わが地獄(仮)
天使の仕事
「あなたはかつて生命を造ったのです」
と天使はおれに言った。そりゃあそうだろうとおれは思う。なぜならおれは全知全能の神、生命の一個や二個は造ったことくらいある。それが仕事だった時もあるだろう。だからといってまたそれを造れと言われたって困るのだ。神様だって休暇は欲しい。特に救いたい誰かの運命を滅ぼした後なんかは。
「だれの声にも耳を傾けず、あなたは生命を造ったのです」
そんなふうに造った生命が不幸に死んでいくのがおれはいやになったのだ。生きられたはずの生命が誰かに踏み躙られて死ぬのがいやになったのだ。そんなのおれは見たくない。自分が造ったものなのだから。
柔らかいものが次第に固く凍りついていく。もう動いたりしなくなる。そうなるために生命を吹き込むことのなにが楽しい。おれには分からない。
「あなたがなにかを産めば、そのなにかはいずれ死ぬでしょう」
「そうなんだ、それが問題なんだ。おれはもう死を見たくない。あれはつまらないものだ。全知全能のおれにもどうすることもできない無意味さだ。あんな寂しい思いをするのなら、おれはもうなにも産みたくないのだ」
「しかしそれでも、あなたに産み落とされた生命は、あなたに感謝していたはずです」
天使は赤い目でおれを見ている。
「たとえ最後はあなたを恨んで死んだとしても、産まれてきた喜びを味わったことがあるはずです。それがどんな冷たい路地裏で目覚めた朝であっても、誰からも愛されず名前を呼んでもらえず終わった生命だったとしても、あなたにそう、祈りでなく、ただ喜びを伝えたいと思ったことがあったはずです」
おれはなにも言えない。
「意味とか、価値とか、そんな概念ではなく、生命はあなたを呼ぶのです。だからあなたはここにいる。あなたにはまだ産み落とせるものがあるはずです。どんな醜い生き物でも、かまいません。あなたの名を呼ぶ口がなくとも、あなたの名を想う心を持つ生き物ならば」
おれは、器の中を見る。
そこにはぶよぶよした青い水が溜まっている。それは冷たく、わずかにねばついていて、おれの指に絡みつく。いつもだ。いつもおれはそこに手を突っ込み、おれの名を呼ぶもののかたちを想像しながら、いまだ存在したことのない生命を造り出す。やがてぬるくなって熱を帯びるかもしれない生命の素。だが一度造ってしまえば、避けられない、滅びの宣告。
なぜいつもおればかりが、こんなに苦しいこと――それでも、確かにそう、天使の言う通り、おれは名を呼んでもらえる。それは名を持たぬ天使には望んでも叶わぬ瞬間。おれにはそれがある。天使がおれを見ている。おれは器に手を差し込む。
いずれ死ぬものを呼び出すことが、正しいはずがなく。
それでもおれは、見たいのだ。望むのだ。ただ一瞬――――…………
誕生を。