わが地獄(仮)
ゴミ
ふらっと喫茶店に入った。
コーヒーの頼み方がわからない。どういえばいいのかわからない。だからアイスティーといった。アイスティー。ないわけはなかろう。店主なのか、二十台後半に見える女性は笑顔でアイスティーを出してくれた。のんでみる。味がしない。冷たくはある。
ぼんやりとカウンターに座りながら、新聞のラックを眺めた。立ち上がって新聞を取りにいく気にはなれない。かといって手持ち無沙汰でぼんやりするのもいやだ。携帯電話はとっくの昔に解約していた。
お持ちしましょうか、と店主が言った。俺は結構です、と答えようとして、結構ですにまとわりつく嫌なイメージのせいでその言葉をうまくいえなかった。俺の知っている結構ですは悪いイメージのものしかなくていいイメージの結構ですが俺の脳にはないので俺は結構ですということができないのだ。だからあーといった。会話が途切れたといっていい時間が流れてから大丈夫ですと答えた。何が大丈夫なのか。店主は笑顔でそうですかと言って引き下がってくれたがその頬にわずかな緊張が走ったように俺には思えた。妙な客だと思われたかもしれない。いや思われただろう。俺なら思う。
そのままぼんやりと午後の日差しに打たれながらただ座っていた。30分もすると店主がそわそわし始めた。早く帰ればいいのにと思っているのだろうか。ほかに客はないが、だからといって注文もしない胡散臭い客がカウンターにいるのも迷惑なのかもしれなかった。だが、俺にはもう立ち上がっていく場所がなかった。
何をするでもなくその場にい続けたかったが、俺の方が沈黙に耐え切れなかった。逃げるように勘定をすませて店を出た。二度といくまいと思った。悪い店だったからじゃない、感じのいい店だったからこそ、俺はもういきたくなかった。
外へ出て後悔した。恐ろしいほどのスピードで走る車の音がぶつかってきてしりもちをつきそうになった。俺は逃げるように大通りから離れた。かといって真昼の住宅地を小汚い男がうろついていたら通報されても文句はいえない。俺は立ち止まった。大通りか住宅地か。大通りはいやだ、けど住宅地もまずい。おかしなことに俺は何もない道端で立ち止まってしまった。どこへもいかれない。それでもその場で突っ立っているわけにもいかずによろめくようにして住宅地へ進んだ。
掃除機の音がする。掃除機。昔はお袋もよくかけていた。今はもうかけない。何年もかけない。家事をする余力が俺の家族の中の誰にも残っていないからだ。二階建ての一軒家に住んでいるというと金持ちのように思われるが数年前に破産して今は手放している。元から無理なローンだったのだ。おやじは俺が就職して少しは金を家に入れるだろうと期待していたのかもしれないがごらんの有様でどうにもならない。一家は離散した。親父はたぶんもとの職場で働いている。お袋もパートをどこかでしている。妹は嫁にいった。俺は何もかもから逃げ出した。もう人間らしい暮らしをしていない。
無銭飲食だけで暮らしている。それも限界が近い。ほとんど水しか飲まない日が多かった。耐え切れなくなると盗み食いをしにいく。コンビニは意外とむずかしい。牛丼やは食券だとアウトだ。それでもなんとかぬるい店を選んでいくがさすがに一度やった店は二度とはいけない。意外に大丈夫なのかもしれないが試す勇気はない。
公園についた。少子化の影響で子供の姿はない。もう何年も赤ん坊を見ていない。俺はベンチに腰かけた。ぐちゃっと何かを踏んだので尻を上げると中身のつまったコンドームだった。俺はそれを指先でつまんで茂みの中に投げ込んだ。
ぬるい日差しの中にいる。
この生活で辛いのは、退屈と飢餓だった。退屈、というよりも憂鬱は馴染み深いものだったが飢餓は本当に辛かった。胃がメシをよこせと何度も何度も苦痛を与えてくるのだ。今まで散々俺を苦しめてきた大腸は掌をかえしておとなしくなっている。あれほど痛みを与えてきたくせに。おまえのせいでロクに生きられなかったのに。大腸はなんともいわない。
腹をさすりながら思う。俺の気持ちは誰にもわからない。俺が痛い痛いといっても誰も痛みを分かち合ってはくれないのだ。子供の頃、あまりに腹が痛いのでドアを蹴っ飛ばしたことがある。自分の腹を泣きながら殴りつけたことがある。大学の授業中、出席のためだけにひとりぼっちで席に座っているとき、出席表が回ってくる直前に腹痛が炸裂して教室を飛び出した時などは笑えたものだ。なんのために生きているのか悪臭のする糞の上で何時間も悩んだものだ。俺は痛いのにあいつらは痛くない。俺は痛いのにあいつらは痛くない。俺はそれがどうしても許せない。俺に何か言えるのは俺の痛みを超えられたやつだけだ。そんなやついない。だから俺は誰の言うことも聞かない。
だからこうしてここでゆっくり死んでいく。
痛いのである。苦しいのである。でもそんな風に世の中に蔓延している苦痛の絶叫などというものはどこにもあふれているもので、珍しいもの好きの世界というやつは苦痛の程度で俺を助けてくれたりは決してしない。決してしない。決してしない。
息をするのも困難なのである。体力に恵まれた連中には決してわかるまい。そうしてそういう恵まれたやつらこそいうのだ。どうしてそんなおなか痛いの。いつもじゃん。そんなんじゃ働けないよ。いつも文句ばっかり。
お望みどおり死んでやるからよく見とけ。
くそったれの恵まれ屋どもが。おまえらが幸せに生きているから俺がこんなに不幸なのだ。てめえらに俺と同じ人生ができるものか。数秒で音をあげるくせに。この痛みを知らないくせに。強いくせに。正しいくせに。この俺によくもそんな口が利けたものだ。
こんなはずじゃなかった。あるいは想像通りだった。所詮この程度が俺の人生の関の山というやつなのだ。俺は痛みに勝てなかった。苦しかった。辛かった。もういやだった。楽しい気分が長く続かず不安ばかりが募っていった。一瞬の喜びのために為す何事も俺を真に救いあげてはくれなかった。
神経が過敏になっていた。落ち葉がささりと音を立てるだけで飛びのいた。いったい俺は何と戦っていたのか。洒落で済まずに俺は何かと闘っていた。不安とだ。自分自身とだ。誰も助けてくれないからこんなはめになったのだ。
畜生!
俺はベンチに横になった。ああ、と思った。どうやら最後に水のみ場までいく体力も尽きたらしい。これで俺は暫定的に死んだ。あとは死ぬしかない。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ……
そう思いながら頭の中、どこまでも冷静で強靭な意識の欠片が、ここから生き延びる算段を弾き始めた。もうよせといっているのにそいつはやめない。雨でも見上げるようにそいつは思う、ここから生き延びたら俺はまた一つ強くなる。強くなってどうするという展望もなく頭の中の電卓がその冷徹な計算をはじき出し、俺はベンチから転がり落ち、ごろごろと転がって水のみ場へいき水を出す。顔面から水を飲みながらここから一番近い無銭飲食できそうな店を思い出す。乾いた意識が俺を生かす。いつものまどろんだあいまいで脆弱なシロモノではなく、生きるための生きるだけの意識が顔を出す。冷徹に考える。生きるか死ぬかは問題じゃない。何をするのかが問題だった。