Neetel Inside 文芸新都
表紙

_Ghost_
この○○乳○がっ!

見開き   最大化      




所変わって下校風景。

なにやらずっとプリプリした様子の加納後輩を宥めて賺して、化け猫退治。

「おいこの糞野郎、この私の手を煩わせるからにはしっかりきっかり方策の一つも決めてきているんだろうな」
「手を煩わせるもなにも、猫の出現には君が必要で、だから君が下校するのを待っていただけで、
特にこれといって助力を頼むような場面はないと思うから黙って見ててね」
「っ・・・・ず、ずいぶん大きく出たもんだなぁ。黙って見てろだ? ああわかったよ、
黙って貴様が化け猫に食い散らかされる惨劇を見物していてやンよ」
こいつは見物だな、なんてつぶやきと共に、境界内へと一歩を踏み出した。

グルグル、グルグルと邪悪な威嚇音がすぐ近く。
目を向けずとも、その明確な威圧感だけでそこにヤツが鎮座していることが伺える。
害することもなく、妨げることもなく、触れることも犯すこともしない、けれどもそこに居続ける理由。

それは、なに?

俺は直截に尋ねてみようと心に決めていた。気後れはある、恐れもある。当然だ、相手は強大で巨大。戦いになったら、戦いにすらならない。
その凶悪な爪牙の一振り一噛みで俺の人生エンド決定なのだ。
でも、もう人生エンドしている身でもあるのだ、今のこれはなんというかおまけみたいなものであって。
いつまで続くとの確約も、いつ終わるとの確信もない宙ぶらりん。
だったら、なに恐れることもなく、胸を張っていればいい。
お前なんかこわくない、って、胸を張ればいい。失うものは、きっとあるけれど、残念ながらそれすらもおまけなのだ。
ああ、生きていたかった。失うものはないから強くなれる、だからなに?
俺は弱虫のままでよかったから、生きていたかった。
そんな心持で、猫と真っ向から向き合った。


_______________________________________________VS cat________________________________________________________





「じゃあまずは軽く自己紹介から始めようか。俺は伊藤樹、見てわかると思うけど故人だ、つい先ごろ夭折した。見たところ君もいい感じ
に幽体してるみたいだから、正直親近感が湧くよ。ぶっちゃけ肉体とか遅れてるよね? ハハハッ、あ、そうそうそういえば猫繋がりで
思い出したんだけどさ、昔我が家も猫を飼っていてね、名前はピサロ。それは見事な三毛猫なんだが酷い悪食でね、一時近所で飼われていた
インコとか十姉妹とか、そこらへんが軒並み食い荒される事件があって犯人はピサロだった。悪行が祟ったのかヤツは早死にしたけれど、
悪名だけは残っていていまだに肩身が狭いんだ、あっはっはっは」
こりゃおかしい、と腹を抱えて笑うが猫は微動だにせず、なぜが背後から加納後輩の冷たい視線を感じる。
まあつかみはOK、ってとこかな。
そろりそろりと猫をうかがう。泰然自若とした視線は俺を素通りして加納後輩にだけ注がれている。
あ、もしかしてもしかしなくても無視されていた? 
畜生に? いっかな化け猫といえども所詮は畜生に?
それはそれはド畜生だな、おい。

「おい猫さんよ、人が話しているんだから、愛嬌の一つも見せるのが、君たち愛玩動物の仕事だろう?」

知ったことか、とでも言わんばかりにシカトる猫。
まったく、体もデカけりゃ肝も太いときたもんだ。
それとも事ここに至っても、この伊藤樹を認識すらしていないとか、そういうレベル? そいつは酷いな、あんまりだ。
高々畜生にこの扱い、そいつはあんまりだ。
「おいこらこの糞野郎、さっきからのんべんだらりとわけのわからんことをベラベラと、進展まったくないじゃないか。いいからさっさか食われるか引きちぎられるかしろよ、詰まらない」
それなりにヤムチャな要求が背後から来るが、もちろん無視。
「よし、なんか君とは一回やりあわなくちゃ分かり合えない気がしてきた。一丁、死合おうかい・・・?」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心なし、小さじ一杯分くらいの敵愾心を送ってみる。

グルルッルウルルルルルルル!!!!!!!!!!!!

手のひら大の眼球が、ぐぅるりと。
背筋が凍る。背中の筋にピンと針が差し込まれる錯覚。括約筋が緊張し、顔は意志の如何に関わらず愛想笑いの形。
額に、脇に、背筋に掌足裏に、凍える発汗。
だめ、だめ、うそ、うそ。
「な、なんちゃってー! あは、は、はは・・・その、ホラ、相撲でもどうだいっていう、そういうスポーティな話でね、うん、あんまガチンコなのはちょっと、ていうか時代遅れだし
俺とかナウなヤングだから、ね、わかるよね?」
必死になって取り繕う、もう怖いものはないはずの俺。
ダメだ、やっぱ怖いものは怖いわけだ。これ至言。
くそう、ちょっと体格差ありすぎで萎え萎えなんですけどっ!
涙目になりながら猫からそろりと距離を置く。せめてヤツの一挙手一投足の間合いからは離脱したい。
その途上で、目の端に移るものがあった。
特に目を引く特徴があったわけではない、それはそこに、自然な形で、それこそ木々の一本、野花の一輪と変わらぬ自然さで埋没していた。
偶然、たまたま、目の端に移って気になって、焦点を結んでみようかと気まぐれで。
見た。

石碑のようなものが一つ。
内容は旧字体であることと一瞬のチラ見であることとあいまって判然としない。
問題はその、隣。苔むしてボロボロの、卒塔婆みたいな木の棒に。そこにはやけにはっきりと、俺でも読める墨書で一文。

猫魔観音

だから何だ。それがどうした。まったくその通りなのだが、どうしたって猫の字に惹かれてしまうお年頃なのだ。
多少牽強付会気味だって構わない!
現状を華麗にやり過ごすヒントであるならばどんとこいだ。
勿論、猫の字一つ転がっているのを見つけただけで、今がどう変わるわけでもない。大事なのはこの先。
この先をいかに積み上げられるか。
己の推理力の試される瞬間であろう。

「加納後輩、あれなに?」

ただ省エネ気質なもんで、抜ける手は最大限抜いておきたい。ゆえに大して期待もしていなかったが一応、加納後輩に聞いてみた。
「あ? 猫観音さんだろうがどこから見ても。わかりきったこと聞くなグズ」
ローカルネタをさ、さも常識のように振りかざすのは一種の暴力に通ずると思う。何猫観音さんて? この地区独特の土地神か何か?
「あー、なるほど、確かに君は猫っぽい」
目前の化け猫を袖にして、加納後輩をまっすぐ向いて直截な感想を述べた。猫系の土地柄だから、自然と猫っぽくなるんですかね、と若干捨て鉢気味に感想を漏らす。
「あン? なんだそりゃ、褒めてんだか褒めてないんだかいまいちわかんねよっ!」
「こっちもだよっ!」
猫っぽいって、果たして褒め言葉なんでしょうか、貶し言葉なんでしょうか、教えて広辞苑。
「あ、わかった、猫耳的なアレを連想してんだろこの変態。でもなあれってよくよく考えたら耳が四つついてンだよ、いるか? 四つ。私はいらね」
「バカか、ああいうのは科学読み本と一緒でまともに考えたら負けなんですよ? 浅はか極まりない自身の見識を悔いてから、猫観音とやらの情報を吐きなさい」
話が進まないことこの上ないから。
「っ・・・・! あ・・・あ、あーすんませんっ、ちょっと包茎過ぎてなに言ってんだか聞き取れませんでしたぁ。その皮かむりなんとかしてからもう一回お願いしまーす」

包 茎 は関係ないだろうぐあぁっ!!!!!!!!!!

と、大人げなく怒髪天憤激する手前で自制を働かせ、ウェイト。加納後輩の今の悪態は数うちゃ当たる感じの、まあ狙いもへったくれもないおそまつなものだ。
ここで俺が年甲斐もなく半狂乱で激怒してはみすみすウィークポイントをさらすに等しい愚行。
いっかな耐えがたき恥辱であろうとも、耐えなくてはならぬ。男とは、そういう生きものであるが故。
「え、ああ、アハハ。だっからさ、その・・・・」
包茎に勝る侮蔑語がつい思いつかなくて、幼稚な言葉を吐いてしまう己が未熟。
「その陥没ちく・・・・ぎゃあああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!」
左半身が煙を上げて消えてゆく。おいおいおいまじかよばっかやろう!
目前には荒い息を吐く加納後輩、振りかぶって振り下ろした右手にはあじしおの小瓶。ふたはパージされている。
さらさらと、あたかもけぶる霧の如く、周囲を覆うあじしおの結晶は美しく、キラキラと乱反射を繰り返して繰り返し。
俺を、食い破るのだ。
「陥没地区! 液状化的な! 本当! まじ! いま急にそれが気になって! 他意はない! 誓うから! 勘弁してくださいっ!!」

懸かる危機的状況に、つい土下座して許しを乞うた。左半身がないから非常にバランスが悪いという、ジョークじみた悪夢に気が遠くなる。

「は? なに必死になってんの? かっこわるいな、ついでにキモい。別に私はお前の吐いた糞くだらない特定のワードに反応して激情に駆られたとか、
そういうんじゃないから。そこんとこ、ゆめゆめ忘れるなよ? 
そういうトコを弁えてさえいれば、別に、これ以上なにかしたりはしねぇよ。いいか? OK? どうなんだよこのヒキガエル野郎っ!」
「へ、へぇ・・・もちろん、あっしは弁えていますんで、ここはこのくらいで勘弁してけろぉぉぉ」
序盤の村で魔物に襲われる村人Aばりに平伏してみる。バランスの悪い体を押して加納後輩の様子を盗み見る。過渡的な激情は過ぎ去った模様で、その瞳に怒りの焔は見られない。
ただ淡々と、シンシンと、こちらの真意を冷静に冷徹に推し量ろうと伺っているのみ。その黒目の勝った瞳はまるで無機質な昆虫じみていて、気色悪く、怖気立つ。
「本当か?」
鉄が鉄を打つ音色に似た、硬質の声色で尋ねられるとどうにも肛門が引き締まる。
「マブです」
「ふん・・・ならいいんだがな・・・」
クルリと加納後輩が俺から視線を切る。ああ、乗り切った。安堵感から弛緩する肛門。


ギュリン、と採掘機械の駆動音を思わせる暴虐性を持って加納後輩の首が戻されて、再度視線が注がれる。

「本当、か?」

念を押される。
「ひゃ、ひゃい・・・本当でしゅ」
舌べらが収縮して窮屈な喉元に詰まる。唾液は無駄に分泌されて、油断すれば痴呆の如く口の端から垂れ流しそう。身体などなくなったはずなのに、そういう生理現象は残るのだな。
ゴクンゴクンと舌を喉に詰まらせながら過分泌される唾液を飲み下しつつ首肯を繰り返す。
「ならいいんだが・・・。今後、何が起ころうとも、例い貴様の肉親の生命を左右するような出来事を前にして必要にかられたとしても、先ほどのようないらぬ誤解を招く誤謬を口の端にも乗せるなよ?」
「はい、肝に銘じましゅ」
「おう、ならいいんだ。わかったのなら、さっさと化け猫退治に励みやがれ」
これでもかってくらい偉そうに、加納後輩が命令をくだしてくる。



この陥没乳首が、と心の中の中の中だけで吐き捨てて、化け猫に向き直った俺でした。








       

表紙

飛蝗 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha