Neetel Inside ニートノベル
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 俺、つまりはルゥラナは仲間の二人と共に走る。分かれた方がいいという意見と固まった方がいいという意見があったのだが、結果として見ての通り三人一緒に逃げている真っ最中だ。周囲の人も一瞬興味を示してくるが、それもこの喧騒の中ではまさに一瞬のことだ。
「……皆さん、追われてます」
「分かってるよ」
 それぐらいすぐに分かった。これでも元々は名の売れた冒険者、追われていることに気づかないことはない。それに、相手も隠そうとしていないのだからなおさらだ。ただ向こうとしては、今すぐ追い詰めるのではなく相手が疲労するのを狙っているというイメージを受ける。だから、後ろを振り返ったところで姿は見えない。
「あの三人の中のリーダー的存在だったセルベルさんが追いかけてきてるみたいです」
 お得意の司力『情報』を使ったのか、そんな情報を伝えてくる。走りながらでもそこまで魔法が制御できるというのはなかなかのものだ。俺は司力はもとより、魔法さえ大して使えないからな。
「メイラの方は大丈夫かな」
「分かりません。礼拝堂の中までは調べられませんから……」
 話で聞いたことがある。礼拝堂の壁だとかには魔法耐性があるらしく、基本的に魔法を通さないようになっているらしい。だからメルミナお得意の『情報』も例外ではないということだろう。そういう意味で、メイラが余計に心配だ。よっぽど強い魔法でも使わなければ壁を壊して逃げる、だとかが出来ないし(それに物理ダメージのある魔法じゃないとだめだ)、転移ができるかは知らないけれど、それも出来ないし。一種の牢獄のような場所だろう、あそこは。
「だがしかし、それよりも私たちは自分の心配をするべきだろうね。メイラちゃんの言葉が正しければ、おそらく私たちの攻撃が効かない。追いつかれたら……危険だ」
「まあ、そうなるよな」
 未だに俺はメイラの言葉に半信半疑なんだが、あんな場面で嘘を言うような奴にメイラは見えない。ならおそらく、本当なんだろうという結論に達するわけだが、俺の常識論がそれをなかなか許してくれない。何事も自分の目で見てみないと信じないという性格が実はあって、それで失敗した事だってたしかにあるというのは分かっている。でも、どうしようもないだろう性格なんて。
「かといって、逃げながら出来る事なんて限られてるし、このまま逃げてるだけじゃいつかは追いつかれるし。……くそっ、どうしろってんだ」
 だから、目下の問題はそれだ。逃げつつ何かをしないといけないわけだが、出来る事がない。少々ルートをややこしくしたところで無駄なのは明らかだし(というより、それを出来るだけのこの町に関する知識もないわけだけど)、待ち伏せをしようにもメイラの話が正しければ無駄だし。せめて攻撃が通るというならいろいろと選択肢も増えるというのに。それに、こういうときの作戦指揮が上手いメイラがいないというのも痛手だ。これまでの道中でメイラがそういう方面に長けているということは分かっているのだが、その彼女がここにいない。逃げるということの難しさを初めて知った、といったところか。
「……いや。まだ手はある」
 横でレクシスが呟く。
「こちらから相手の姿が見えないということは、相手からも見えていないということだ。おそらく、周囲の人の反応だとかを見て私たちを追っているにちがいない。なら、まだ手はある」
 どちらかというと、確信に近い声だった。走りながらレクシスがメルミナの方を見る。
「メルちゃん、『情報操師』たる君にお願いがある。聞いてくれるかな?」
「ええ、それはもちろんなんなりと、レクお兄ちゃん」
 メルミナが、小鳥の姿をした魔法を周囲に出現させた。そしてそれを解き放ったのが視界に映った。



 ルゥラナがそんなことを考えていた時。
(追跡を引き受けちまったのはいいけどよ……面倒くせえなあ……)
 そう思いつつ、セルベルは逃げた三人を追跡する。周囲の人々の動きを見て逃げた三人の行方を推測し、そして追いかける。
(まー、ぶっちゃけ本気で追いかけてもいいけどよ、なんか面倒くさいし。向こうから待ち伏せだとかしてくれたらラッキーなんだけどよー)
 セルベルには、ヒノワの司力『加護』がかかっている。だから、いくら待ち伏せされようと攻撃が効かないのだから、それを気にかける必要もない。ただひたすらに追いかけるだけでいい。とはいえ、別に『加護』などがなくても彼はそうしただろうが。それだけ自分の力に彼は自信を持っている。
(はー、面倒くさいのも事実だけどよぉ、こうしてたって埒が明かねえか。しゃーねえ、そろそろ本気出すか……っと、おお?)
 彼がそう考えた時。突然、人々の動きが変化する。これまで彼に逃走者の居場所を伝えていた人々の動きが、一変してぎこちないものへと変化する。まるで、情報が混乱しているかのように。
(ミスったな。……くっくっ、なるほど『情報』を操る奴が紛れ込んでたか、それは失念してたな。……これじゃ、これ以上追いかけられねえか)
 セルベルは追跡を止めた。そしてそのまま、これまでの追跡劇などなかったかのような表情になり、これからのことを考える。しばらく考えた末、彼は来た方向とも追いかけていた方向とも別の方向へと歩き出した。
(どぉせ今から戻ったって『神官』の話を聞くだけだしなぁ。面倒くせえ、町でもぶらぶらすっか)
 そして彼は普段の表情へと切り替え、そして町の喧騒に溶け込む。そしてそのまま歩き続ける。



「成功のようだね」
 レクシスがそう告げる。同時に俺もそれを察知した。
「……なるほど、相手が人を頼りに追いかけてきてるなら、その“人”の情報を操作する、ってわけか。色んな応用が出来る魔法なんだな」
「というより、こういうのが本分なんですよ。だって、メルちゃんは『情報操師』なんですから」
「情報操作、か」
 『情報』の魔法の優れた点は、魔法にかかっている本人に気取らせる事なく情報に干渉し、そして誘導できるという点にこそある。だから、さっき魔法にかかっていた人々だって、自分たちが魔法にかかっていたということすら認知していないだろう。
「どうする、このまま逃げて隠れるか?」
「メイラちゃんはそうしろと言っていたからね、それが一番得策なのだろう。ひとまず、もう一度見つかることがないように隠れた方がいいだろうね」
「ですね」
 助けに入れないことを歯痒く思いつつ後ろを一瞬振り返ったが、すぐに正面を向く。俺が今出来ることを、精一杯するほうがいい。変な気を起こして、むしろ状況を悪化させてはいけない。だから、俺はひとまず身を隠す。
 俺たち三人は、今度は静かに町を歩く。

       

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