Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
健忘症

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 交通事故に遭った。外傷はほとんどなかったが、脳にわずかな歪みが残った。そのせいで、おれは若年性健忘症、新しいことはなにもかも忘れてしまうことになった。『メメント』をツタヤで借りて見たのが最後の記憶で、それから先のことは覚えた端から忘れてしまう。それにあれはあまり面白くなかった。でも、映画なんて出会い方ひとつ、いずれべつの機会に見れば面白いのかもしれないが、しかし実際に記憶喪失になって見てまで面白くないのであれば、見込みなし、そうじゃないか?
 おれは病室にいる。時計を見ると午前十時。今日は仕事が休みで、おれは病院に来たのだろう。主治医はおれをニコニコと見ている。まァ好きにするがいい、おれはなにも感じない。
「あなたの記憶は簡単に言うと、ほかのひとよりもそれを入れる器が小さいのです」
「なるほど。で?」
「入れれば入れるほど零れるのだから、あなたがこれからやるべきことは、記憶の選別です。なにを覚えていて、なにを忘れるのか? それを自分で選択していかなければならない。でなければ、もはやまっとうな生活は不可能でしょう」
「仕事はどうなるんです」
「仕事はできますよ」
 その根拠のない説明におれは安心した。
「で、おれはどうすればいいんです?」
「記憶の選別です」と主治医は言った。
「もはや長い記憶を持つことはあなたにはできない。だから、なにを覚えるのか決めるのです」
「そんな努力をしたって、大したことは覚えていられないんでしょう」
「だから、選ぶのですよ。それに悪いことばかりじゃない。小さな器に記憶を入れれば、溢れますが、逆に言えば『溢れるまで入れられる』ということです。ふつうの人間にはそこまで器を満たすことはできない。疲れたもう無理といっても余裕があるものです。だから、器の中の記憶の圧力はそれほど高くはならない。でもあなたは、溢れるまで入れられる。その器が限界を迎えるまでの圧力をかけられる。それはつまり記憶の内圧が……」
 おれはそれ以上、主治医の話を聞いているつもりはなかった。なぜってもう最初のほうを忘れてしまって、これ以上は聞いていても無駄だと思った。だから席を立って、帰ろうとして、そしてドアノブの開け方を忘れた。



       

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