Neetel Inside ニートノベル
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「おー、すげー!」
「何これ全部バラ? バラ?」
「当たり前でしょ」
辺り一面に広がる赤、赤、赤。そして、濃密なバラの匂い。
 昼飯まで、僕らはこのバラ園で時間を潰す予定になっている。
 金田も牧橋も、ここに来るまでは不満たらたらだったけど、どうやら問題なさそうだ。
 咲き乱れるバラの中には道が続いていて、あちこちに解説の札が立てられている。
「やべーよ、これフランス産のバラだって。めちゃくちゃ高そう」
「へー、フランスのバラにも棘あるんだな……」
 こいつらアホだ。
「男子馬鹿しかいないわねこの班……」
「環奈聞こえる聞こえる」
「気にしなくていいわよそんなこと。どうせ馬鹿だし」
「僕まで一緒にするなよ」
 思わず振り向いてしまった。言われようがあんまりすぎる。
「うーん、まあ確かに戸田くんはそこまで馬鹿じゃないかもね」
「なんだよ、そのそこまでって」
「えー、まあ、ねー」
「「ねー」」
 女子3人で顔を見合わせて、くすくす笑う。
 なんか無性に悔しい。そこまで馬鹿な事した覚えもないんだけど。
 見ると、既に金田と牧橋は2人でだいぶ先まで行ってしまっている。追いかけるのは面倒臭い、けど女子と一緒ってのもちょっとアレだ。どうしよう。
「てかさー、戸田くんいつも保健室に行ってるけど何の病気なの?」
 迷っていると、韮瀬が話題を振ってきた。
「病気ってわけじゃないっぽいんだけど。少し運動するとなんか気持ち悪くなる」
 流されて、女子3人と歩くことになる。
「えー、何それ大丈夫?」
「ある日突然死んだりとかするかも。大変」
 不破と小峰がまた2人で顔を見合わせて笑う。こいつら本当に仲いいな。
「ないない。だったらもう病院とかにいるって」
「でも病気じゃないんでしょ?」
「うん。病院で調べてもらったけど特に何もないらしい」
「じゃあなんなんだろ」
「改造されてるとか」
「じゃあ戸田くん変身とかするんだ! すごい、いつも弟見てるよそんなの」
「正義の味方、戸田マン! みたいな?」
 僕をダシに訳分からないことを言いながら、不破と小峰がきゃっきゃしている。
「……この班の女子は馬鹿ばっかだな」
「ウチまで一緒にしないでよ」
 どっかで見たようなやり取りを、僕と韮瀬で交わす。
「つーか韮瀬静かじゃん。どったの」
「別にウチうるさいわけじゃないし。友代と綾が話してたからいいかなって」
「えー、普段から絶対うるさいと思うけど」
「男子から見たらでしょ。みんなちゃんとしてないんだもん」
「いいじゃんそんなの」
 そりゃまあ、給食当番サボったりなんてのは困るかもしれないけど他にはそんなに困るようなことはしてないはずだ。
「駄目。そういうの許せないのウチ」
「ふーん……」
 そんなことやってても疲れるだけだと思うんだけどな。
 気がつけば不破たちは少し後ろにいて、女子3人と歩いていたはずが僕と韮瀬だけになっている。
 どちらともなく少し距離を取って、会話が途切れた。
「戸田くん好きな人とかいる?」
「は?」
 いきなり、強烈なパスが投げ込まれた。
「え、何その反応。やっぱりいるの? 誰? 小学校の人? それとも中学?」
 いきなり韮瀬のテンションが上がった。少し距離を詰めて、目を輝かせる。
「ないない。そもそもいなかったから」
 うんまあ、嘘なんだけど、さ。
「えー絶対いたでしょ。小学校の人なら話しちゃいなよどうせ知らないんだから」
 できるか。
「だからいなかったって」
 表情に出ないように気をつけて、嘘をつく。
 僕の好きな人。野口香枝。元クラスメイト。赤が好き。自由帳に書いてる絵はちょっと下手。私立を受けたけど、算数が駄目だったらしい。今は、向こうの中学校に通ってるはずだ。
 卒業式の全日の夜は、告白しようかなんて一晩中考えていた。
 結局することはなくて、今ではどんな声だったかが少しだけ曖昧になってきている。
「じゃあさ、中学で気になる人とかいる?」
 「え。んーと、」今西?
 ……いやいやいやいや。
 名前は出さないほうがいいっぽいし、ってか待て。何でナチュラルに気になることになっているんだ。
 確かに気になることは幾つかあるけど、それは今聞かれてる意味じゃないだろうし。
「いない、かなやっぱり」
「えー、嘘でしょ今の!」
 凄く楽しそうだこいつ。目の輝きがさっきより増してる。
「だれだれだれ!? えっと、佐奈? それとも優とか?」
「ごめん、誰だかわかんね」
「えー、まだ全員の名前覚えてないの?高沢佐奈と、古津優。分かるでしょ」
 えーっと。
 高沢佐奈と、古津優。記憶が正しければ、水泳部とテニス部だっけ?
 確かに両方ともかわいい部類の人間だと思う。思うけども。
「別に好きではない」
「えー! じゃあ誰よ!」
「だからいないって」
「じゃあ気になりそうな人誰かひとり言って!」
 なんじゃそりゃ。
「訳分からないって」
「いいじゃん! ウチ口堅いから!」
 絶対嘘だ。これは何が何でも聞きだしたいって顔に決まってる。
 となると、誤魔化すのもめんどくさいしどうするか。
 ――――そうだ。
 なら逆に、韮瀬をからかってやろう。
「じゃあ、韮瀬で」
「ふぁい!?」
 韮瀬が固まる。おお、びっくりしてるびっくりしてる。
「いやだから、韮瀬――」
「おーいお前らおせーよ!」
 牧橋が走ってきた。慌てて口をつぐむ。
「どんだけ歩くの遅いんだよ。俺たちもう見終わっちまったぞ」
「いやお前らが走ったからだろそれ」
「うっせ。ニラも早くしろよ」
「え、あ、うん」
 牧橋の声に、韮瀬はびくっとして頷く。
「んだよ、今日はおとなしいじゃん。いつもならウッサイワネーとか言い出すのに」
「ウッサイワネー」
「それそれ。あー、ニラ死ねばいいのにー」
「ウチが死ぬぐらいならあんた死んだほうがいいから絶対」
「いや絶対ニラが死んだほうがいいから。ニラレバかなんかになって」
「じゃああんたは牧橋の丸焼きになって死ね!」
「なんだよそれ!」
「あーじゃあユンケルね。ユンケルユンケル」
「うっせー!」
 ああ、本格的に韮瀬と牧橋が言い争いに突入していく。
 ってか韮瀬、うるさいわけじゃないだなんてやっぱ嘘じゃないか。

       

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