Neetel Inside ニートノベル
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 『魔王』
 そう聞くと、また随分と悪いイメージを抱いてしまうかもしれない。
 事実、『魔王』なんていう存在は悪だ。
 ただ、ここで意味を履き違えてはいけないのは、『魔王』というのは別に世界を破滅に追いやる者だとか、万魔の王だとか、必ずしもそういうことを意味するわけではないということだ。
 『魔王』というのは、大衆の正義に反する悪。少なくとも、メイラはそう考えている。
 『神魔戦争』は言わずもがな、であろうけれど、今回メイラが自分の事を『魔王』と名乗ったのも、そういう観点から物事を見ているからだ。
 『パラ教』が大衆の正義であるというのは当然だし、事実だ。だから、それを自分勝手にも改革しようとするメイラは『魔王』、ということになる。メイラ自身、自分が決して正義などではなく、悪であることは自覚している。それを自覚せずに改革することは、自惚れへと繋がり、そして破滅へと繋がる。
 自分を悪として認めることは、それはそれでとてもつらいことではあるけれど、それでも改革を目指すのは彼女の中の『悪』が『正義』を許せない――つまり、現状のままではいけないという、彼女の『正義心』の強さの表れなんだろうと思われる。
「……『魔王』?」
「そ。あたし的にはその響きは好きなんだけど、いかんせんここは神国でしょ?つまり敵地のど真ん中なわけ。だから、あたしは『禁術師』、そう名乗らせてもらってる」
 まるで、何か悪いたずらでもした子供のようにメイラは笑い、照れるかのように、そう言う。もしかしたら、苦笑い、の方が相応しいかもしれない。
「『神官』である僕はもちろんのこと、ここにいる人々全員に聞かれることのリスクは考えたのかい?」
「ええ、考えたわ」
 きっぱりと、断言するかのように言う。そこに、迷いは見られない。決意の末、といったところか。
「……僕はまだしも、それでも一般の人はまずいんじゃないかな。皆が皆、僕の意見についてきてくれるというわけじゃ」
「いいえ。大丈夫。あんたは、それでも大丈夫。皆――あんたについてきてくれるはずよ」
「根拠は?」
「ないわ、そんなの」
 あまりにきっぱりとしたその物言いに、流石のシノイといえども苦笑する。なんというか、潔い。メイラはいろいろと考えているように見えるというのに、実際は案外そうでもなく。考えなしというのとも、また違う。
「……ふふっ」
「……?なんで笑うのよ」
「さあ、なんでだろうね。僕にもよく分からない。分かるはずもないさ」
「あんたって、馬鹿?」
「そう、かもね」
 二人が互いに笑いあう。傍から見ると怖いこと極まりない光景なのだが、そんなことは二人の感知するところではない。
 二人からしてみれば、周りなんてどうでもよかった。二人の世界にいるのは、二人だけ。
「さて、久しぶりに名乗らせてもらおうかな。僕は『天空の契約』シノイ=サルルーナ。手加減なしでいかせてもらうよ、覚悟しろ」
「あたしは『禁術師』メイラ=シュライナ。あんたの挑戦、受けて立つわ」
 互いに不敵に笑った後、ついに戦いが始まった。



 先手を取ったのはシノイだった。
 銃をホルスターへとしまい、両手で長剣を握って全力で疾走する。素人目に見れば、それはとても目で追いかけられるような速さではない。が、それでもメイラは冷静に迎え撃つ。
「『さて』」
 既に開いている扇を、メイラは下から上へと向かわせるように踊らせる。それに合わせるかのように、シノイに向かって一直線に電撃が走った。
「――甘いっ!」
 それを、シノイは長剣で斬り裂く。電撃にも関わらず、まるで感電した様子すらない。
 そのままの勢いでシノイは距離をつめ、何の武器も持たないメイラ目掛けて上段から剣を振り下ろす。その速さは残像でもできるかのような速さで、上段から振り下ろされているということを認識するだけでも危ういほどだった。

 キィィンッ

 という金属と金属がぶつかり合うかのような音が会場に響き渡る。
 それは、シノイの長剣とメイラの閉じられた扇とがぶつかり合った音だった。
「魔法を斬り裂くだなんて、なんて非常識だこと」
「……その扇が本当に武器だったということもだけどね」
 すると、メイラとシノイとの間に、赤い光球のようなものが現れる。
 シノイが、ちっ、と舌打ちをして下がろうとした刹那、その光球が爆ぜた。一気に質量を増して、莫大な量の炎を生み出す。
 メイラは自らで障壁のようなものを作り、そしてその爆発から身を守る。
 シノイは直前に術式を完成させた『退魔』により、ぎりぎりのところで炎を無効化する。しかし爆風までは防ぐ事が出来ず、一気に爆発したことで生まれた爆風の奔流に流され、壁の方へと吹き飛ばされる。
 が、シノイはその吹き飛ばされている姿勢のまま、いつの間に構えていたのか分からない、愛用の銃を撃ち放つ。
 爆発の方に気をとられていたメイラは、そのために若干反応が遅れてしまうが、それでも弾を、一歩横に移動することでかわした。
 しかしその時既に、シノイは壁を蹴り飛ばしてこちらへと猛然と飛んできていた。回避動作をしたため、そこに一瞬の隙が出来ていた彼女の元にシノイが突撃した。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「くぅっ……!」
 先ほど同様になんとか扇で受けきったメイラだったが、いかんせん今回は体勢が崩れていた。衝撃を上手く受け流す事が出来ずに、バランスを崩してしまう。
 そこに襲い掛かるシノイの斬撃。“だけではない”。
 直前にシノイが撃ち放った銃弾がメイラの背後の壁に跳弾し、今のメイラの位置へとピンポイントで迫り来る。結果、シノイの斬撃と跳弾、二つを同時に捌くことになる。
「もらったっ!」
 しかし、そう叫んで繰り出されたシノイの斬撃は空を斬ることとなる。銃弾も同じだった。
 その時、メイラの姿が消え去った。
「――上かっ」
 自らの直感に任せて、シノイは頭上を見上げる。そこにははたして、メイラがいた。
 だが既にメイラは扇を開ききっていて、それを天へと向けている。
「いい加減に……くたばれっ!」
 メイラが、その扇を一気に振り下ろす。すると、シノイを暴風が襲い掛かった。
 台風などの比ではなく、それはさながら世界の終焉ともいえる有様だった。それに加えて、風の刃もシノイに襲い掛かる。
「ちょっとは、周囲の皆のことも意識してほしいものだけど、ねっ!」
 それでもシノイは、メイラの『風』をあらかじめ読んでいて、『退魔』で打ち消す。
 ところがそれだけに飽き足らず、メイラの『炎』も『風』に合わせて繰り出される。
 風によっていっそう勢いを増した炎がシノイを襲い掛かるが、そこで彼はそれを受けつつも、メイラの方へと跳躍するという行動に出た。
 ダメージを受ける事もいとわないシノイの行動に一瞬メイラは面食らう。その一瞬があれば、シノイには事足りた。
 シノイの剣が、メイラの腹部を斬り裂いた。
 そのまま、シノイはなんら問題なく華麗に着地をする。が、メイラは痛みで少し着地に失敗し、地面に倒れこんだ。それでもかろうじて、メイラは膝を立てて起き上がる。傷は決して浅くはない。一瞬で絶命――とまでは言わないまでも、このまま放っておけば間違いなく死ぬ。そんな傷だった。
 メイラの傷から地が溢れ出し、彼女の赤い服をさらに赤く染め上げる。
「つっ……」
 痛みで呻き声を上げる。
 シノイもさっきの炎で火傷を負っているものの、それとメイラの傷とでは次元が違う。
「……僕の勝ち、だね」
「……」
「やめておくんだ。それ以上は命に関わる。君の強さはよく分かった。僕をここまで追い詰めたのは君が初めてだ、もう十分だよ」
 そう言いつつも、シノイは未だに剣から手を離さない。銃にも手を添えている。
 降参をするまでは、決して気を抜かない。それが、彼のポリシーだった。
 メイラは傷を押さえつつも、それでもなお不敵に笑っていた。
「ふふ、ふふふ……。いいわね、そういうの。いやぁ、この世にあたしと同等の敵になるような人がいるとは、あんまり期待してなかった分、とても――嬉しいわね」
 シノイは、背筋にゾクッとした悪寒が走るのを感じた。状況は明らかにシノイに優勢だというのに、だ。
「これだけ、血が出てれば……『対価』は十分よね」
「何をするつもりだ?」
「さぁて、なんでしょう?」
 とぼけるようにメイラは言い、そして彼女は自らの血で、“空中に絵柄を描く”。
 魔法によってなのかは分からないが、その血の模様は空中に浮かんだままその場に留まり、そして不気味な光を発した。
「『召喚術』っ……!?」
 シノイは驚きの声を上げる。
 『召喚術』。
 複雑な術式や、そして何より『対価』を支払って“何かを召喚する”という魔法の派生技。
 その何かというのは、術者の魔力だとか『対価』の量などによって何が出てくるかは不明で、謎の多い魔法であると同時に、それを扱う人だってほとんどいない。
 今回における『対価』は血だった。それも、かなりの量の。
「さーて、」
 ちょっと貧血気味のメイラが、楽しそうな表情で語りかける。
「何が出るかな♪」
 本当に――彼女は心のそこから楽しんでいた。

       

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