Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
トカゲ人間

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 トカゲ人間になってみた。
 まず、視界は人間のそれとそんなに変わらないようだった。ただ、止まっているものはいまいち輪郭が掴みにくく、動いているものは鮮明に光の尾を引いて見抜くことができた。薄ぼんやりとした背景の上で、動くものだけがスポットライトを浴びているようだった。
 肌はやっぱりザラザラしていた。表面はいわゆるワニ皮のようなレザー感で、腕をひっくり返してみると内側はぷにぷにしていた。ただ筋肉に力を込めると、筋骨隆々に一瞬で硬化した。そのへんの丸石を握って力を入れてみたが、少し気張れば粉々に砕くことができた。
 立ち上がって、歩く感覚は、膝の骨格が人間と少し違うのか、つんのめるような感じがあった。常に前に出ようとしている感覚。人間だった頃、エスカレーターに乗っているときに後ろに転ばないように前傾姿勢になったあの感覚に、安定したバランスの実感が加わっている。それが正しい姿勢のようで、前に出やすいだけで転びそうな不安定さはない。
 軽くトットットと走ってみたが、子供の頃に戻ったように身体が軽い。足腰の筋肉が瞬発力向きのようで、長時間のマラソンなどは体力が続かないかもしれないが、一瞬で獲物に向かって走るような動きは容易くできそうだった。
 人間だった頃が、風邪を引いて具合が悪いだけだったような気がした。
 生殖器に関しては、噂を聞いていた。爬虫類のペニスは普段格納されていると。またぐらを探ってみたが、どうもスリットらしきものも見つからず、ちんちんを引っ張り出すことができなかった。そのうちできるようになるのかもしれない。
 それにしても、寒かった。
 変温動物だということは知っていた。空を見上げると、怒りと憎しみで真っ赤に染まっていた。この世界を変えてしまった誰かの怨嗟が聞こえるようだった。可哀想だな、と思った。誰も、この世界の神様の声をちゃんと聞いてやらなかったんだろうな。
 だから、陽の光はちっとも優しくなく、不機嫌な雲を通過してきたそれは俺に届く頃には減衰してしまって、体温を維持できるレベルではなかった。見渡すかぎりの荒野、地平線の向こうまで、時々、陽光が集まっている部分が円形に照らされていた。いわゆる天国への階段というやつ。そして俺たちトカゲ人間にとっては、体温を上昇させるためのホットスポット。
 俺は、そこに向かって歩き始めた。寒くて寒くて仕方なかったが、動けなくなるような感覚はない。むしろ、常に減り続けるゲージを監視しながら、それまでどう効率よく動けるか、というような気配。おそらくそのゲージがゼロになったら、電池が切れたように動けなくなるんだろう。
 それまでは、歩いてみようと思う。



       

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