Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
ラドルフ

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 ホークの言葉にラドルフは混乱した。
 ――何故こいつが俺の本名を知っている?
 ――どこで漏れた?
 ――俺の生まれは師匠とおっさんしか知らないはずだろ?
 ――何故だ?
 ――なんで?
 ――どうして?
 ラドルフはもはや正常な思考すらままならないほど混乱してたが、足の傷の痛みで何とか思考を正面に居る男に戻した。ボンボン貴族騎士ことホーク・ザルトランドは、勝ち誇った笑みでこちらを眺めている。
「貴様のことは調べさせてもらった。どこの家の出かさえ分かれば後は簡単だったよ。まさか貴様があの炎狼ヴォルフの息子とはな」
 ラドルフの目に憎しみの炎が灯った。ジーノはラドルフのいろいろな表情を見てきたが、ここまで憎悪に染まった顔は見たことが無かった。
「貴族とはいえ所詮はコトダマの力で成りあがった誇りすら持たぬ一族よ。コトダマを使える者がいなくなれば滅んで当然だ。なあ?できそこないの人形風情が」
 その言葉でラドルフの憎悪の対象がホークに移った。
「うるせぇ!俺のことを人形なんて呼ぶんじゃねぇ!」
 ラドルフの短剣を握るその手は、力が入り過ぎて震えていた。
「ラドール、意味は太陽神の人形か?お前の父親が太陽神でお前はその人形というわけか。滑稽だな貴様も、貴様の父親も!」
「違う!俺はラドルフだ!ラドールなんかじゃねぇ!!」
 ラドルフは叫んだ。その言葉を否定するために。今の自分を肯定するために。
 その様を見たホークは、満足そうな顔をしながら話し続けた。
「貴様がどう名乗ろうと興味は無いが、お前の声帯に宿っている禍紅石はもらいうけるぞ。コトダマも満足に使えない落ちこぼれが持っていても仕方ないものだろう?」
 再びラドルフはホークを睨みつける。確かにラドルフの声帯には禍紅石が融合している。だがホークの言ったように、ラドルフはコトダマ使いとしては落ちこぼれなのだ。声帯と禍紅石の融合が不十分で、コトダマ使用時のコスト量が普通では考えられないほど多く、とても実戦で使用できるものではない。さらに融合が不十分なせいか、本来なら自身の意思で禍紅石を外せるのだが、それがラドルフにはできないのである。もはやラドルフから禍紅石を取り出す方法は、喉を切り裂いて取り出すよりほかに無い。
 ホークは全てわかった上でここに居ることをラドルフは理解した。あの勝ち誇った眼がそれを物語っている。
 もう一度周りを見渡してラドルフは状況を把握した。敵の数はホークを含め17人、とても逃げられる状況ではない。既に周りを包囲されラドルフは足に怪我を負っている。動けなくはないが、走って逃げ切れるほど軽い怪我でも無い。ラドルフは隣で周りの敵を警戒しているジーノに眼を落した。ハッキリ言って、今の状況は完全にジーノには無関係だ。何とかこいつだけでも逃がさなくてはならない。ラドルフはジーノの耳元で周りに聞こえないように何かを囁くと、眼をつぶって大きく息を吐いた。ジーノは少し戸惑っているようだったが、迷っている時間もなかった。
「いくぞ!!」
 大きく声を荒げて地面に刺さっているバスタードソードブレイカ―を引き抜くと、ハンマー投げのようにぐるぐると回り始めた。その回転の下でジーノはクラウチングスタートの構えをしている。
「いっけぇ!!」
 そう叫ぶのとほぼ同時に、バスタードソードブレイカ―が投げ飛ばされる。そのやや後ろをジーノが低姿勢で走ってゆく。当然だが遠心力を使って投げられたバスタードソードブレイカ―を受け止めることなどできない。そしてその後ろを疾走するジーノを止める手段もない。包囲を突破したジーノは、もはや姿すら見えない。狩りに慣れているジーノなら何とか逃げ切ることができるだろう。そう思ってラドルフは少しばかり安堵した。
 周りの傭兵たちがジーノを追いかけようと、数人が動いた時に声が響いた。
「子供はいい、こいつさえ残っていればそれでな」
 ホークの発したその声は、暗く重かった。
「さて、仲間も逃げ武器も手放してしまったその状態で、貴様はどうするんだ?」
 ホークは見下すように、勝ち誇った顔でラドルフに話しかけた。よほど決闘で敗北した時の恨みが深かったようだ。
 しかし、怒りが心を支配しているのはラドルフとて同じだった。
「ああ、もう俺は助からんだろうな」
 そう言い放つラドルフの顔は不気味なほどに落ち着いていた。
 ――だが
 しかし――
 ――俺を人形呼ばわりしたお前だけは
 その反面ラドルフの心は――
 ――どんなことをしてもぶっ殺す!!
 とてつもない憎悪に満ちていた。

     

 もやラドルフの頭には、生き残るという考えなどは少しもなかった。ただ、ラドルフという人間を否定したあの男を殺すことだけが、彼の心を支配している。
「やれ!まずは手足を切り落とせ!!」
 ホークの掛け声とともに、周りの傭兵のうち5人が同時に襲ってくる。ラドルフは最小限の動きでそれを回避しようとするが、全ては避け切れず肩を槍で貫かれた。
「がぁ…!」
 ラドルフの苦悶の表情を見て、ホークは嘲笑った。
「どうした?人形でも一人前に痛がるのか?」
 馬鹿みたいに高笑いをするホークを睨んで、ラドルフは歯を食いしばって叫んだ。
「うるせぇ!燃えろ糞野郎ども!!」
 ラドルフに襲いかかっていた5人が暑いと感じた次の瞬間には、彼らの体は炎に包まれていた。
「ぎゃぁああああ!」
「燃えるぅうううう!!」

 かつてこの国最強のコトダマ使いを輩出してきたリーデン家はフレイム称号を持つ。そのコトダマはありとあらゆるものを焼き尽くし、灰にする。使い手が優秀であればだが…。

 周りの傭兵たちは動揺した。ラドルフはコトダマ使いであるという話は聞いていたが、落ちこぼれでコトダマを使うことができないという話だったからこの人数で依頼を受けたのだ。依頼主に文句を言おうと傭兵のうちの一人が駆け寄ろうとしたが、ホークの余裕の表情を見て思いとどまった。
 ラドルフに切りかかった男たちが灰になって崩れ、ラドルフの姿がハッキリ見えた時、周りに居る者たちは眼を見開いて驚愕した。ラドルフは左腕が老人のようにカサカサになっており、激しい痛みに耐えていた。さっき受けた左肩の傷も、傷口の割にはほとんど血が出ていないように見えた。ラドルフは右手で喉を押さえながら激しい苦痛に耐えていた。いまだコストとしてラドルフの体内の水分を吸収している禍紅石が、ラドルフを苦しめる。意識が朦朧としてきている中でラドルフはホークを睨む。
「それで終わりか。所詮、貴様はできそこないの人形だ!」
 
 ――なんだその勝ち誇った顔は
 耳に響くホークの笑い声。
 ――うっせぇ、黙れ
 ホークの罵倒も、もはや聞き取れない。
 ――最悪だ、いつもの夢みてぇじゃねぇか
 だが、体は少しばかり動かせる。
 ――なら、一矢報いるくらいはしないとなぁ
 未だに体内の水分を要求してくる禍紅石の感覚がする。
 ――ちょっと待てって、今は払えるだけの手持ちが無いんだ
 今まで世話になった人たちの顔が思い浮かび、最後にモルドの顔が脳裏に映った。
 ――ああ、悪いけど後払いで頼むわ
 残った力の全てを使ってラドルフはコトダマを放った。

「燃え尽きろぉおおおお!!」
 周囲の温度が急激に上がる。全てが燃える、焼き尽くされる。もはや動くものは炎以外存在しない。さっきまでいた傭兵たちも、ラドルフを人形呼ばわりしたホークも、何もわからぬまま焼き尽くされてしまった。
 ラドルフは周りの景色を見ると、力無く体を地面に横たえた。自身の力に見合わないコトダマの行使によって、禍紅石の過剰なコストの支払は始まっている。やがてラドルフは全ての水分を吸われ息絶えるだろう。その息絶えるまでのわずかな間、ラドルフは走馬灯を見ていた。
 跡取りとして期待されていた自分、落ちこぼれと分かり両親に否定された自分、禍紅石のために両親に命を狙われた自分、師匠と出会い新たな人生を生きた自分、師匠のように生きようと足掻いた自分。

 ――なあ、師匠。結局俺はあんたには届かなかったが、俺は俺らしく生きることはできたよなぁ?

 ラドルフの命が消えるその瞬間、彼は此処に居ないはずの闘神の姿を見た気がした…。

 それから半日ほどして、自警団を連れ、ぼろぼろになったジーノとモルドがその場所に来ていた。山はその半分が水分を吸われ砂山のようになっていた。その震源地らしき場所で地面は焼け焦げ、溶けている場所すらある。襲撃者達の死体も、ラドルフの遺体も何も残りはしなかった。
 ただ、あの時放り投げたバスタードソードブレイカ―だけが発見された。
「あのバカ野郎が!死んだら何にもならんだろうが!!」
 嗚咽混じりに叫ぶモルドの隣で、ジーノは無表情のままバスタードソードブレイカ―の柄を握った。まだ少し熱の残ったそれを無理やり持ち上げた。持ち上げるのが精いっぱいのジーノの無表情な顔に、ただ一筋の涙が流れていた。





  ただ響き続けるこの世界で
 第1章 中年傭兵ラドルフの受難

 完

       

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