わが地獄(仮)
瑞っ子戦線異常なし
おれは消されるかもしれない。そんなのはわかってる。
でも、それでも構わないと思った。
このために、おれは小説を書いてきたんだと思った。
この文章を読んでいるのが、同胞か、それともそうじゃないのかおれにはわからない。決めることもできない。だから、おれにできることは、おれがやったこと、見たことを、あんたに伝えて、この紙を川に流すことだけだ。
おれは、電撃文庫でライトノベルを書いている作家だ。二本書いて売れなかったからすぐ干された。だからここでおれのペンネームは出さない。もし気になるんだったら、この文章の癖とかから探してみてくれ。時間の無駄だと思うけど。
小説家を志すやつっていろんな理由があると思う。チヤホヤされたかったり、アニメ化されたかったり、金が欲しかったり。
ほかの誰にも追いつけないセンスを持て余してたり。
おれは、そのセンスを持ってる作家をひとり、知ってる。
一度読んだら、もう他の文章が読めなくなる。味気なくなる。そんな麻薬みたいな文を書く。
筆名を、秋山瑞人っていう。
この瑞人っていうのは秋山さんが大学生だったときに入ってたゼミの教授の名前らしい。
小説を書くゼミの先生の名前をペンネームにつけるってことは、それなりに恩師だったのかもしれない。
秋山さんはSFとミステリが主食。著者近影が怖くて、古橋秀之って人の後輩。この人もすげえ小説書くんだけどそれは置いとく。
秋山さんは1998年に『E.G.コンバット』でデビューした。そのときおれはまだ八つで、ライトノベルなんか読んじゃいなかった。だからEGCを読んだのは大学生のとき。
あんたの手元に検索端末があって、おれの文を読みながらグーグルを開いているんならもうわかってるかもしれないけど、この小説の最後の巻はいまだに出ていない。
EGCの三巻を出したあと、秋山さんは『猫の地球儀』『鉄コミュニケイション』『イリヤの空、UFOの夏』『ミナミノミナミノ』『DRAGON BUSTER』を出して、沈黙。このなかで続きが出てないのはDRAGON BUSTERとミナミノミナミノ。
どうして続きが出ないのかってことは、瑞っ子、つまり秋山さんの文章じゃなきゃヘドが出そうになるおれの先輩たちがいろいろ議論し続けた。
いわく、FFのせいである。
いわく、売れなかったのである。
いわく、もうやる気がないのである。
秋山さんは露出が少ないから、インタビューとか講演会とか情報源になりそうなものはものすごく少ない。餓えるくらい少ない。おれはネットを漁りまくって、単位もとらずに秋山さんの行方を、EGCの行方を追った。
見つけた。
――EGCの原稿が残ってるとしたら、峯さんのHDDだろうね。
おどろくほど迷いはなかった。
おれは、電撃文庫のライトノベル作家になるって決めた。
EGCの、原稿を見つけるために。
三回投稿した。
二回落ちて、最後のが編集の目に止まってデビューできた。その編集が峯さんだったことをおれはいまでも運命だと思ってる。
おれは瑞っ子だけど、秋山さんみたいな文章を書くつもりはなかった。おれは、おれの道をいく。
EGCの原稿を奪取するのは、あくまで読者としてだ。盗作する気もないし、そこから発想を得ることもないと思う。おれは、ハルカみたいに元気な女の子は書けないし、ドクロに糞をつけて決闘も予告しない。おれが書くのは――やめとこう。おれの話はいい。
いろんな作家の誕生と死を見続けてきた生ける電撃のアカシックレコード峯さんも、自分のHDDを狙いにぺーぺーのチンピラが作家になりにやってくるとは思わなかったのだろう。おれが冗談半分のついでみたいな雰囲気を装ってEGCの原稿の話に触れると、ちょっと引きつった笑いをして、首を振った。秋山さんに連絡が取れないので、許可を取ることもできなかった。
だから、やるしかなかった。乃木坂春香と禁書と俺の妹がこんなに可愛いわけがないのポスターに囲まれた編集部で、峯さんの背中にくっついて歩きながら、おれは、作戦を練った。
どうしても読みたかった。
なにに代えても、読みたくてしかたがなかった。
あんたがこの気持ちをわかってくれる人だと、嬉しいんだけど。
いつもUSBメモリを持ち歩いていた。隙を見てデータを根こそぎぶっこ抜くためだ。
しかし作家が編集者のデスクに座ってはなくそほじりながら何かをダウンロードしていたらそれはどう見たって裏切り行為の逆賊誅すべしってなる。峯さんのHDDには他の作家の未発表原稿だって入ってる。いくらおれが秋山シンドロームを訴えたところで許してはもらえないだろう。
それでもチャンスがあった。峯さんのHDDに入ってるエロゲをもらえないかと頼み込んで、デスクに座った。
夢と希望が予約されたUSBメモリを突き刺す。そのとき、峯さんの電話が鳴った。じゃ抜いといていいからはいはいもしもしええはいはいええうんちょっとアニメ化は無理かな時期も早くない?
ああ、持つべきものは瑞っ子。
おれは電撃作家の瑞っ子に電話を頼んでおいたのだ。
ごちゃごちゃしたHDD内を嗅ぎまわり、邪魔なデータをもう二度と見つけられそうにないフォルダんなかに突っ込み、そして見つけた。
タイトルは直球だった。
秋山瑞人フォルダ。
おれはそれをUSBのなかにありったけ積み込んだ。
そしたら、
警報が鳴った。
中学二年のときだってこんなにやんちゃしたことはない。
おれは電撃のビルから窓をぶち破って飛び降り、タクシーを捕まえた。通りではコスプレ大会が開かれている。けいおん、俺妹、はがない、GJ部……
「すいません、とにかく遠くへ」
運転手は嫌そうな顔でアクセルを踏み込んだ。ビルの窓からおっこちてきた排泄物をお断りできないほどタクシー業界も苦しいらしい。
おれは愛用のノートPCにUSBを突っ込み、もう戻れないだろう電撃文庫編集部を振り返りもせずに、フォルダを展開した。
あった。
EGコンバット最終巻は上下構成と上中下構成、両方秋山さんは書き上げたといっていた。その通り、フォルダにはその両方のデータが入っていた。
EGF。
おれは、不老不死の方法を見つけたに等しい。
緑の月の秘密が、人類史上あらゆる瑞っ子が憧れ到達できなかった至高の小説が、いま、このおれの手中にあるのだ!
夢中で読もうとして、ふと、ほかのフォルダがあることに気づいた。
そりゃあ思わず叫んださ。
だって、それは、ドラゴンバスターとミナミノミナミノの二巻だったんだから。
それだけだったら、おれは超ハッピーなやつで終わってた。
でも、それだけじゃなかったんだ。
フォルダは無数にあった。
おれの知らないタイトルが、そこにはあった。
フォルダのデータは、半年ごとの間隔があいていた。
未発表の秋山瑞人の小説の、巣だった。
理科離れ、という単語をご存知だろう。一週間ニュース見てりゃ嫌でも耳にする、かどうかはわからないが、現代社会の病魔の一種だ。ちなみに、おれも理科は好きじゃなかった。炸裂しそうな腹痛の特効薬の調合が授業予定に組み込まれていない時点でニーズってもんがわかっちゃいねえんだ文科省は。
とにかく、最近のガキは、おれも含めてクソッタレで、いくら噛み砕いてもSFを理解しないのだという。
だから、サブカルチャー業界はある協定を結んだのだ。秘密協定だ。
電撃の、角川スニーカーの、富士見Fの、ガガガの、GAの、ファミ通の、HJの作家たちは、ある日、一通のメールを受け取ったのだろう。どんな気持ちがしたのか、それは彼らが去っていったことからわかる。
けいおんみたいなやつを書け。
それ以外は全部KILL。
けいおんは、売れすぎた。2ちゃんのスレが、サザエさんの足元に届いてた。
いや、きっともうだいぶ前から手遅れだったのだ。
今月の電撃の缶詰には、もう、日常ものしかない。
この大津波を回避したのは禁書だけだ。
剣も魔術もIFFデリートもぜんぶ過去の言葉になった。
世界はどれだけ幸福な日常を描けるか、鼻につかず、苦痛が一切存在しない世界を作れるかに躍起になっている。
現実は来週の幸福を待ち望むまでのラグタイム。ハヤカワ文庫はなくなった。うぶちんは世界一周旅行に出たまま帰ってこないし谷川流は驚愕をVIPのSSライターに任せてこたつで寝てる。
EGFだけじゃない。
世界から、SFが消えていた。
ゆるせるもんか。
絶対に。
峯さんが放った刺客に追われ、おれはいま奥多摩にいる。が、そんな現在位置はもうすぐ意味を失うだろう。要救助信号は死体の位置を示すビーコンに堕ちる。
あんたに頼みがある。
おれは、USBを隠した。
あんたが、瑞っ子ならきっと探し出せる。
中身は、あんた次第だ。
時代の流れに逆らっているのはわかってる。
けいおんが治安をよくしたのも知ってる。
オタクと一般人が手を取り合えるのはもうすぐそこの時代だ。
でも、おれは、瑞っ子だった。
たったひとりになっても、秋山さんが小説を書かなくなっても、おれは瑞っ子なんだ。
出会っちまった。
読んじまった。
頭の中にイメージが溢れかえって、塗りたてのペンキみてえだった。
いまでもイリヤを読んだときのことを覚えてる。
もう時間がない。足音が聞こえる。9mmをぎっしり詰め込んだMINEカスタムが、すぐにおれを蜂の巣にするだろう。
そろそろこの手紙にもケリをつけよう。
秋山さん。
おれ、しあわ
<COUTION!>
この作品はフィクションです。
実在の団体、人名、作品とは一切関係ありません。
また、よい瑞っ子はこんなキケンを犯すことなくEGFを読むチャンスを窺いましょう。クリア・エーテル。