Neetel Inside 文芸新都
表紙

死を覚悟するほどの胃もたれ
シェルティ①

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 村雲幸彦(むらくも ゆきひこ)は実家に帰ってからというもの、何をするでもなく漫然と毎日を過ごしていた。テレビ、ゲーム、漫画、ネット。およそ生産的と言えることは一つもしていない。家事はすべて母親が行ってくれる為、家の外に出ようともしなかった。学生という肩書きに甘んじ、遊び呆けていた。
 そんな幸彦を見かねてか、母親は彼に一つの命令を下した。
「父さんの代わりに犬の散歩をしなさい」
 その命令に従い、彼は今リードとシャベルの入ったビニール袋を握り、久しぶりの外に出ようとしていた。


「あちい」
 一日中冷房の効いた部屋にいた幸彦にとって、この夏の異常な暑さは耐え難いものだった。しかも傍らにはオスのシェットランドシープドッグがいる。シェルティと呼ばれるこの犬種は非常に豊かな被毛に覆われていて、真夏に見るといかにも暑苦しい。
「その毛皮脱がしてやろうか?」
 そう言い幸彦が近寄ると、シェルティは警戒感をあらわにした。低く唸っている。
「バカッ、冗談に決まってんだろ!」
 距離を置いても、シェルティは唸っている。幸彦は溜息をついた。
 
 この犬は幸彦が家を出てから飼われ始めたもので、彼にはまったくといっていい程懐いていない。両親がこれでもかという位甘やかして育てた為、性格も悪い。ハッキリ言って、幸彦はこの犬が嫌いだった。
 
「あっ、てめえ、なにすんだよっ!」
 突然シェルティがリードを強く引っ張り、走りだした。シープドッグの名に恥じない見事な走りである。ろくに運動をせず弛みきった幸彦はすぐに主導権を奪われた。
「どこ行くんだよ馬鹿野郎っ!」
 幸彦の制止をものともせず、シェルティはその勢いを増した。小型犬にいいように引っ張られる成人男性というのは、なんとも情けない。
「止まれー!!!!」

 シェルティが大人しくなったのは、川原に着いてからだった。幸彦は疲れきり、肩で息をしている。
「なんだっつうんだよアホ犬……」
 思わず石の上に腰を降ろした幸彦を、シェルティは馬鹿にしたような顔で覗き込んだ。
「あっち行けっ!」
 周囲に人がいないのを確認し、幸彦はリードを手放した。束縛から解放されたシェルティは一目散に川へ飛び込み、対岸へ向かい泳ぎだした。
「おまっ!溺れても知らねえぞ!」
 幸彦は飛び上がり、急いで川に近づいた。サンダルを脱ぎ川に入ると思いのほか浅く、流れも緩やかだった。この様子なら溺れて流されることはないだろう。そう結論づけ彼は再び座り込んだ。
 
 しばらくすると、シェルティは引き返してきた。びしょびしょになった飼い犬を、幸彦は軽いげんこつで迎えた。
「このアホっ!」
 シェルティは悪びれた様子もなく、楽しそうにしっぽを振っている。
「もう帰るぞっ!」
 幸彦はリードをしっかり握り、歩き出した。
 
 途中シェルティは一度振り返り、対岸に向かって短く吠えた。幸彦がそちらを見ると、さっきまでは見当たらなかった人影があった。遠くてよく分からないが、女性のようだ。
 幸彦は特に気にせず、帰路についた。

       

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