Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十四章 英傑の子

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 鷹の目バロンがメッサーナに帰順。俺はこれを、北の大地の首都、ユーステルムで聞く事になった。
 俺とスズメバチの千五百騎は、バロン軍の軍師ゴルドと共に、北の大地の治安維持にあたっていた。これは、バロンが北の大地を抜けてしまった事によって、民が恐慌状態に陥るのを防ぐ為の処置である。本来なら、バロンの副官であるシルベンが適当なのだが、予想外の出来事が発生したせいで、シルベンはバロンと共にメッサーナに入っていた。
 バロンはフランツに殺されかかっていた。いや、正確には闇の軍で、あれには俺も並々ならぬ思いを抱いている。シグナスの仇なのだ。指揮官であるナイツは葬ったが、闇の軍自体は未だ健在だった。
 ヨハンは、バロンとフランツに離間の計を仕掛けていた。この計略は後から知った事だが、これの予想外の出来事として、バロンが殺されかかった。フランツは疑いを深めてあれこれと手を打つよりも先に、即座にバロンを殺す事を選んだのである。それも闇の軍を使うという力の入れようで、まさに一切の容赦がないものだった。
 このフランツの逡巡のない決断は、ヨハンにとっても想定外だったようで、間者からの報告を受けると同時に、ヨハンは火急の出陣を俺に命じてきた。
 そこからは稲妻だった。バロンが命を投げようとしている所に、俺はちょうど間に合い、何とかその命を救う事が出来た。あの時のバロンは、すでに命を捨てていた。いや、だからこそ、最後の最後に自分の夢を貫く、と決める事が出来たのかもしれない。
 それから俺はバロンをメッサーナまで護衛し、スズメバチ隊と共に北の大地に入ったのである。まだバロンは帰順していないという状態ではあったが、事態が事態である。危害を加えない、という約束の元、俺は北の大地で治安維持にあたることになった。
「バロン様も、ようやく進むべき道を見定められたようです」
 ゴルドが馬上で、絞り出すような声で言った。
 俺とスズメバチは、これからピドナに帰る所だった。バロンが北に戻って来るという事で、俺がここに居る必要は無くなったのだ。
「今まで、バロン様の事を坊っちゃんとお呼びしておりましたが、それも出来ませぬのう。もう、立派な一人の男です」
 皺くちゃとなったゴルドの顔から、涙が滴り落ちている。
「バロン様は苦しんでおりました。自らの血に縛られ、その夢を儚いものとして考えておられたのです。しかし、やっと縛りから解放された。これで私も安心して死ねます」
 しばらく、ゴルドの嗚咽が続いていた。息子。ゴルドにとってバロンは、自分の息子のような存在なのかもしれない。
「ご老人」
 俺はタイクーンを一歩、前に出した。
「死ぬにはまだ早い。まだ、国を叩き潰していない。そして、それはこれからだ。だから、まだ死ぬには早い」
 そう言って、俺は馬腹を蹴った。風。すぐにスズメバチの千五百騎がついてくる。後ろで、ゴルドが微笑んでいるような気がした。まだ死ぬな。俺は、そう伝えただけだった。
 それから数日かけて、俺はピドナに戻った。すでにバロンはピドナを発っているらしく、その姿はなかった。
 俺は、すぐに政庁に向かった。現状をヨハンに報告する為である。政務室に入ると、ヨハンの隣にランスが居た。
「おう、剣のロアーヌか。久しいな」
 言われて、確かにそうだ、と思った。最後にランスと会ったのは、すでに半年以上も前の話である。
「何故、ピドナに?」
「バロンに会いたくてな。そうだ、ロアーヌ、お前はバロンと手合わせしたのだろう?」
 言われて、俺はただ頷いた。
「どうだった?」
「弓の腕は天下一」
「お前は無傷ではないか」
「タイクーンのおかげです」
「タイクーン?」
「馬であり、友です。バロンから譲り受けました」
 俺がそう言うと、ランスは笑い始めた。
「全く、武人同士の関係というのは分からんものだな。だが、それがまた良いのかもしれん。所で、ロアーヌ。シグナスの息子のレンとはどうだ。きちんと会っているか?」
 言われて、会っていない、と思った。戦に出ていたのだ。仕方ない、という部分はあるが、戦に出る前から、よく接していたとも言い難い。レンも、もう五歳か六歳になっているはずである。面倒はランドが見ているが、何と言ってもシグナスの息子だった。俺が知っているレンは、とにかく棒を振り回したがる子供で、お世辞にもランドと合うとは言えない。
「子供は大人が思っているよりも愛情に敏感だ。特にレンは両親をすでに失っている。お前も忙しいとは思うが、面倒をみてやってくれ」
「はい」
「お前が居ない間は、クリスがよく相手をしてやっていたぞ。あの男も今や立派な将軍の一人だ。酒も飲めるようになった。今度、語ってみると良い」
 そう言われて、俺はただ頷いた。
 それから俺は現状を報告し、家へと戻った。
「父上」
 不意に横から腰に抱きつかれた。レンである。
「父上? 俺は父ではないぞ、レン。元気でいたか」
 レンの頭の上に手をやり、そのまま撫でてやった。
「はい。兄上と一緒に盤上遊技(囲碁や将棋)をやったり、棒の稽古をしていました」
「兄上?」
「クリス将軍ですよ、ロアーヌ様」
 奥から声が聞こえた。ランドの声である。
「戦よりのご帰還、無事で何よりです」
 居住まいを正しながら出てきたランドは、そのまま一礼した。
「クリスが兄? 話が見えんな。ランド、お前は何と呼ばれている?」
「私はランドさんです。どうにも、軍人を家族としたいようなのです。ロアーヌ様は父、クリス将軍は兄という感じで」
 ランドの言葉を聞いて、俺はランスの言っていた事を思い出した。子供は愛情に敏感、という部分である。
「なるほど、そうか。よし、なら今日から俺がお前の父だ」
「今日からじゃありません。ずぅっと前からです」
 言われて、俺は口元を緩めた。
「そうか、そうだな。とりあえず戦は終わった。しばらくは、一緒に居れる時間も取れるだろう。どうだ、棒の稽古をするか? 盤上遊技が良いか?」
「戦の話が聞きたいです、父上。父上は天下で一番強い、と聞いています。だから、まず話が聞きたいです」
「俺が天下一かどうかは知らないが」
「強くなりたいんです。僕の本当の父上は、強かったってみんなが言います。それなのに」
 レンが口ごもる。どうやら、死という言葉を飲み込んだようだった。今にも泣き出しそうな表情で、そのまま顔を俺の身体に押しつけてくる。
 やはり、子供は子供だった。シグナスの死を、本当の意味で受け止めなくてはならないのは、このレンだ。そして、母であるサラの死も。そう思った時、俺の心に何かが奥深く突き刺さった。
 今まで、俺はレンの気持ちを考えられていなかった。俺が、親代わりなのにも関わらずだ。何をやっていたのだ。そうも思った。
「よし、戦の話だな」
 微かに、俺の声も震えていた。
「いくらでも話をしてやるぞ、レン。その後、棒の稽古でも盤上遊戯でも何でもやろう」
 俺がそう言うと、レンは目を真っ赤にさせて、大きく頷いた。

       

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