Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
その瞳に宿るモノは

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 例の村で起った発光事件から3日、リンとフィーはジリエラシティで治療を受けていた。
 あの時リンとフィーが負傷し動けなくなった後、ジリエラシティの保安騎士達が駆けつけてきて、証拠の確保と負傷者の保護が行われた。その際にリンとフィーは保護され、ジーノも村の中で意識を失って倒れているところを発見されたらしい。
 らしい、というのはあれ以来二人はジーノにあっていないからだ。
 ディーが言うには、ジーノは発見された後、意識を取り戻すと「用がある。二人には後で連絡する」、という伝言をディーに頼んで姿を消したということだ。

 3日、という期間は短いようで長い。医者の診断で、恐らく視力は元には戻らないだろうと宣告されてから、フィーは塞ぎ込んだままだ。日に日にその様子はひどくなっていく。彼女の中では、ジーノに捨てられることへの恐怖が膨れ上がっているのだろう。もしかしたらこのまま迎えに来ないのではないか、もう捨てられてしまっているのではないか、という疑念を払えずにいるのは間違いない。
 そんな彼女を安心させてやれる人間は、この世でジーノだけだ。こんなときにどこをほっつき歩いているのか。リンはフィーを慰める合間に、空を見上げながらそんなことを考えていた。
「ああ、お二人ともこんなところに居ましたか」
 木陰で休んでいる二人にディーが駆け寄ってくる。
「イレイズ副司令?私たちに何か用ですか?」
「ええ、ついさっきジーノさんから私宛に手紙が届きまして、お二人を宿屋スマイリーまで送ってくれと」
 その言葉にフィーは俯いていた顔を上げて、ディーを問いただす。その目には包帯がグルグルと巻かれていた。
「ディーさん!!ジーノさんはそこに居るんですか?」
 その勢いにディーは少したじろぐが、やわらかな笑みを作ってフィーに答える。
「はい、ジーノさんはそこで待っているはずです。私は職務上同行できませんが、馬車を用意させましたので、それで移動して下さい」
 二人はディーに丁寧にお礼を言うと、早速馬車で移動した。

 それから馬車で半日ほど移動すると、二人は目的地である宿屋スマイリーに到着した。
 リンがフィーの手を取って宿屋の中に連れていくと、一人の老人がカウンターで新聞を読んでいる。その老人はフィーの姿を見ると少し目を凝らして動かなくなったが、いきなり目を見開いて近寄ってきた。
「フィー嬢ちゃんか?一体どうしたんじゃその目は?」
 その声を聞いてフィーは顔を上げて返事をする。
「モルドさん、お久しぶりです。すみませんが、事情を話す前に、ジーノさんに合わせてもらってもいいですか?」
「ジーノなら裏の畑のとこで鍛錬しとるはずじゃが…」
 そう聞くとフィーは手探りで畑の方へ向かおうとしたが、躓いてよろけてしまった。それをリンが支えると、フィーはリンの手をしっかりと握り直して歩き始めた。
 畑の端っこで短剣の素振りをしているジーノを見て、リンは3日間の苛立ちからか声を荒げてジーノを問いただした。
「ジーノ!あんたこの3日間何やって…」
「来たか。ちょうどキリが良かったところだ」
 二人の耳に聞いたことのない声が響く。少々かすれた様なその声は、間違いなくジーノから発されたものだった。
「あ、あんたもしかして…」
「ジーノさんの、声…?」
 ゆっくりと現状を理解していくフィー。その体は小刻みに震え始める。
 ジーノは驚愕している二人の横をすり抜けて、木の切り株に置いてある手拭いで汗を拭き始めた。
「ジーノさん、私は…」
 何かを言おうとするフィーの言葉を遮って、ジーノは話し始める。
「リン、お前の足の怪我が治ったら出発するからそのつもりでいてくれ」
「出発って、どこへ?」
「エネ・ウィッシュからの依頼でミラージュに行くことになった。まだついて来る気があるのなら、ちゃんと体を治しておいてくれ」
 そう言い終えて宿屋に向かって歩き始めるジーノを、フィーが無理矢理捻り出した様な声で引きとめた。
「待って、下さい!ジーノさん、私も…!!」
 そう言いながらジーノの方へ近づこうとしたフィーだったが、そのまま木の根に躓いて転んでしまった。
 そんなフィーに振り向きもしないまま、ジーノは口を開いた。
「今のお前に何ができるのか言ってみろ、フィー」
「――ッ!!」
 フィーの指が地面を抉る。両目に巻かれた包帯が濡れ、その滴が頬を伝って地面に落ちる。
「お前は、もう俺に縛られる必要はない」
 そう言うと、ジーノは振り向かずにその場を後にした。
 フィーの嗚咽が誰もいない畑で響く。
 リンはただ、ジーノの後ろ姿を、呆然と見つめることしかできなかった。

     

 二人がジーノに再会してから4日、あれからフィーは部屋に籠ったまま食事もろくに取っていない状態だ。
 リンがフィーの部屋に入っても、フィーは布団にくるまったまま身動き一つしない。リンは全く手のつけられていない食事を片付けると、慰める言葉すら口にできないまま部屋を後にした。
 このままいけばあと1週間ほどすれば、リンの足は歩くだけなら問題ないだろう。しかし、リンの中のジーノに対する不満は日に日に大きくなりつつあった。
 リンがジーノについて行くかどうか悩んでいるところに、モルド爺さんが横から話しかけてきた。
「フィー嬢ちゃんもまいっとる様だが、あんたも随分悩んどるのう」
 リンはモルドの方へ少しだけ目線を動かしたが、すぐに正面に戻して口を動かした。
「あたしは、ジーノとフィーの二人は互いを大切に思い合っている相棒だと思ってたんです。でも、ジーノの最近の態度を見ると…」
 そう、ジーノはあれからフィーの様子を見に行こうともせず、鍛錬ばかりしている。役に立たなくなったら、必要無くなったら、ジーノは迷いなく捨てるのか?そんな人間について行けば、いつかまたあの時の傭兵たちのようにジーノも裏切るのではないか、そんな不安でリンの頭の中でもやもやしていた。
「ジーノのことを信じられんか?まあ、あいつはこんなとこだけ師匠似で不器用じゃからなぁ」
そう言いながら笑顔を浮かべるモルドの顔には、心配など一つもないように見える。
「?」
「まあ、あいつにはあいつなりの”想い方”があるってことじゃよ」
 リンには結局、モルド爺さんの言っている様な、ジーノの考え方まではよくわからなかった。

 それから1週間ほどが経過して、2日後にはジーノ達がミラージュへ出発することが決まったその夜、フィーは自分の部屋に誰かが入ってきたことに気付いていた。
 フィーは毛布にくるまったまま、どうせリンが食事を下げに来たのだろうと考えて、いつものようにじっとしていた。
 ガバッ
 いきなり毛布を引っぺがされてフィーは戸惑った。当然のことだが、毛布をはがされてもフィーの視界が明るくなることはない。
「フィー、起きているな?お前に、渡しておくものがある」
 いきなりだったので混乱していたフィーは、口をポカンと開けてベットに丸まったままだった。
 その手をジーノに無理矢理掴まれ、何か紙のようなものを握らされた。
「これ、は?」
「お前を所持していることを証明する書類だ」
 フィーの指に力が入り、書類にゆっくりとしわが入っていく。
「これを役所に持って行けば、お前は…」
「私はもう必要ないんですか?」
 ジーノの言葉を遮ってフィーは捲し立てる。
「私はジーノさんのモノです!ジーノさんと一緒に居なきゃいけないんです!!」
 フィーはジーノの服を掴んで力いっぱい引きよせた。ジーノの胸に顔を埋め、泣きじゃくるようにフィーは続けた。
「私は、ジーノさんが望むなら…!」
 仕舞には震えだしてしまうフィー。
 そんなフィーの頭上にジーノは右手を持ってくると、ゆっくりと握りこぶしを作って、そのまま振り下ろした。
 ガツンッ!!
「へぷぅ!!」
 予想だにしていなかった痛みがフィーの頭を襲う。
 ジーノは両手で頭を抱え込むフィーの胸倉を掴んでベッドに押し倒すと、頭突きのような勢いでフィーの額と自分の額を衝突させて口を開いた。
「甘えんな」
「はひ?」
 拳骨のせいか、頭突きのせいか、舌を噛んでしまったようで妙な返事をしてしまうフィー。
 そんなフィーの様子に何ら構うことなくジーノは続けた。
「俺は、俺達は今まで奴隷とその所有者という立場はあっても、助け合ってやってきた。少なくとも俺は、お前を一方的に保護していたつもりはない!今までも、これからもだ!!」
 ジーノの手に力が篭る。
「俺について行きたいのなら、俺の命令なんか無しに、自分で選択して見せろ!」
「でも…。でも!私はもう目が…!!」
「そんなん知るか。自分で何とかして見せろ」
 ジーノは胸倉を掴んでいた手を離すと、拳骨で叩いた場所をなでながら、優しく諭すように言った。
「時間がどれだけかかってもいい。お前のやりたいことをお前なりのやり方でやってみろ」
 フィーの目は確かに見えていない。それなのに何故かフィーには、微笑んでいるジーノの顔が見えた気がした。
 それは一瞬で消えてしまうような儚いものではあったが、フィーにとっては確かな、そして何よりも大切なモノだった。
 ジーノは立ち上がると部屋の出口の方へ歩きながら、振り向かずに口を開く。
「まあ、お前みたいなちっこい奴の居場所くらい、いつでも空けといてやるよ」
 フィーは自分の中に浮かんだジーノの微笑みに負けないような笑顔を作ると、いつもの調子でジーノに答えた。
「居場所、大きめに取っておいてください」
「?」
「ナイスバディになって追いかけますから!」
 ジーノは少しキョトンとすると、小さく笑った。
「ああ、期待しないで待ってるよ」
 そう言いながらジーノは部屋を後にした。
 それを確認したフィーは、目を覆っている包帯をゆっくり、ゆっくり外していく。
 その瞳に光は映らなかったが、確かな決意が宿っていた。

       

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