Neetel Inside ニートノベル
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ニーノベ三題噺企画会場
お題①/ヤクザの歌会/ちんいつ

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 二延組若頭を襲名してから初めての総会に呼ばれた。会場となった一流料亭には、新都組系を束ねる有末纏会長を始めとし、少年組、若手組、孤兄組、希煩組、文藝組の蒼々たる面々が並んでいる。
「緊張せんでええで」と後藤組長は言ってくれるが、そもそも本来の二延組トップである伊瀬さんが今や実業界で活躍されているから、自分なんかにお鉢が回ってきたのであって、まだまだ実力不足の感は否めない。
 総会はまず歌会から始まる。昔からヤクザといえば短歌を詠めてなんぼ、というところがあって、短歌の腕が未熟な内は一人前とは認められない。とはいっても、古い慣習であって、日頃から短歌を嗜む組員なんて皆無といっていい。私だって、昨日後藤組長から「明日短歌詠まんとあかんからな。今回のお題は『殺人』や」と言われて慌てて捻り出したのだ。
 短歌に作者名は入れない。どこの組の者であろうと、どんな立場の者であろうと、公平に審査される。全員分の短歌がプリントアウトされた紙が配られ、良いと思った歌に各自○を三つ入れる。優勝者にはご祝儀も出る。
 回ってきた紙を眺めながら、どれに○をつけようか悩んでいると、有末会長が突然一種読み上げた。
「殺人も強盗(たたき)も全て組のため 粉骨砕身精進します」
 私の歌だった。とにかく組のために尽くそうという想いを詠んだものだ。耳で聞くとその下手さがよくわかり、顔が熱くなった。「これ詠んだん誰や」という会長の言葉に、恐る恐る手をあげる。
「お前なあ、ちょっとは短歌の歴史勉強せえや。こんな標語みたいなもんが戦時中に大量生産されたせいで、戦後、歌人達はどんだけ……」
 短歌についての長々しい講釈が始まったので割愛する。他の方々はにやにやしながら聞いている。どうも新人に対する通過儀礼のようなものらしい。昨日見せた時には「ええんちゃう」と言った後藤組長が一番げらげら笑っている。会長は年老いており、杖なしには歩けないと聞くが、興奮すると立ち上がり杖を振り回して熱弁を奮う。ようやく説教が終わると、思い出したかのように足を引きずり、上座に座り込んだ。

 票を集めた上位三首。
「トカレフは暴発すると決めておけ 人には売っても自分で撃つな」
「刑務所に時々帰りたくなるの 私のハートを殺した看守」
「『ヤりてえな』呟くと君は聞き返す 『誰をです?』いや君となんだよ」

 どうもあまり「殺人」にこだわりすぎなくても良かったようだ。それにしても衆道の匂いが濃い。これらは毛筆で長い紙に大書して張り出され、作者には会長が不機嫌そうにご祝儀袋を渡していた。自作に票が集まらなかったのだろう。
 歌会が終わると総会議が始まる。どこぞの組員が独立した、活きのいいのが一人暴れすぎて困る、そろそろBLのFAが欲しい、といった意見が交わされる。
「ところで、堅気の皆さんに宗教を広めとる輩がおると聞いたんやが」いろいろな議題を適当に処理した後、会長が重々しい口調で言った。今日の本題はこの事らしい。
 場がざわめく。私もそんな噂は微かに聞いていた。
「知っての通り、うちでは宗教は御法度や。殺人、麻薬売買、男売春なんかはいくらやってもええ。せやけど宗教はあかん。一旦宗教に染まると、信者は教祖の為に何でもしよる。善悪見境なしや。それはもうヤクザの所行やない。悪の自覚があるんが仁侠道や」
 皆の視線が一点に集中している。堅気に宗教を広め、莫大な利益をあげているという、若者組組長「冷蔵教信者」その人に。しかし彼ほどの大物を、どう処断するつもりなのだろう。
「総会長、あんたの考え方はもう古い」冷蔵教組長が口を開いた。
「何?」
「人を幸せにして何が悪い。パイズリの快楽と、ショタの素晴らしさを広めて何が悪い。血と暴力で他人を支配する時代は終わった。そろそろ引退して後進に道を譲るべきだよ」
「屁理屈をこねるな、小僧。お主の狙いが儂の後釜でない事はわかっとる。儂の孫じゃろう。小学校に通い出したばかりの、ショタ好みのお主にどストライクな年頃の……」
 冷蔵教組長は、近くに転がっていた、先ほど短歌を大書する際に使った毛筆に手を伸ばし、その尻の辺りを捻った。
(仕込み毛筆!)
 思うと同時に駆け出していた。私は有末総会長を身を挺して守ろうとした。だが一歩遅く、飛び出した毛筆の先端は会長の胸に……。
「甘い」
 会長は毛筆を杖で打ち返し、もろに私の額に当たった。所詮毛筆なので刺さるわけもなく、畳に落ちた。
 周囲に取り押さえられた冷蔵教組長が泣いている。
「あんたの孫も好きだが、俺はあんたそのものだって好きなんだ。お爺ちゃん可愛いよお爺ちゃん」
 それを聞いた会長は少し照れながら「まあ、ほどほどにせい」と言い、結局おとがめもなく、会は終わった。

「大変でしたね」
 帰りのタクシーの中で、後藤組長に色々愚痴りつつ、会の感想を語った。
「大体いっつもあんな感じやで。みんなが楽しくやっていけたらええんや」
 その言葉を聞いて、まだまだ若輩者の私も、何とかやっていける気がしてきた。これからも好き放題やってやろうと決めた。

 ちなみに会長の歌。
「孫可愛い孫めちゃ可愛いまじ可愛い 殺人(コロシ)とかもうどうでもええわ」


(HAPPY*この物語はフィクションであり、実在する人物・団体・作品その他とは一切関係ありません*END)

       

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