Neetel Inside 文芸新都
表紙

_Ghost_
第一次協力要請

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________saya____________





「あ、そっか。死んじゃったんだ、へぇ。それはその、あの、なんていうんだっけ? ご、ご愁傷様? です」


死ぬ物狂いで目的地へとたどり着き(もう死んでるけどネ!)、何はともあれ覗きの謝罪を怒涛の勢いで済ませてから件の彼女、佐屋美咲嬢へとここに至るまでの過程を説明した。
覗きなどという言語道断の破廉恥犯罪を犯しておきながらどうかとも思うが、当方と致しましては彼女からのテンション薄めな反応がやりきれない。だって俺死んじゃったんだよね。これってそれなりに大事件じゃない?
それをさ、ご愁傷さまでした? それだけ? もっとこう、何ていうかちゃぶ台ひっくり返してブリッジ! みたいな感じの反応を返してくれてもいいと思う。寧ろそういう大仰かつ大げさな反応が死者への餞にもなるんじゃないかなって、いち死んだ身として切々と思いました。マル。下らない感情の切れ端でしかないけれどもね、大事なものは別にある。
とにかく今は目的を満たすこと。それだけに専念するのだ。

「はいとってもご愁傷様なんですよ俺。でもまあそこはそこ、これはこれ、それはそれ。いろんな蟠りがあったりしますし悔いも未練も在庫過多気味でしんどいです。しんどいけれども裸で奇声を発して街中をねぶり歩き狂うのは、するべきことをしてからだと心に決めたものでして。ええ、それでですね、折り入って佐屋さんにお願いがありまして」
「何? ポッキー欲しいならあげるけど」
佐屋さんが手元に置いてあったポッキーを差し出す。その誤回答具合にヘッドロックをかましたくなるが、我慢我慢。それはあとでもできる。できるのか? 触れないのに? いやいや、深く考えるな悲しくなる。やるべきことだけを見据えて生きろ。シンプルに生きるやつが一番強い、それが世の中だ。俺は死んでるけれど。
「ポッキーですか、いいですね。是非ご賞味させていただきたいところなのですが、取り急ぎ済ませておかなくてはならない案件がございまして。それでその、ご協力いただけませんかね?」
言うまでもないことだが、この俺はプリッツ派である。同じ棒状菓子であるというだけで同列に見なされ、あろうことか棒状菓子界においてプリッツがポッキーの格下に見られるという業界の唾棄すべき風潮には憤慨の念を禁じえない、真実のプリッツァーである。
その俺が、チョコレートで全身を意地汚く覆うことへの苦言を呈することなく、本数を増やして質量が大して変わらないなどという子供だまし以下の豚商法に言及することなく、ただ穏やかに笑ってやりすごしている。
信念を、目的遂行の為に捻じ曲げたのだ。見る者が見れば賞賛に値する勇気、決断であろう。悲しくも誰にも見えない身の上だから俺が俺を称賛しておく。
俺、えらい。
そんなえらい俺に対して佐屋嬢、一体に何を考えているのか冷淡に。

「そう、ならいいけど。えっと、私さ、やることあるもんで、もういいかな?」

話は変わるが佐屋嬢はバストが豊満だ。平均を軽く突き破っている。容姿も悪くない。大きな目がチャームポイントで、艶やかなセミロングの髪を二つに結わって所謂ツインテールに仕上げている。
男子に大人気。彼女が通り過ぎれば九割が振り返るほどに。
俺も、そんな彼女の見た目に毒された一人の健全な少年だった。だって胸がでかいのだもの、そこは仕方がない。万有引力みたいなものだ。
ただ見つめる分には、最高の要素を兼ね揃えている。それが佐屋美咲。しかしそんな彼女にも、否、そんな彼女だからこそ、中々に看過出来ぬ人間的欠陥を抱えていた。

「やることといいますと?」

「やあ、だってホラ、最近調子が悪くてさ。早めに休もうかなぁって」
先ほど用事があると口走ったばかりの舌の根が乾かぬうちから前言を翻す発言。微塵の後ろめたさも感じさせない堂々としたものだった。
「調子が悪いのですか、それは大変ですね。是非お体をお大事にしていただきたいところなのですが、当方の抱える問題もそれなりに一大事。あまりご無理を強いるのは気が引けるのですが、志半ばで理不尽に命を奪われた僕に免じて腰を上げては下さいませんか?」
「んー、そうしたいのは山々なんだけど、サ。いやでも私ってほら、なんていうのかな、寝てるとき歯ぎしりしちゃうし。ごめんね」
「今歯ぎしりとか全然関係ないですのでお願いします」
「えーっと、困ったな」
ふわっ、と口元を柔らかく緩めて、爽やかさ全開の風情にて困って見せる、そんな彼女の外観だけは優雅である。
「わかった、じゃあ一時間後に行くよ。それでいい? 色々準備とかあるし」
確約してもいいが、彼女は絶対に来ない。
佐屋嬢はなんというのかな、うん。嘘吐きで、めんどくさがりで、人間嫌いなんだな。
基本的な対外交渉術は心得ているらしく、話しかければにこやかに応じてくれる。面白い話をすれば手を叩いて笑ってくれることもある。
でも、そこ止まり。彼女からは決して口火を切らないばかりか、あまりしつこくすると明明白白な、必要に応じて巧緻に長けた嘘で会話の輪から抜け出していってしまう。
きっと彼女は人間が大嫌いだからどんな荒唐無稽な嘘も平気で言えて、けれども人間社会で生きざるを得ないから仕方なく笑顔で会話に応じるのだろう。
俺は彼女をそんな風に認識している。真相は知らないよ、だって俺は彼女のこと、そこまで多く知っているわけじゃないし。

「いえ、ここで待っています。だからお願いですから僕の願いを聞き届けてくれませんか?」
「んー、あー、はー。あ、ああ、あ! そうだそうだよ、伊藤君って死んじゃったんだよね?」
え、今そこなの? 
「え、ええ。自分で自分が死んだと公言する、というのも奇妙な感覚で少し好きになれそうにありませんが。そうです、僕は死にました」
「あ、なんだぁ。そうなんじゃーん。気を使って損しちゃったよぉ、アハハ。それじゃあさ、消えろ」
「はあ、気を使って頂けてたんですね、それは僕にはうれしいニュースで、なに? ですと?」
消えろ? と言われた気が。

「消えろ」

「あー、マジですかド畜生・・・・・」
頭を抱えた。佐屋嬢は、これが私が胸に抱え続けてきた鬱屈だとばかりに顔を能面に、言葉を刃に豹変させた。
「あのぉ」
一応、説得を試みようと気弱げに声を掛けてみる。
「チッ・・・・・・・」
めっちゃ舌打ちされました。こちらに一瞥もくれません。完全に無視モード、お前早く消えろ空気読めよ状態です。
人間相手にゃしがらみとかあっから気ィ使ってるけどよぉ、幽霊さんにゃあそんなもんねーから素でいくべ。って事なのかなあ。
「あの本当心苦しい限りなのですが、伊藤樹一生お願いなのです、どうか聞き入れてくださいませんか? ペコリ」
エア土下座してみた。
「・・・・あー、ほんにきしゃがわるいけん。あんな、私と君って殆ど他人みたいなものだよね? なんで私なの?」
頭をガリガリ、座っていた椅子をくるりと回して視線を俺にまっすぐ。もう本当、イライラしてます爆発寸前だから触れれば切っちゃうよ十代のナイフでって感じの応対をされる。
あれ、なんでこんな圧迫されてんだ俺?
確かに彼女的には面倒事なのかもしれないけど、おれ死んじゃったんだよね、圧倒的被害者な立ち位置なわけなのにああもう畜生。
自分を憐れんだら、人間お終いだ。冗談じゃない、人生は終わっちゃったけど、人間は続けたいもんで自分。
頼みごとをしているのは、おれ。だから俺が、風下。何も間違っていない、OK?
「今のところですね、僕のことを視認といいますか、認識できた人間は佐屋さんだけなんです。だからなんです」
「・・・・・・・・あ、急に伊藤君が消えた。さっきまでのは何だったんだろう、幻? そんなことってあるんだー。へー。おやすみ」
布団に潜り込もうとする佐屋嬢。
「ちょっとちょっと、そんな猿芝居にこの僕が引っかかるとでも!? 本当にお願いしますよ、ほんの二言三言、僕の家族に僕からの言葉を代弁してくれるだけでいいんですから!」
「ハアッ!? 代弁っ!? こんだらくそ、誰がそげなこつやるもんかや。しょうこともない! 私もう寝るけん、いんでくれん?」
ええ、そんなこの程度のこともしてくれないなんて。
本当はもっと頼みたいこともある、自分的には最妥協点がコレだ。それすらも拒絶されてしまうとは。
「お願いしますよぅ! もう本当、家族の連中沈み切っちゃってて、見ていられないんです。だから僕がこう、霊界からとっておきのお気楽ナンバー垂れ流しながらご機嫌トークぶちかましてあの暗黒空間を引き払いたいのです。あの家にあんな雰囲気は、合いませんから、だから!」

「いね、ゆーちょるんがわからんのかや? わからんならもう知らん、ずっとそうしちょれ。ただ、私は絶対に協力とかしないけん」

そうして、彼女は本格的に寝の体勢に入ってしまった。

「・・・・・・仕方ない、か」

まあ、仕方がない。最速の選択肢が消えた、というだけのことだ。
きっと街中を探せば俺が見えてお人好しな誰か、がいるはずだ。
「どうも夜分、失礼しました」
完全に形だけだけれども、頭を下げておく。いや、礼儀正しい幽霊っすから自分。そして、ネバーギブアップの幽霊でもあるんですこれが。
見切りをつけたのなら、もう振り返るな。今はただ行け。







そうしてひとまず、佐屋嬢の部屋からすっかり暗くなった夜空へと飛び立つ俺なのであった。






       

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