Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
『11.』

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 数年ぶりのカンナの家は、記憶の中のそれよりもいくらか小さくなったようだった。
 高台にある洋風の一戸建ては空木家のものとは比べ物にならない広さだったが、幼い日の城塞じみた広大さは失っていた。クリスの背が伸びたのだ。
 ひとりで暮らすには広すぎる家の掃除は、カンナひとりでこなしているらしい。床には埃ひとつ落ちていなかった。
 父親に残された家を彼女がいかに大切に思っているかを想像し、クリスは胸の中の何かが締め付けられるのを感じた。
(魔術師、か)
 リビングに降りていくと、カンナはテーブルに座ってテレビを眺めていた。
 クリスに気づくと、片手を挙げてまたテレビに見入る。
 そのそっけない態度にクリスはやや不満を持ったが、わかりきったテストの答案が戻ってきた時と同じく甘んじて現実を受け入れた。
 テーブルには小山のようなスパゲティを盛り付けられた皿が置いてある。麺類は彼女の得意料理のひとつだ。
 クリスはそれをあっという間に平らげ、さらに自分でトーストを焼いた。
 久々のパンに甘ったるいジャムをべったべたに塗りたくり、舌鼓を打つ。
 テレビのニュースが低気圧の接近を告げ、星占いのコーナーに移った。カンナが心持ちわずかに身を乗り出す。
「なァ、ひょっとしてしばらく学校には行かない方がいいんじゃないか」
「どうして」とカンナ。こちらを見ようともしない。もうすぐ発表される今日の獅子座の命運の方がおまえの話よりも重大だと言いたげだ。
「殺人鬼とか、他のイレギュラーってのがうろついてるかもしれないじゃないか。危ないぜ、寝てようぜ」
「あんた学校行きたくないだけでしょ」
「怖っ! おまえテレパシーも使えるのかよ」
 女の子じみた仕草で肩を震わせたクリスを、冷たい視線の矢が射抜いた。
「使えないっつーの。超能力者じゃないんだから。まあ、試したことないから、できるかもしれないけど」
「もはやなんでもアリだな」
「うるさい。あ、獅子座一位だった。よかったァ」
 姿見の前で、お気に入りのトレンチコートとキャスケット帽を被るとカンナは振り返った。
「どの道、いつかは殺人鬼とは闘わなきゃいけないんだから隠れてたって仕方ないでしょ」
「そうは言ったって、対策とか考えなきゃやばいんじゃねえの」とクリスは指についたジャムを舐める。
 呆れたようにカンナが首を振った。
「だからあんたはウスノロなのよ。そんな悠長なことやってたら犠牲者が増えるじゃない」
 カンナは鞄と立てかけてあった竹刀袋を背負うと、颯爽と出て行った。
「正義の味方は、コソコソ隠れたりしないのよ」
 その背中をトーストをくわえたままのクリスが慌てて追いかけていった。

 民家の木から雀が鳴きながら飛んでいくのを見送りながらクリスが言った。
「ずっと気になってたんだ。三分くらいかな」
「何よ」とカンナは澄ました顔を崩さない。
「その中って、やっぱ例の杖が入ってんの?」
 聞かれて彼女はひょいっと肩から提げた竹刀袋の紐を直した。
「そうよ。肌身離さず持ち歩いてなきゃ、あんたの言うとおりいつ敵に襲われるかわからないもの」
「ふうん。ああ、くそ、なんか羨ましくなってきた。俺も魔術使ってみたいなァ」
「あれ、言わなかったっけ。あんたには魔術の才能なんて才能ないから」
 鼻で笑われ、クリスはがくっと手をぶらつかせた。
「身もフタもねー。もっと励ませよ。頑張ればなんとかなる、とか、夢はいつか叶う、とか」
「人間はいつか死ぬ、とか」
「それはただの事実だから」
「私は現実主義者なのよ。だから、私の思いつく限りであんたが身を守る術を用意しといたから」
 リアリストは魔術なんか使わない、とクリスはぼやいたが、サラリーマンが使うような営業鞄から、ぬっとカンナが取り出してきたものを見てそれどころではなくなった。
「バカヤロッ、誰が見てるかわかんねんだからそんなもん仕舞え!」
「誰も見てやしないわよ。いいから早く受け取りなさい。自信作だから」
 差し出された三寸ほどのナイフの柄を掴むと、クリスは周囲を見回しながらそれを自分の鞄にさっと仕舞いこんだ。
「家出る前に渡せよ。こんな道端で……」
「忘れてたのよ、仕方ないでしょ。あ、それ、魔力籠めてあるから。鉄棒とか壁ぐらいだったらスパスパ切れちゃうから乱用しないでね」
「しねえよ。今すぐ返したい。あ、でも」
「言っておくけどうちの家は防衛魔術がかけてあるから、どこにも覗き穴なんか作れないわよ」
「阿呆。誰がおまえの裸なんかに興味を持つか。世界には更衣室ってものが痛い痛い痛いごめん痛い」
 ぎりぎりとクリスの耳たぶを稼動限界一杯まで酷使してからカンナは手を放した。
「大切に使ってよね。物体に魔力を籠めるのってかなり大変なんだから」
「トンデモ便利マンだなおまえマジで」
「ウーマンよ」
「そこじゃねえだろ」
 のんきに突っ込みを入れるクリスをカンナはきっと睨みつけた。
 十センチも下からガンを飛ばされたってクリスはへいちゃらである。
「あんたね、余裕ぶっこいてるけど、どこに殺人鬼とかイレギュラーがいるかわかんないんだから、もっと緊張しなさいよ」
「わかってるって」クリスは笑った。
「こう見えて俺は、意外としっかりしてるんだぜ」

 昨夜から色々なことが起こりすぎて、思っていたよりも心身が擦り切れていたのだろう、クリスはその日の授業の大半を眠って聞き逃した。
 まどろみの中で、うっすらと言葉にさえならない印象のみが淡くぼやけて浮かんで消える。
 魔術師、カンナ。殺人鬼、黄金の猿。
 夕闇が丘高校名物のツンデレ探偵とは十年来の付き合いだが、魔術なんて使えるとは知らなかった。きっとマリも知るまい。
 知っているのは彼女の父親だけだろう。
 母親は確か彼女を産んですぐ亡くなったそうだから、娘の特異性に気づけたとしてもせいぜいあの世からだ。
 娘に魔術の才能があるとわかって、父親は何を思ったのだろう。
 いや、そもそもどうして魔術の知識を有していたのか。クリスが知らなかっただけで、それほどマイナーなものではないのだろうか。
 他に魔術師はいないのだろうか。疑問は尽きない。
 この時代、魔術が実在すると信じる人間は少ないはずだ。
 もしかすると、もう魔術師自体がカンナの他にはいないのかもしれない。
 ならば、彼女はたったひとり残された最後の魔術師ということになる。
 知ってやれてよかった、とクリスは思った。
 誰も知らない秘密を抱え続けるというのは、身を裂かれるように苦しいことだと知っていたから。

 突っ伏していた机から起き上がると、隣の席でパタンと本が閉じる音がした。
 マリが待っていてくれたらしい。教室にはもう誰もいない。
「なんだよ」とクリスは凝り固まった肩をぐるりと回して骨を鳴らした。
「起こしてくれりゃあいいじゃないか」
「揺すっても叩いても殴っても起きなかったから」
「殴ったのかよ!」
 マリの瞳にじっと思案げな光が灯っている。
「ああ、今朝は悪かったな。昨日から腹の調子が悪くてよ」
「ふうん。それで、お昼ご飯も食べずに寝てたんだ」
「下痢と便秘と腸捻転がいっぺんに来た感じだ。いやァ参った参った」
 腹を擦りながらおどけてみたが、マリが何をどこまで考えているのか、クリスにはさっぱり明らかにならない。
 それ以上は何も聞かれなかったが、無言で後ろをついてこられるというのも不気味なものがあるのだった。
 背後にぴったりと銃口を押し当てられた気分のまま探偵部の部室に入ると、安楽椅子に贈り物のように身体を埋めたカンナの姿があった。
 部室には五人分の机とロッカー、読書好きのカンナとマリが集めた本の詰まった本棚がある。
 クリスは自分の机に腰かけ、転がっていた消しゴムを眼を瞑ったカンナ目がけてぶん投げた。
 額にぶつかった消しゴムがぽとっと彼女のひざ掛けの上に落ちた。
「おう、起きろや」
 身じろぎをし、カンナは身体を起こした。その拍子にキャスケット帽が床に落ち、マリが拾って埃を払ってから被せてやる。
 寝ぼけ眼の探偵はクリスを睨みつけたまま大あくびをし、クリスをびしっと指差した。
「懲役五年」
「そんなに?」


<顎ノート>
ギャグがことごとくスベっててとても痛々しい。
笑える会話よりも悪口の言い合いの方が俺向いてるかも。憎しみ一歩手前のやり取りみたいな?
わかったこと→リア充にはなれません。

うう…俺だって辛い…この文をうpするのは…
でも逃げちゃダメなんや…自分から逃げたらアカンねや…
どんな罵倒も受けよう、恥じらいにほっぺも赤らめよう。
すべては…次に活かすために…!

       

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Neetsha