Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
南の島

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 宝くじが当たった。それで南の島で暮らせるという。
 俺はその日のうちに大学を退学して、スーパーヘリコに飛び乗った。奨学金は完済。家族に達者を伝えて雲の上。
 南の島へついた。
 綺麗なところだ。第三惑星色をした海と星の欠片のような砂浜が温室効果ばりばりの太陽光に照らされて、熱中症にならない程度の夏を演出している。ここは常夏の島。もうなにも悩まなくていい島。
 ヘリコから海へ飛び降りる。俺は手ぶら。Tシャツと短パンしか装備はなし。まるで小学生。それでいい。ここは大人にならなくていい島。
 水をなめてみて驚いた。うまい。そういえばパンフレットに書いてあった。この島の周囲にはこの島を守るようにぐるりと環状の島があるのだ。だからここの水は海水でなく湖水なのだ。飲める。おいしい。もう塩辛いのはたくさんだ。
 俺は全裸になってはしゃぎまくった。太陽がまぶしい。泳げもしないのに水に触れるのが楽しい。ここには恐ろしいサメはいない、はさんでくるカニもいない。やさしくて綺麗な熱帯魚のような稚魚がいるばかり。目を楽しませてくれるものばかり。
 俺はぷかぷかと浮いた。泳げない俺でも自然と浮くようにできているらしい。すばらしい。実に手のこんだ理想郷。
 ふいに俺を呼ぶ声がした。振り返るとメイド服を着た金髪碧眼の美少女が笑顔でこちらに手を振っている。俺はあわてて服を着ようとしたがもうすっかり流されてしまっている。仕方ないので全裸で砂浜にあがった。少女は気にしない。俺は喋りかけてみたが、彼女は日本語がわからないらしい。彼女は英語しか喋れなかった。それでもかえってそっちの方が気楽かもしれない。最初から通じ合えないと分かっていた方が。
 俺と少女は森の中を歩いていった。俺は全裸で、虫などに取り巻かれたらちょっと悲惨だったが、この森には人間に害をなすものはないらしい。おまけに素足で踏みしめる地面は食べてもいいくらいに滋養を含んだミネラルグランド。科学ってすげえ。
 森を抜けると、芝地に出た。ゆるやかな丘陵の上に洋館が建っていた。あそこが今日から俺の住む家だ。俺は少女に手を引かれながらその洋館へ入っていった。
 すばらしい日々だった。
 朝、少女に起こされて朝食。起き抜けに食欲の湧かない俺のためにハムエッグにトーストがほとんどだったが、たまに味噌汁とししゃもと納豆ご飯が出てくる。わざわざ言わなくても少女は前日の俺の顔色から翌朝の希望を察してくれた。メイドの鑑。
 朝食が済むと少女は屋敷内の掃除を始める。俺は書斎にこもって最高級の椅子にもたれながら読書。本はアマゾンで頼んでスーパーヘリコが届けてくれる。わざわざ本の詰まったダンボールのために週一で南の島まで飛んでくるヘリコが笑える。
 昼食はサンドウィッチか、鮭のおにぎり。くどいほどに毎日同じメニュー。それでも俺はかまわない。偏食の俺にとっては食べられるものは食べられるだけ食べるものだから。
 午後、散歩にいくか、昼寝をするか。散歩にいくときは一人で、どこでも千切れるメモ帳と三色ボールペンをシャツのポケットにしのばせる。こんな辺境まで来て俺は創作をやめられない。
 昼寝をするときは少女に添い寝をしてもらう。少女は俺といるときが一番安心するらしく俺より早く眠ってしまう。その寝顔を午後の日差しを浴びながら天蓋つきのベッドで眺めるのはきっと一生かかっても飽きない幸福。
 陽が翳ってくると少しだけ冷えてくる。洋館にこもって、少女は夕食の支度を。俺はまた書斎で読書か、あるいはその日に思いついたネタを整理する。一日一日、質の上がっていく自分の玩具にじれったい興奮を覚える。
 陽が沈むと、夕食。暖かいスープや、時々は身体が熱くなるほど辛い麻婆豆腐。夕食が一番レパートリーが多い食事の時間だろう。俺はまともにモノを食べられるのは、ほぼ早起きした昼か、さもなくばこの時間帯しかない。
 少女と会話はない。それでも目が合うたびにニコリと笑ったり、はにかんで目をそむけたり、そんな言葉のない伝達が心地よくて仕方ない。それにどうしても伝えたいことがあれば、筆談という手もあることだし。その頃には俺は簡単な英語を、少女は俺の本を読めるくらいには日本語に慣れていた。それでも言葉はかわさない、そんなもの、いらない。
 食事が終わると大浴場で入浴。ガラス張りになっていて満天の星空がそこから見える。インスピレーションが寒気がするほど湧いてくる。
 入浴を済ませ、また読書。オレンジ色の限りなく炎に近い灯りに照らされながら好きな作家の本を好きなだけ読む。時々は小難しい専門書にも手を出さなくてはならなかったけれど、その反動のように普通の漫画も読んだ。「けいおん!」はパラレルワールドに突入してまた高校生編をやっている。
 そうして就寝。俺に寝室はない。昼寝をする部屋で最初は眠っていたが、どうも広すぎた。ので、いまは書斎の中二階、洞穴のようなそこにベッドを持ち込んでそこで眠っている。ここで眠っていれば、夜中いつでも蔵書を取りにいけるわけだ。落ちる心配? もちろんない。書斎の左側からはゆるやかな階段が伸びていて、中二階の踊り場は卓球台を持ち込めるぐらいスペースが開いているし、それほど高所にあるというわけでもない。心配ご無用、もうひどいことは俺の世界観にはなくなった。
 俺がベルを鳴らすと少女が書斎に入ってくる。寝巻き姿。水色のパジャマにナイトキャップ。何度夜をすごしても頬を赤く染めて恥ずかしそうに書斎に入ってくる。俺は少女の手を引っ張って自分のベッドに誘い込む。灯りを消して、身体を温めた後、就寝。飼っている鈴虫が俺の作業机の上でりんりんと鳴いているのを聞きながら眠りに落ちる。ここは常夏の島。もう何も悩まなくていい場所。


       

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