わが地獄(仮)
幸福製造機
幸福機関、というところに就職が決まった。俺はスーツを着て生活するようになった。
入社、というか、入関、してから、俺は先輩に尋ねてみた。
「この機関はどういう仕事をするんですか」
変な話だが、特務機関なので、俺は入関してからも自分の仕事を知らなかった。
それはね、と先輩は言った。
「ロボットの調整だよ」
「ロボット?」と俺は鸚鵡返しに答えた。
「ロボットっていうと、人型ロボットですか」
「君が考えているのは、ガンダムみたいなやつだろうが、ちょっと違う」
「と言いますと?」
「アンドロイドだよ。人間そっくりなロボット。世間には知られていないが、この国の2割の国民はアンドロイドなんだ」
へえ、と俺は言った。先輩は不思議そうな目で俺を見た。
「驚かないんだね。私が聞いたときは、自分もロボットなんじゃないかと恐れたものだが」
「僕がロボットなら、僕はいまでも就職活動していたでしょう」
「ははは、なるほどね。確かにそうだ」
で、と先輩は続けた。
「アンドロイドは、一つの仕事を持って、世間に放たれている。どんな仕事だと思う?」
「えーと。警察とか消防とか、あと、とび職とか、危険を伴う仕事?」
「ちょっと違うな。そういうところには、まァいないこともないが、少ないね、ロボットは」
「じゃあ、彼らはどんなところで、なんの仕事をしているんです?」
無骨な廊下をかつかつと歩きながら、先輩は首を軽く捻って答えた。
「差別される、という仕事をしているよ」
人間はクズである。
結局、どれほど綺麗事を並べようと、人間という生き物は自分より下の人間がいなければ『具合が悪くなる』のだ。
だから、70年代後半、すでに完成していた人造人間の製造技術を使って、人類は一つの決断を下した。
どれほどの不幸も、災厄も、『自分より下の存在』がいれば、救われる。
あいつよりマシだ、と思えることが、どれほどの救いになることか。
神にも天使にも用は無い。もっと、もっとクズを。自分よりも救われない存在を。
人間は、そういうものを求めざるを得ない特殊な猿なのだ。
だから、ロボットたちは差別されるためだけに、醜く、不器用で、愚かに作られた。魂がないから苦しみはしないが、キチンと他者に優越感を与え、軽蔑の念を生じさせる立ち居振る舞いをインプットされて。
それが、昭和150年現在まで延々と続いている高度経済成長と終わらないバブルの正体だ。今も世間は文明の絶頂に酔いしれ、そして当然のように愚図を蔑み、唾し、踏みにじる。
その正体が、なんと人間ではなかったなんて!
俺は悲しい思いを覚えた。ロボットといえば、人間と手と手を組んで未来の平和を作っていく新しいパートナーになると教えられて育ってきたのに、人間は、人間というこの愚かな種族は素晴らしい可能性を秘めたロボットを『奴隷』として社会のカースト制度の一番下に配置したのだ。それだけが、人間という種族の魂の安らぎだと信じて。そして、それは正しかったのだ。なんて悲惨な真実だろう。
間違っていることが、どうあがいても正しいなんて。
気が塞いでしまった俺の肩を、先輩がポンと叩いた。
「気持ちは分かるよ。この仕事を始めて、私も最初は同じ思いに駆られた。でも、すぐに分かるよ。人をいじめている時、誰かより自分は上だと信じられる時の、みんなの輝くような笑顔……それは、真実なんだ。どう頑張っても真実だった。彼らに悪気はなかったし、人間という生き物なら誰でもそういう風に出来ているんだ。君が責任を感じる必要はない。私も君も、そして彼らも同じなのだから」
「でも……」
「それに、ロボットに魂はない。モノマネ芸人のモノマネのようなものさ。死んだ人のモノマネがどれほど似ていたって、本人が息を吹き返したわけではないだろう? それと同じさ」
「……」
「誰かが犠牲にならなくちゃいけないんだ。誰かが。それが、魂を持つ人間ではなかっただけ、この世界は平和なんだよ」
そう言って、先輩は俺を集中管理センターへと連れて行った。まるで、ロボットアニメに出てくるような司令室。その前面に設置されたハニカム・タイプの主モニターが、無数の映像を映し出していた。
虐待される、数え切れないほどのアンドロイドたちの泣き顔と、それを見て頬を赤らめ歓喜に震える、
人間の醜い顔、顔、顔。