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ニーノベ三題噺企画会場
お題①/出エジプト記(旧約聖書より)/ロリ童貞

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 ナイルの賜物(たまもの)エジプトから差し向けられた大軍が背後に迫る。歩兵二千、騎兵千、戦車六百のファラオの軍勢、イスラエルの民を紅海の水際(みぎわ)に追い詰めた。怯え惑う民を導く預言者モーセ、神より賜りし橄欖(かんらん)の杖を渾身の力で振り翳(かざ)す。瞬(またた)く間に海の水は左右に割れ、シナイ山へと続く道が現れた。イスラエルの民が渡り切った直後、左右に分かれた水の壁は合一、追手の大軍は藻屑と消えた。民の身の安全を確認し、漸(ようや)く緊張を解いて安堵するモーセに、絶対神ヤハウェが御言葉を賜る。
「モーセよ、苦労であった。だが間もなく日が暮れる。シナイ山に行くなら早くしないと」
 モーセはいつものつまらない駄洒落を聞かされて、溜まっていた疲れがどっと噴き出してきた。「何もこんなときにおっしゃらなくても……」と思ったが、口には出さなかった。
「だいじょぶ?」
 無言のモーセを心配したのか、ヤハウェが再度、労(ねぎら)いの声をかけた。
「……神よ。常々考えておりましたが、この先あなた様についてゆけるかどうか心配です」
 モーセはそう答え、視線を落として深く長い溜め息をついた。
「モーセよ、もし悩みがあるなら何なりと申せ」
 と言って深刻な顔を作るヤハウェ。少々の沈黙の後、ヤハウェは堪(こら)え切れず吹き出した。モーセは一瞬期待してしまった自分にうんざりしながら、獣のように低い声で答える。
「神よ、大変恐縮では御座いますが、今少し厳粛になされてはいかがでしょうか」
 ヤハウェは地面の上に仰向け(あおむけ)になって、幼子のように笑い転げている。
「あーはっはっは……もうー、モーセって堅苦しいんだから! 私だって一応ね、神様っぽく古めかしい言葉遣いしたじゃないの。それよりさ、さっきのなかなか傑作だと思わない?」
 思い出し笑いをしているヤハウェに、更なる苦言を呈するモーセ。
「神よ。そのように激しく動いておみ足を露わにするのもまた如何なものかと存じます。あなた様のあまりの美しさに、女は嫉妬に狂い、男は劣情を催します」
 満更(まんざら)でもない表情をしているヤハウェを見て、モーセは慌てて付け加えた。
「神よ、褒(ほ)めているのでは御座いません。どうかその乱れたお召し物をお整え下さい」
 捲(めく)れた腰布をしぶしぶ直そうとするヤハウェだったが、どさくさに紛れて一旦わざと下半身を全開にしてから戻した為、ついにモーセの堪忍袋の緒が切れた。
「神よ! 最早我慢なりませぬ!」
 そう叫んでモーセは手近な岩を持ち上げると、それを投げて砕いて板状の石を切り出した。
「契約で御座います!」
 目にも留まらぬ早業でモーセは石板に文字を刻み、同時にそれを大声で読み上げた。
「駄洒落を言ってはならない。無暗に局部を露出してはならない。厳(おごそ)かにすること。淑(しと)やかにすること。守れなければあなた様を信じるのをやめます。いいですね!」
 怒るモーセをしばらく嬉しそうに観察していたヤハウェも、これはちょっと刺激し過ぎたかもしれないなあと思って、反省した。機嫌を取ろうとして、少し真面目な話をしてあげた。
「うん、わかったわかった。でもさ、なんか私だけじゃ不公平だから、人間の義務も書いとこうよ。私を信じること。親を敬うこと。それから、偽証・窃盗・殺人・フィギュアは厳禁」
 それを聞いて、モーセは涙を流した。長年の念願叶って、神がやっと神らしいことをしてくれたからであった。しかし、ふと気づくと、モーセには一つだけわからない言葉があった。
「神よ、フィギュアとは何なのですか?」
「あ、それね、人形とかのこと」
「なるほど、偶像崇拝の禁止ですね! これで信仰心も安定。さすがは我らの神です!」
「ううん、ただオタクはキモいからエンガチョってだけ」
 ヤハウェの返答の内幾つかの言葉は初めて耳にするもので、意味はよくわからなかったが、せっかく高まった神への評価を下げてしまうことを恐れ、モーセはそれ以上質問しなかった。

「あれからも色々ありましてね。民衆が勝手に金の雄牛を作って祀ったり、それを見た神がアルデバラン萌え~とか意味不明の言葉をお発しになったり、本当に大変でしたよ。でも、無事にエジプトを脱出し、こうして約束の地カナンで平和に暮らしていられるのは、確かにあの偉大な神のお陰です。今では我々の宗教を信じる者も増えて、神もさぞお喜びの事と思います」

 ――これが世に言う、モーセの述懐である。(by ヤハウェ)

       

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