Neetel Inside 文芸新都
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 俺とシグナスに、二週間の時が与えられた。
 将軍として、自由に使える時間である。自由、とは言っても、遊んでいるという訳には行かなかった。要は、この二週間で兵の調練などをしろ、という事なのだ。
 メッサーナを統治するランスは、君主として仰ぐには十分な資質と考えを持っていた。国をぶち壊すだけでなく、その後の事も考えているのである。そしてそれは、俺とシグナスの心を揺さぶった。
 民を中心に据えた、民のための政治。ランスは、そう言ったのだ。
 この発言を実体化したのが、メッサーナだった。メッサーナは、まさに民を中心に据えた政治を行っていた。税は必要な分しか取らないし、それでも余ったら民へと返還する。軍人は民と同格として扱われ、特別な権利は何も発生しない。それは統治者であるランスも例外ではなかった。要するに、全てが平等なのである。これは都では考えられない、いや、信じられない事だった。
 メッサーナに来て良かった。俺は心からそう思った。あとはランスに、俺達を呼んで良かった、と思わせる事だ。そのためには、実績が必要だった。
 俺はすぐに兵の選別を済ませ、そのまま調練に入った。ランスの話では、俺が率いるのは一千の騎馬隊という事だった。これは精鋭で、遊軍のような形にしたいらしい。
 一方のシグナスは兵の選別を済ませた後、何故か酒盛りを行っていた。宴会である。俺はそれに対して首を傾げたが、何も言わなかった。すでに二人とも、自立しているのだ。シグナスにはシグナスのやり方があるのだろう。それに俺達は同格の将軍であり、言い換えればライバルだった。
 俺は、兵を馬に乗せ、とにかく駆けさせた。まずは兵と馬を一体化させるのだ。武器の扱いはその後である。馬と人間は別の生き物で、まずはこの違和感を無くす事から始めなければならない。馬は従順な動物で、よく世話をすればそれだけなつく、という所があった。だから、調練が終わっても、俺は兵達に馬と一緒に居るように命じた。
 最初の一週間が過ぎた。兵馬の乱れが緩くなっていた。四六時中、兵は馬と一緒に居るので、馬も兵の事を家族同然だという風に感じ始めたのだろう。だが、まだ一週間である。これから、さらに突き詰めていかなければならない。
 兵の選別は、体格や武器の練度などよりも、性格を重視して行っていた。戦は集団行動である。また、調練は厳しく辛いものだ。これらに耐えうるというのが、兵としての最低条件だった。もっとも、俺の騎馬隊は精鋭で固めるので、性格の他にも色々と加味して選別はやっていた。しかしそれでも、この千人全員が、部下として残る事はないだろう。どこかで必ず、脱落者は出てくる。
 軍師のヨハンが、調練場にやって来た。このヨハンは、俺とシグナスをメッサーナに手引きした人物で、穏やかな外見とは裏腹に、眼には強い気の漲りがあった。
「ロアーヌ将軍、調子はどうですかな」
 調練場では、騎馬が隊列を組んで駆け回っている。
「悪くはない、という気はする」
 だが、良くもない。何しろ、まだ一週間である。とりあえず、兵馬一体化の調練の時点では、脱落者は出さずに済みそうだった。
「シグナス将軍は、やっと調練をはじめたようです」
「ほう」
「何故、シグナス将軍は最初の一週間を酒盛りに費やしたのでしょうか?」
 不意に、ヨハンが言った。
 ヨハンの問いの答えが、俺には分からなかった。ただの時間の無駄だ、という思いしかない。だが、ヨハンは答えを知っている。俺はそう思った。
「俺は二週間という時間を、無駄なく使いたかった」
「シグナス将軍も、無駄にはしていませんよ」
 ヨハンが二コリと笑った。からかわれているのか、と思ったが、不思議と嫌な感じは無かった。ヨハンはシグナスの行動を通して、俺に何かを教えようとしている。
「あの酒盛りを通じて、シグナス将軍は兵の心を掴みました。兵も、シグナス将軍の心を掴みました。兵の練度は低いと言わざるを得ませんが、気持ちの面ではロアーヌ将軍の騎馬隊よりも上でしょう」
 なるほど。素直にそう思った。シグナスは兵の練度よりも先に、兵の心を掴みに行ったという事だ。そのための酒盛りだった。そしてそれは、見事に成功している。ヨハンは、そう言っている。
「ロアーヌ将軍の調練は、非常に効率が良いと思います。ですが、今のままでは兵はついてこないでしょう。要はモチベーションです。厳しいだけでは、兵は将軍に懐きませんから」
 そう言って、ヨハンが笑った。ヨハンは、今の俺に足りないところを指摘してくれたようだった。
「礼を言っておこう」
「いえ、私は楽しみなのです。ロアーヌ将軍の騎馬隊が。一週間、調練を拝見させて頂きましたが、見事と言わざるを得ません」
「兵の心を掴む、か」
「それは大事な事です。では、私はこれで」
 ヨハンが去って行った。
 厳しいだけでは、兵は将軍に懐かない。確かにそうかもしれない。俺はそう思った。将軍は兵に慕われるべきだ。だが、今の俺は兵にとって、どう見えているのか。ただの恐怖の象徴となっているのではないか。俺は兵達に向かって、笑うという事はしていなかったという気もする。
「酒盛りか」
 その日の夜、俺は兵達を集めた。早速、酒盛りをしようと考えたのである。集めたのは三十名ほどで、特に何も考えずに声を掛けた三十名だった。しかし、酒の席だというのに、みんな押し黙っていた。表情は怯えているのか暗いのか、とにかく良い表情ではない。
 俺も黙っていた。これではまるで葬式だ。
 失敗したか。俺が酒盛りで盛り上げるなど、出来るはずもないのだ。何故、もっと深く考えなかったのだろうか。喋ることが嫌いな俺が酒盛りなどやれば、こうなる事は簡単に予想がついたではないか。
 すると、いきなり出入り口の扉が開いた。
「葬式会場か、ここは」
 シグナスだった。兵がびっくりした表情でシグナスに視線を注いでいる。
「おい、ロアーヌ、さっさと盛り上げろよ」
「いや」
「まずは将軍が馬鹿になる事だ。でなければ、兵はいつまで経っても馬鹿になれん」
 そう言ったシグナスに、俺は無理やり飲まされた。
「ロアーヌ、こいつらの名前、全員言えるか?」
 当たり前だろう。俺の部下だぞ。
「言える」
「言ってみろ」
 一人ずつ、名前を言っていく。見事と言ってはおかしいが、俺は三十人全ての名前を言い切った。兵達が顔を見合わせている。意外だ、とでも言いたそうな表情だ。
「次にこいつらの良い所を言っていけ」
 シグナスめ。一体、何がしたいのだ。俺はそう思ったが、逆らわずに言う通りにした。無言よりは、マシである。
 全員の良い所を言い終えた。すると、兵達が感動したような眼差しで俺を見てきた。
「俺達の事、ちゃんと見ていてくれたのですか」
 一人が、そう言った。
「当たり前だろう。俺の部下だぞ。部下を見ないというのは、俺の職務の怠慢でしかない」
 俺は酒を呷りながら言った。部下の視線が、妙に小恥ずかしい。
「将軍の事を誤解していたかもしれない。俺は、ただの鬼としか見てなかった」
 調子の良さそうな奴が、そう言った。すると、他の兵達が頷きだす。
「いや、コイツは鬼だぜ。都じゃ剣のロアーヌで名を鳴らしていた。剣じゃ、俺もコイツには敵わん」
 シグナスが口を挟む。兵達がそれを聞いて、俺の剣を見たい、と言い出した。何故か、場は盛り上がっている。
「だが、剣がない」
 すると、シグナスがニヤニヤと笑いながら木剣を取り出してきた。二本である。その一本を、俺に投げて渡してきた。そして、外に出て行く。
「見せてやれよ。お前は馬鹿にはなれん。だが、尊敬はされる。相手はこの俺だ。酒に酔っているお前に負ける程、俺は甘くはないぜ」
「シグナス、お前な」
 言いつつ、俺も外に出て剣を構えた。シグナスの奴、この木剣、どこに用意していたのか。そんな事を考えていると、シグナスが打ち込んできた。それをかわす。酒のせいで、僅かに足が揺れた。だが、兵達の前だった。それを舞踊のように見せかけて、シグナスに剣を振り下ろす。止められた。
「久々に止めたぜ。お前の剣。やっぱ、酒はダメだな」
 シグナスの剣。弾く。一瞬の隙。それが見えた。即座に打ち込む。シグナスの木剣が、虚空へと吹き飛んだ。しばらくして、木剣の落ちる音が遠くから聞こえた。
 兵達が湧いて騒ぎだす。
「ロアーヌは、こういう奴だ、お前達。喋る事が苦手で、人に優しくなどできん。だが、お前達をちゃんと見ている。そして何より、剣の腕は一流だ」
 兵達が頷く。表情は明るい。
「ロアーヌ、お前も厳しいばかりじゃなくて、優しくしてやれよ。時には褒める事も大事だぜ。いや、お前には無理な話か」
 そう言って、シグナスは声をあげて笑いだした。それに釣られるように、兵達も笑いだす。
 いつのまにか、俺も笑っていた。

       

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