Neetel Inside 文芸新都
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 俺の槍兵隊の背後を、ロアーヌの騎馬隊が駆けていった。砦の入り口に回り込むためだ。ルイスの作戦では、ロアーヌの騎馬隊は敵の退路を断つ事になっている。
 林の中。俺は、兵達と共に息を潜めていた。
 これが俺にとって、初めての戦である。しかし、不思議と緊張は無かった。子供の頃から、緊張するという事は、あまり無かったような気がする。どこか、開き直っているのかもしれない。だが、それでも、心臓の鼓動はいくらか速くなっていた。
 出陣前に、少しだけロアーヌと会話をした。あいつはいつもの通り、言葉は少なく、ドジは踏むなよ、とだけ言っていた。逆に俺は、多くを喋っていた。何を喋ったのかは、ほとんど覚えていない。今思えば、あの時に俺は緊張していたのかもしれない。
 槍だけには自信があった。槍は俺の全てだと言っていい。この槍で、大志を、夢を貫いてみせる。
 子供の頃の俺は、いわゆる、やんちゃ坊主だった。親の言う事も聞かずに、やりたい放題をやってみせていた。棒を使い始めたのは、その頃からだ。棒はやがて槍へと変わり、いつの間にか、俺は町の不良どもの頂点に立っていた。誰も彼もが、俺の槍を褒め称えた。
 ある日、俺は盗賊を働いた。ロクに仕事にも就いていなかった俺は、盗みをするしか銭を得る方法が無かったのだ。働かなかった理由は、こんな国のために働いてたまるか、という思いがあったからだ。賄賂が横行する軍に、私腹を肥やす役人。働くという事は、こういう奴らのために身を削るという事だ。それが、俺はたまらなく嫌だったのだ。
 俺が襲ったのは、旅人だった。剣を一本だけ佩いている旅人だったが、身なりは立派だった。だから、銭は持っているだろうと思って、俺は襲いかかった。
 その旅人は俺の不意打ちを、剣で防いだ。俺はアッと思ったが、怯まなかった。そして旅人は、賊か、とだけ言った。そこから、斬り合いになり、槍と剣の勝負になった。決着はつかなかった。途中で官軍がやって来たので、俺は急いでその場を去ったのだ。
 これが、俺とロアーヌの出会いだった。この時、俺達は十六歳だった。すでにロアーヌは軍人で、都から俺の町に配属という事になっていたらしい。
 世界は広い。俺はその時、初めてそう思った。今まで、どいつもこいつも槍でぶちのめしてきたのだ。それが、出来なかった。そして同時に、自分の小ささを知った。小さな町の中で、肩で風を切っていた自分を恥じたりもした。そこから、俺は真面目に勉強を始めた。勉強を始めるにはいかにも遅い年齢だったが、二年の歳月を経て、俺は軍に入る事が出来た。そして、ロアーヌと再会し、今では無二の親友となっている。
 そんな俺が、今では将軍だった。二千人の部下を抱え、国をぶち壊そうとしている。
「ガキの頃の子分は不良どもで、今では兵か」
 独り言だった。そして、苦笑する。
「シグナス将軍」
 兵が声を掛けて来た。その顔には、緊張の色が見える。当たり前だった。これから、戦が始まるのだ。それも数分後に始まる。
 俺は、兵の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、安心しろ。調練をやったろ? お前の名前は知ってるぜ、確かウィルだ。違うか?」
「はい、ウィルです」
「お前はどこか臆病な所がある。だが、臆病だとは思うな。慎重だと思うんだ。良いな。慎重だというのは、長所だ」
「はい」
「あとは、調練でやった事をやるんだ。大丈夫、出来るぜ。安心しろ」
 言って、俺は二度、ウィルの肩を叩いた。ウィルの顔から緊張が消えていく。
「将軍、私はやります」
「あぁ。俺はしっかりと見てるぜ」
 ウィルが原野の方に眼を向けた。俺も眼を向ける。シーザーの騎馬隊が突っ走っていくのが見えた。馬蹄が遠くなる。そう思ったら、近くなってきた。退いているのだ。俺は槍を握り締めた。そして、ひたすらに鐘を待った。突撃の鐘を、俺は待ち続ける。
 心臓の鼓動が速くなってきた。俺の槍。見せてやる。
 シーザーの騎馬隊が駆け抜ける。その背後。官軍。
 鐘。
「突撃っ」
 叫んでいた。走っていた。槍を低く構える。敵軍のわき腹。
「突き抜けろぉっ」
 敵兵。顔がハッキリと見えた。貫く。血しぶきを頭から被った。吼えた。獣の如く、吼えた。
 恐れおののいている。俺じゃない。敵が、恐れおののいている。手当たり次第、敵兵に向けて槍を突き出す。向こう側からも、喊声が上がっていた。クリスの戟兵隊だ。
「クリス軍に負けるな、俺達の槍を見せてやれぇっ」
 敵の槍。身をよじってかわす。槍を突き出す。敵を貫いた。右から槍。仰け反ってかわす。槍を。そう思ったが、死体に突き刺さったままだった。その死体を、敵にぶつけた。槍を引き抜く。転んだ敵の喉元を、貫く。
 身体が熱い。槍を突き出し続ける。敵を殺し続ける。息が、切れてきた。それでも、手だけは止めなかった。槍だけは突き出し続けた。味方が倒れた。それを視界の端に捉えた。
「俺の兵、俺の部下、俺の子分」
 カッと頭に血が昇るのが分かった。
 敵の群れに飛び込み、槍を振り回した。次々に敵を殺していく。しかし、何人殺しても、敵は減っていなかった。数に任せて、覆いかぶさろうとしてくる。敵の混乱が僅かに収まっているのか。
 その刹那、地響きが聞こえた。違う、馬蹄だ。
「ぶっ殺せっ。誰一人逃がすんじゃねぇぞ、全員殺せぇっ」
 シーザーの怒号。騎馬が、敵陣を縦にカチ割る。原野が血に染まっていく。
「騎馬隊が到着した、小隊を組み直せ。鐘が鳴るまで、敵を殺し続けろっ」
 叫んだ。声が、枯れている。
「鐘が鳴ったら追撃だ、原野を敵兵の死体で埋め尽くせっ」
 叫んで、吼えた。
 敵が逃げ出した。支えきれないと踏んだのか。いや、こんな思案など意味がない。思案は軍師の仕事だ。俺は、将軍だ。
 鐘が鳴った。
「追撃、逃がすなっ」
 シーザーの騎馬隊に負けるな、クリスの戟兵隊に負けるな、言おうと思ったが、声が枯れていた。
 各小隊が、駆けていく。俺も兵をまとめ、逃げる敵の背中を追った。

       

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