Neetel Inside 文芸新都
表紙

リセットロケット
三、ブリージング

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 私が出てきたロケットの上部には土で固められた地面の上に草や木が植えられ、人工的な池の中には魚が泳いでおり、はるか下方に広がる大地と同じような環境が造設されている。
 昔の人々は大地には端っこがあってそこから前へ進むとどこまでも落っこちてしまうと考えていたが、このロケットの上部に広がる小さな箱庭はその説を実現している形となっている。
 まだ私以外にもこのロケットに人がいたとき、この場所は子供たちがかけっこなどして遊んだり、人工的ながらも自然と触れ合うことのできるみんなの憩いの場だった。私も当時は昼寝をしたりしていたものだが、どうもみんなが居たころの湿っぽい記憶が思い出されるので今まで全く使っていなかった。よく見ると雑草は伸び放題、池の水も少し褐色に濁ってきている。貯水タンクの異常を点検し終わったら、少しぐらいは手入れをしてやろうか。
 そんなことを考えながら、私は貯水タンクの方を見やる。
 貯水タンクは、見るも無残にその内容物を撒き散らして大破していた。何がどうしてこうなった。駆け寄って見てみると、その中心には私が両手で抱えようとしても手が届かないくらいの大きな岩が突き刺さっていた。
 私は不思議に思った。この大きな岩が貯水タンクの上に落ちてきてそれを破壊した、と見るのが妥当だ。しかしその岩は、いったいどこから落ちてきたのだろう。他のロケットから落ちてきたのだろうかと考えたが、どのロケットの上にもこんな大きな岩は積まれていないだろうと思い直した。このロケットにもそんな岩は存在しないのだから。
 ともかく、これじゃあ池の水も綺麗に換えることは難しそうだな、と思って池の方を見る。するとさっきまでは小高い丘の影に隠れて見えなかった部分に何か浮かんでいるのが見えた。


 ――人だ、人がいる。
 黒い髪が水の浮力を受けて、放射状に伸びているのが目視できた。そこに浮かんでいるのは、まぎれもない人の姿だった。
 それを見つけたときの瞬間を、今でも私は鮮明に覚えている。一瞬の内に頭の中を錯綜していった種々の思考を、そのとき太陽の照り返しが私の目に描いた何百万もの画素が織り成す光景を、私は永遠に色褪せることのない記念写真を見るかのように詳細に思い出すことができる。
 私の体は強張った。情報が頭の中で倍々に肥大化し、それによる思考停止に私は支配されたのだ。しかし次の瞬間には、その状況を打破するある感情に私の体は衝き動かされていた。
 あの人は溺れている。
 あの人を私が助けなければいけない――


 私は淀んだ池の中にも躊躇無く飛び込み、一心不乱にその人の下へ泳いだ。私はその人を抱えて、どうにかして岸へたどり着いた。
 引き上げて見ると、歳は私と同じくらいの少年だった。濡れた黒い髪が青ざめた顔面にペタリと張り付いて、片目を隠している。
 生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。
 呼吸の有無を確認する。無い。続いて脈も確認。こっちも無い。
 私はすぐさま応急処置を行う。かといって私の献身的な人工呼吸で少年は目を覚ます――などといったロマンチックなことが起こるはずもなく、私は心臓マッサージだけをしようとする。だって心臓マッサージだけをしようが人工呼吸もしようが、助かる確率に変わりは無いって何かの本で読んだことがあるんだもの。
 不思議なことに、私にはそんなことを考える余裕があった。
 とにかく、私は彼の胸を両手で押さえてマッサージをしようとする。肘を真っ直ぐに伸ばして、全体重をかけて衝撃を与える。
「痛い痛いイタイ」少年が呻く。
 前言撤回、呼吸も脈もあった。誰にだって失敗はあるものよね。


 

       

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