が同時に部屋に入ってくる。
「話は聞かせてもらいましたよ。ニー助先生、ですか? 署までご同行願いましょうか」
「いや、私はやってません」
「話は署で聞きます。それにあなた、無実だというなら別にここで慌てる必要もないでしょう」
 警察官は疑り深い目をニー助先生に送りながら言った。
 それに気圧されたのか、ニー助先生はやはり弱々しくうなずく。
「他の方は連絡先だけ教えてください」
 渡されたメモ用紙に電話番号と住所を書いて、僕らはカラオケ屋を出たのだった。


 
 












 あれから一時間程経っただろうか。
 電車の中で一人揺られながらうとうとしていた僕の胸の右ポケットで、携帯電話が震えた。
 取り出して開き、耳に当てると、カラオケ屋で聞いた若い男の声が聞こえてくる。
「あいつは捕まったよ。なんだっけ、ニー助ってやつ? アリバイが無かったのがやはり決め手だったらしいな」
 予想通りだ。
「そっか。教えてくれてありがとう」
「いや、お礼を言いたいのは俺の方だ唐木田。まさか江森の奴がバイト先にのこのこやってくるなんてな。これも中学の時に俺をいじめた天罰だと思う」
「あぁ。僕も最初は見た目が変わってて分からなかったんだけどね。江守とチャットで話していてね、転校の話からさかのぼって尋ねたら確信が持てたんだ」
「そうか。それに、トイレットペーパーで首を絞めるのは正解だったみたいだ。ありがとうな唐木田」
「あぁ、こちらこそ吉野」
 電話を切って、携帯電話をしまう。
 
「ふぅ……」
 
 ”えもり”と発音する名字は日本にごまんとあるのは事実だ。そして今回、僕が殺したかった男は江守だ。吉野は江森だと勘違いしているようだが、嘘はついていない。彼は確かに”えもり”だからだ。

 合作を放置するような馬鹿な真似はしなければよかったのに……と、僕は嘆いたのだった。




 糸冬

       

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Neetsha