Neetel Inside ニートノベル
表紙

コンピューターシティ
4,横浜の星

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~前回までのあらすじ~
夢を……夢で……終わらせないために……
加藤はプロ野球の入団テストを受けることにした。
加藤の夢は叶うのか?
夢にときめけ!明日にきらめけ!
『コンピューターシティ』第四話、「横浜の星」!

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 もちろん選んだ球団は横浜ベイスターズ。
 
子供の頃に横浜スタジアムに行った思いでもあり、横浜に愛着があるというのもあるし、何よりあれだけ弱い横浜なら、俺でも入れそうな気がする。
 入団テストはノーマルシティの外れにある、河原のグラウンドで行われた。受験者は15名。ざっと見回したが、何人かプレイヤーが混じっているような気がする。
 一次試験は50m走と遠投だ。本気出す。

                ☆

 まず50m走。1人ずつ走る。名前の順なので、俺は4番目になった。クラウチングスタートで構える。笛が鳴る。かかんだ姿勢から、体中の力を一気に爆発させる。さながら獲物に飛び掛る虎のようなスタートだ。体育の体力テストの時は多少流して走るが、今回はそんな余裕はない。全力疾走。風が俺の体を切り裂くように感じる。50mはあっという間に走りきった。タイムは7秒2。自己ベストだ。確か今年の体力テストの結果が7秒8だったから、本気出したら0.6秒も縮まったことになる。
 そして遠投。これも全力だ。肩の筋肉を目一杯縮小させ、投げる瞬間にパワーを爆発させる!硬球は見る見るうちに小さくなっていって、遠くで落ちる。記録は53m。硬球を投げたのなんてはじめてだが、結構飛ぶもんだ。

                ☆

 試験終了後、一列に並ぶ。その場で合否が言い渡されるのだ。まあ現実ではこんなことありえない。この辺はゲームである。
「ではこれから、合格者の名前を発表します。名前を呼ばれた方は、二次試験の要項をとりにきてください」
受験者たちに緊張が広がる。
「緒方さん、千葉さん、片山さん、鈴木さん。以上の四名が合格です。残念ながら今回合格に至らなかった人も、次のテストにむけて、いっそう努力してくれることを期待します。我々はあなたたちの挑戦をいつでも待っています。
ちなみに合格基準は、50m走は6秒5以内、遠投は90m以上です」

                ☆

 自分の甘さを痛感した。横浜なら何とかなる……そう思ってた時期もありました……ふざけんな。どう考えたってこの合格基準はおかしい。つーか現役のプロ野球選手だって落ちるだろこんなの。どう考えても村田なんて50m走9秒台だろ。などと俺が内心憤っていると、隣の男が、
「くそっ」
と叫んだ。こいつの落ちたのか。負け犬が。
「今回は遠投は行けたのに……くっそー。短距離が甘かった……」
「まあ元気出してくださいよ。次があるじゃないですか」
多分プレイヤーだろうと思って、慰めた。
「うるせえ!お前に何がわかる!今回は絶対行けたのに……畜生……」
何でこのゲームをやってるプレイヤーってろくな奴がいねえんだろう。

                ☆

 その後、ノーマルエリアの喫茶店で、その態度の悪いプレイヤーと二人で愚痴大会を開くことになった。
「俺は加藤です」
「俺は西川だ。つーかタメ口でいいよ。ゲームで敬語使われると何かやだ」
「そう?」
西川ねえ。西川さんと同じ苗字か。めんどくせえ。
「お前はテスト何回目?」
「いや、俺ははじめてだけど」
「まあそうだろうな。ひどかったもんな。お前。傍から見てて失笑モンだったからな」
なんて失礼な奴なんだ。
「でも最初は俺もそうだったな。横浜なら俺でも一次くらいは通るだろうくらいの、軽い気持ちで受けたよ。合格基準きいて愕然としたけどな」
「村田だったら絶対不合格だろアレ」
「俺もそれ思った」
と二人で笑った。
「横浜もやっぱ腐ってもプロなんだなと思ったよ。俺の初受験の時は、50m走8秒3、遠投30mだった」
「よくお前それで人のこと馬鹿にできたな」
「はは」
「あれでも、今回は結構ギリギリだったんでしょ?なんでそんな急成長してんの?」
「鍛えたんだよ。スポーツジムで」
「スポーツジムか」
そういえばノーマルエリアには、スポーツジムがあった。見学してみたが、中で普通にプレイヤーとプログラムが運動しているだけで、存在意義がよくわからなかった。そうか、このためにあったのか。
「でも、そんな急激に伸びるもんなの?」
「まあ、俺は一応このゲームはじめて、2ヶ月くらいになるしね。現実だと10ヶ月たってるし。まあゲームしかやってない訳じゃないけど」
こいつも秩父まで行かされたのかなあ。
「お前も、真面目に入団テスト受かるつもりなら、ジム行って、インストラクターに相談した方がいいよ」
「インストラクター?」
「うん。プロ野球の入団テストに受かりたいんですって言えば、適切なプログラム組んでくれるから」
「へえ」
「ただ金掛かるけどね」
また金かよ。

                ☆

 西川さんの紹介でスポーツジム「ベジタリアン」に入会した。ちょうど友人紹介キャンペーン中で、俺の入会金は半分ですんだし、西川さんも2000円分キャッシュバックを受けた。
 半分といっても、入会金は2万4000円なので、1万2000円も払うことになったし、月々6000円も払わなければいけない。入会金を稼ぐために、新しくバイトを探して、パン工場のバイトを始めた。廃棄のパンをもらえる。同僚が皆死んだような目をしているのが気になる。
 インストラクターに横浜の入団テストに合格するくらい鍛えたいと言うと、それ用のメニューを組んでくれた。
1日目は下半身を鍛えるメニュー中心、2日目は上半身を鍛えるメニュー、3日目は休息日以下これを繰り返す、というもの。
「しかしこのメニューだと、一次試験通過は多分何とかなるが、二次試験対策にはならないから、注意だな」
二次試験は打撃、守備を見ることになる。「ベジタリアン」はプールもあるし、機材も揃っていて、シャワーに風呂もついているし、インストラクターもしっかりしているが、さすがに野球練習場まではない。当面の目標は一次試験通過のために、このメニューをこなすことでいいとしても、その後どうやって守備と打撃を磨けばいいんだろう。
 とりあえず初日は、機材の使い方だの、トレーニングの基礎を習って、終わりとなった。メニューをこなすのは明日からだ。
 ロッカーに行くと、ちょうどトレーニングを終えた西川と会ったので、二次試験通過のために何をすればいいか相談してみた。
「ああ、俺は草野球チームに入ってるよ。お前も紹介してやろうか?皆プロ目指してて、結構レベル高いぜ?」
「頼む」

                ☆

 ゲームの中で俺はめちゃくちゃ忙しくなった。今までは大体学校から帰って、飯食い終わり、風呂にも入った8時頃にログインして、遅くとも12時にはログアウトして、寝るという生活だったのが、朝4時くらいまでぶっ続けでプレイするようになった。日によっては徹夜する日もあった。
 草野球チーム「情熱ヴィクトリーズ」に入った俺は、最初は人数が足りない時に9番ライトで出場するだけだったが、段々トレーニングをこなすうちに、野球のセンスに開眼してきたのか、2番セカンドに固定された。
 バイトも大変だった。野球を始めると何かと金がかかるので、パン工場のバイトはログインのたびに何時間もやることになった。俺はアンパンの上にゴマを振り掛ける仕事を任されたが、何度も精神が崩壊するかと思った。

                ☆

 スポーツウェアに着替えて、今日も「ベジタリアン」のトレーニングルームに入る。今日は下半身の日なので、ランニングマシンの前に行く。最初に入念に準備体操を行って、ランニングマシンの設定を遅めにして、軽いジョグで体を慣らす。ジョグを10分程やってから、スピードを早めて、全力疾走→ジョグを10セット繰り返す。その後速度を中速にして、20分のランニング、10分のジョグを2セット。この時点でもう汗でびっしょりになるし、足の筋肉は乳酸漬けになり、相当辛い。その後に、水分補給を兼ねた15分の休憩を挟んで、マシンを変えて、脚の筋トレをする。筋トレというのは、筋肉を意図的に壊して、再生させることで、以前よりも強靭な筋肉を養う作業である。巨人の星で星一徹がやってた、大リーグボール養成ギプスというのは、筋肉を壊す一方なので、意外と筋肉が鍛えられない。休息も立派なトレーニングの一貫で、馬鹿にしてはいけない。
 ゲームの中で休息にするには、ホテルだの民宿だのに泊まる必要があって、それもまた金が掛かる。
 トレーニングは苦しい。こんなに苦しい思いをするゲームははじめてだ。「マゾゲー」と呼ばれるゲームはたくさんあるが、『コンピューターシティ』の比ではない。何度もやめてしまおうと思った。しかしそのたびに、俺のカリスマゲーマーとしてのプライドが働いて、
「絶対にこのゲームもクリアしてやる」
という思いが、俺にトレーニングを続けさせた。自分には思ったよりも根性があるんだなあと思った。

                 ☆

 俺が『コンピューターシティ』の中でトレーニングをはじめてから、現実の世界では早くも2週間たとうとしていた。『コンピューターシティ』内の時間だと、70日(10週間)たったことになる。大分ゲームの中の俺はガタイがよくなってきて、日々のメニューをこなすのもさほど苦痛ではなくなってきた。
 ただその皺寄せが現実生活に来て、授業中めちゃくちゃ眠くなった。
「なんか最近疲れてない?」
と東大寺さんにきかれた。あの日以来、晴れた日は「血の池」の前で一緒に昼飯を食べるようになった。
「いや、ちょっとゲームのやり過ぎで睡眠不足」
「えー、ちゃんと寝ないとダメだよ。背伸びなくなるよ」
「うん」
母親か。

                 ☆

 昼休みが終わって、教室に戻ったが、教師は遅刻しているらしく、なかなか授業は始まらないらしかった。いつもいじめられていた奴の席が空いている。そういえばここ三日くらい学校に来てない気がする。不登校になったのか。
 と言っても俺に何ができる訳でもない。あいつらは教師にばれないように、巧妙にいじめをやってるし、教師もあんま関心を持とうとしない。たとえば机に「死ね」「学校来るな」みたいな落書きをしたり、花が置いてあったり、そういうあからさまに問題になりそうないじめは、あいつらはしない。ばれないように、ばれないように、そういう上手いラインでやっている。時と場合によってはいじめというより、「いじられキャラ」みたいにして扱うこともあるので、下手すると何も知らない奴からすると、いじめてるというより、普通に仲がいいように見える。まあいじめなんて、いじめられる方にも問題がある。いじめる奴らもクソだが。

                 ☆

 いつの間にか俺は「情熱ヴィクトリーズ」の3番バッターに昇格していた。ポディションはセンター。外野の守備の要だ。いつの間にか足が速くなって、守備範囲も大分広くなった。長打もあるし、小技もきいて、走りも守りもいける、というなかなか便利な選手になった。西川は4番でピッチャー。投打の要だ。
 今日の相手は、社会人野球界の強豪「三菱カントリーハウス」だ。その名の通り、三菱系の会社が持ってるクラブチームだ。プロに行く程の能力はないが、一般人と戦ったら勝負にならない、というくらいの選手がごろごろいるし、プロにスカウトされる連中もいる。都市対抗野球の常連チームだ。普通、草野球のチームなんかとはやらないが、最近「情熱ヴィクトリーズ」というチームがすごいという噂が広まっていて、何とか試合を組むことができた。

                 ☆

 スポーツエリアの外れにある、市民球場で試合は行われた。「三菱カントリーハウス」の連中は、チーム用のバスであらわれた。
 俺と「情熱ヴィクトリー」のキャプテンが、挨拶にいった。
「本日はどうも、よろしくお願いします」
すると、相手のチームのキャプテンらしき男が、
「ああ。よろしくね。うちが草野球チームと試合することなんてあんまないからねー。期待してるよー」
とにたにた笑いながら、言ってきた。
「いい選手が二人いるらしいね。西川と加藤だっけ?もしホントにいい選手だったら、うちがもらってもいいよね?」
バスの中の相手選手が、どっと笑った。

                 ☆

「あいつら舐めくさってるな」
と、ベンチに帰る時に、キャプテンが言った。 
「絶対勝ちましょう」
「ああ」

                 ☆

 「情熱ヴィクトリーズ」は後攻。一回の表。西川が1番、2番を楽々抑えたが、3番バッターがしぶとくライトヒットで、ツーアウトランナー一塁。4番柏田は、甲子園出場経験のある実力者で、スカウトされなかったのが不思議なくらいの、長距離バッターだった。高卒でクラブチームに入り、まだ19歳だが、ガチムチの肉体からは既に貫禄が出ている。
 さすがに甘い球は投げられず、西川はボール先行で、カウントを苦しくする。1-3から、内角に140km台後半のいいストレートがいった。柏木は内角が大好物だが、さすがに詰まらされ、ショートフライになった。スリーアウトチェンジ。
 
                 ☆

 その後、六回までゲームは0-0の膠着状態になった。相手ピッチャーの笠松は左腕サイドスローの、技巧派ピッチャーで、ストレートは最速が140キロ出るか出ないかくらいだが、90キロ台のスローカーブに、130キロのスライダー、カットボールを使い、緩急のつけ方が上手いので、タイミングが合わせづらい。 
 俺の一打席目は、何とか難しい球をカットして、2-3フルカウントまで粘ったが、最後に外角低めギリギリのストレートで、見逃し三振。二打席目はスローカーブに狙いをしぼってみたが、それでもタイミングが合わなくて、サード真正面のライナーになってしまった。
 ゲームが動いたのは7回表。4番柏田の三打席目。西川は簡単にツーストライクとって、2球高めの釣り球を投げてから、内角低めに決め球のフォークを放った。柏田はストレートを待っていた雰囲気で、完全にタイミングは外されていたが、スイングの途中で一瞬タメをつくって、強引にタイミングを遅らせ、そこから内角低めのフォークを振りぬいた。
 高々と上がったボールは、俺の頭上を越えて、センターバックスクリーンに放り込まれた。

                 ☆

 9回裏。
先頭バッターは俺。先発は降りて、二番手にかわっている。MAXスピード153キロの超速球派で、先発とは真逆のタイプだった。俺は140キロくらいまでなら、タイミングさえ合えば打つことが出来るようになったが、150キロ超は未知の領域だった。
 打席に立つ。一球目。ストレートが外角高めに外れる。クソボールだ。だが、速い。これも150くらい出てるだろう。俺は不思議な興奮を覚えた。今まで、どんな難しいゲームを攻略する時にも感じなかった興奮だ。何て言えばいいのか、よくわからない。ただ150キロのストレートを持つピッチャーと、勝負する権利が自分にあるということが、すごく恵まれていることだと感じた。俺は何とかして、こいつの球を打ちたいと思った。いつの間にか脳みそまでスポーツマンになったのだろうか?
 2球目。またストレート。今度は低めのワンバンする球だったが、振ってしまった。このピッチャーは荒れ球で、悪い時はフォアボール連発で自滅してくれるらしいが、打とうとすると配球が読みづらいことこの上ない。
「ボールよく見ろ!」
とネクストバッターズサークルにいる西川が叫ぶ。うるせえ。
 三球目。抜け気味のカーブ。これは見逃す。ボール。四球目に、明らかにストライクを取りにきた、ほぼど真ん中のストレートが来るので、思い切り振ってやる。が、少しタイミングが遅れた。打球はライト方向へ、大きなファールになる。
「ちっくしょう!絶対打てたのに!仕留め損ねた!」
と俺はバッターボックスを外れて、悔しがった。
 ツーストライクツーボールからの、五球目。外角高めの、見逃せばボールくさいストレートだが、行けそうだったので、振った。打球はライナーで鋭く一二塁間を抜けて、ライトの前に。

                 ☆

 西川が、
「よし、よくやった!後は俺に任せろ!」
と叫んだ。うぜえ。
 このピッチャーはセットポディションが苦手らしく、牽制もヘタクソだったので、初球から上手くモーションを盗んで、走った。ちょうどピッチャーの投球も、ワイルドピッチすれすれのワンバンのストレートだったので、キャッチャーは送球すら出来なかった。ノーアウト二塁になった。
 すると、キャッチャーは立ち上がって、敬遠の指示をした。
「やられた」
俺はセカンドベース上で呟いた。

                 ☆

 結局その後、五番三振、六番併殺打でゲームセットとなった。

                 ☆

「後一歩だったんだけどな」
と打ち上げの居酒屋で、皆口々に言った。
「すまんな。俺達が不甲斐ないばっかりに」
とキャプテンは俺に謝った。
「いや、そんなことないっすよ」
「いや。俺達のせいだ。確かにあいつらの言うとおりだ。俺達にお前ら二人は勿体無い……」
「やめてくださいよ。そんなこと言うのは」
「いや、事実だよ。なあ、お前らはプロに行くんだろ?」
「はい」
「絶対行ってくれよな。お前らは『情熱ヴィクトリーズ』の希望の星なんだから」
「……」
こんな風に、人から期待されるなんてはじめてだな。

                  ☆

 帰りのバスの中、「三菱カントリーハウス」はギリギリの勝利にホッと胸をなでおろしていた。
「あいつら完全に西川と加藤のワンマンチームだったな」
「ワンマンの意味わかってんのか?」
「ん?何ていうの。ツーマンチーム?」
「それおかしいだろww」
皆和やかな表情をしている中、バスの後ろの座席で、柏田は険しい顔をしていた。
「どうした柏田?今日の勝ち方は不満か?」
「いや……」
「?」
「将来、あいつらは何かしそうな気がする」
「何か?『草野球チームの、ちょっとばかし野球の上手い素人』が何をするって?」
「……」

                  ☆

 それからしばらくして、俺と西川は、一緒に入団テストを受けた。一次試験は余裕の合格。二次試験は、打撃試験の初球で、思いっきり自打球を打って、情けない姿を晒した以外は、まあまあだった。結果は俺も西川も合格。
 晴れて横浜ベイスターズの二軍として、登録されることになった。俺の背番号は「75」。西川は「81」。この時、『コンピューターシティ』プレイ開始から、3週間が経過していた。

       

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Neetsha