Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
宗教国家ミラージュへ

見開き   最大化      

 ミラージュへ向けて出発してから3日、いろいろ迷っていたリンは、結局ジーノの隣を歩いてる。

 出発直前になって急に自分ひとりで歩く練習を始めたフィーを見て、リンはただ驚くしかなかった。おまけに「自分がいない間ジーノさんのことはよろしく頼みますね」なんて言われると、ジーノについていかないわけにはいかない。
 まあ、そんなセリフがフィーから出てきた時点で、リンの悩みは解決したも同然ではある。「フィーに何かしたのか?」とジーノに問いかけてみても、ジーノは「別に…」と言うだけでリンにはよくわからないままだった。

 出発してから半日くらいはそんなことを延々と考えていたリンだったが、今はそれ以上の問題が浮上していた。
 実は、ここ3日間ほとんど会話が無いのである。ハッキリ言って息が詰まる。
 今まで口がきけず、手話という方法でコミュニケーションを取っていた時は仕方ないが、ジーノは口がきけるようになってもあまりコミュニケーションを取らない人間だった。おまけに常に無表情。愛想のかけらもない。
 リンは此処に来て、フィーの存在がいかに大事だったかを再認識していた。
 まあよくよく考えてみれば、ジーノとの会話の時は常にフィーが一方的に喋っていただけで、ジーノは相槌程度しかしていなかったような気もする。
 どちらにせよ、ただでさえ長旅なのだから、こんな序盤で精神的に疲れるわけにもいかない。そう考えたリンはジーノに会話のネタを振ってみることにした。
「ねえ、あんたはミラージュに行ったことあるの?」
「無いな」
 …。
 ……。
 ………。
 会話終了。惨敗である。
 リンはガックリと首を垂れて、自身の会話能力の無さに大きくため息を吐く。しかし、こんなことで落ち込んでいるようでは、フィーに合わせる顔が無い。
 そう考えて、リンが再び意を決して口を開こうとしたその時だった。
「リン、お前はどの程度ミラージュについて知っている?」
 唐突なジーノの問いかけに、リンは少しばかり戸惑いつつも何とか答える。
「え!?あ、あんまり知らないわね。宗教が国で大きな影響力を持ってるってことくらいしか…」
「なら、俺の知っている限りで教えておく。事前情報は仕事をこなす上で重要だからな」
 そう言いながら珍しく(というか初めて)ジーノの長い説明が始まった。

 クレスト皇国の北に位置する国、宗教国家ミラージュ。その名の通り宗教が中心の国である。宗教名はオラクル。
 リンは宗教が影響力を持っている国と言ったが、厳密に言うと少し違う。その説明のために、少しばかりミラージュ建国の大まかな話をしよう。
 国ができるよりも以前、今現在ミラージュがある場所には小さな国々が点在していた。しかし、ある時期よりこの宗教は民族や人種に関係なく多くの人に信仰された。人々が助け合い、協力して互いを守ることで”皆の幸せの実現”を教えとしているオラクルに、独裁制度をもつ国家は次々と打ち壊されていく。
 しかし例え国家が打倒されても、そこに居た民がいなくなるわけではない。ただ教えを諭すだけの宗教のままでは、信者達を守れないと考えたその時の教祖は、信者達を集め、国という形式で皆を”統率”した。
 故にオラクルが国に対して影響力を持っているのではなく、国の権力そのものを持っているということになる。

 まあ成り立ちについてはこのくらいにして、今ミラージュはその教えに基づいて、どういった国になっているのかという話をしよう。
 まず最大の特徴としてミラージュには通貨、紙幣が存在しない。それなら買い物は皆物々交換なのか?となるが、そうでもない。
 基本的にミラージュでは、無料で物を買うことができるのである。
 人々が助け合い、協力して互いを守ることで”皆の幸せの実現”を教えとする社会。故に皆が互いに奉仕し合い、信頼することで成り立っている。皆の信仰心がよほど深く、根強いものでなければ簡単に崩れてしまうだろう。
 そんな国だからこそ、入国には厳しい制限が存在する。外国人は入国後の行動、期間などを厳しくチェックされ、国内に居る間は常に監視が就くことになる。
 まあそもそも、よっぽどのことが無いと入国審査には通らない。

 ちょうどそのへんをジーノが説明しているところで、リンが口を挟んでくる。
「ちょっと待って。じゃあ、あたし達はどうやってミラージュに入国するのよ?」
「安心しろ。ちゃんと依頼主から書状を預かっている。これですんなり入国できるんだそうだ」
 リンはあからさまに顔をしかめながらジーノに訊ねた。
「あのエネって人、何者?信用して大丈夫なんでしょうね」
 そんなリンの不安を何ら意に介さずに、ジーノは口を開く。
「さあな。だが、あの女の組織に関する情報は確かだ」
 リンはがっくりと肩を落としながら、不満を漏らす。
「やっぱり今回の依頼も連中絡みなのね」
 そう言いながら、リンはまだ治りきっていない自分の左手を見つめた。

     

 ジーノ達がそんな話をしている頃、ジリエラシティにある宿屋の一室、そこでエネは手紙を書いていた。
 コンコン
 部屋のドアが叩かれる。エネは書いていた手紙を鞄にしまい、万が一のために机の下で短剣を握る。
「どうぞ」
 ドアが開くと、そこにはフラッグといつもその補佐をしているカストールが立っていた。エネは肩の力を抜いて握っていた短剣をしまう。
「エネの姉さん、傭兵の兄ちゃんはもうミラージュに向かったんだろ?なら俺らの役目はもう終わったんじゃねーのか?」
 そんなフラッグの言葉にエネはくすりと笑って、さっきしまった手紙を机に戻した。
「いいえ、あなた方にもまだやってもらうことがあるわ」
 その言葉に、そっぽを向いて舌打ちをするフラッグ。手紙の続きを書き始めたエネに、フラッグの隣に居たカストールが話しかけた。
「あの、一ついいスか?」
 エネは手紙を書きながら、横目でカストールをちらりと見てから許可を出す。
「どうぞ」
 そう言いながらも、エネの手紙を書く手は止まっていない。
「何故ミラージュに行くのが我々でなく、あの傭兵なんスか?」
 その質問を聞いてエネは手紙を書く手を止め、顎に手を当てながら答えた。
「そうね…。まず1つは、あなた達は落ちこぼれ部隊とはいえ、この国の正式な騎士だから」
 カストールは眉をひそめる。この国の騎士ではできない、とエネは言っているからだ。
「2つ目は…、あの子たちが生き残ったからかしらね」
「あ?」
 その答えに思わずフラッグも口を挟む。
「仮にもあの村にはコトダマ使いが3人居たのよ。いえ、到着時に一人死んでるから2人かしら。まあ、そんな状況で生きて帰ってきたあの子たちの悪運に、期待してるってところよ」
 その言葉にカストールは絶句する。この女はあの3人を、はじめから捨て駒として平然と使っていたのだ。カストールがエネへの警戒心を高めている所へ、フラッグが口を挟んだ。
「さっき言ってた、到着時に一人死んだってのはどういうこった?」
 そう、ジリエラシティの騎士の報告では確認されたコトダマ使いは二人だ。ジーノの報告でもそれらしい話はない。
「まあその部分が、ジーノ君にミラージュへ行ってもらう理由の一つなのよ」
 そう言いながら笑顔を作るエネ。
 どうやらこれ以上話す気はない様だ。
「まあそれはいいけどよ、結局俺らは何すりゃいいんだ?」
「あなた達には今書いてる手紙を、ルグレンにいるある人物に届けてもらうわ」
 あからさまに嫌そうな顔をしながら、フラッグは抗議する。
「またルグレンに戻れってか。手紙くらい郵便で出せよ、めんどくせー」
「あなた達にはそのまま、手紙の受け取り主を警護してもらわなきゃいけないから、そういうわけにもいかないのよ」
 それを聞くとフラッグは部屋の出口へと向かいながら、カストールに命令した。
「俺は出発するまで寝るから後は任せるぞ。いいか、ギリギリまで起こすなよ」
 ドアが音を立てて閉じられる。
 残されたカストールは少し呆気に取られていたが、気落ちした声でエネに軽く挨拶をして部屋を後にした。

       

表紙

興干 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha