Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
祭囃子

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 祭囃子が聞こえてきた。
 ぼくが窓を開けて外を見てみると、ぞろぞろと、結構な人数が大通りを進んでいた。
 なんだろう、と思ったが、カレンダーを見てみてもなんの変哲もないただの日曜日だ。
 日曜日にみんなが暇を持て余しているのは当然のことだが、それにしたって、急にお祭りが始まったりもしないだろう。

 ぼくは途中まで進めていた書き物を中断し、出来損ないの紙片を丸めてクズ籠に放り込むと、そのままサンダルをつっかけて表へ出てみた。
 するとちょっと様子を見てみようと思って出ただけなのに、流れていく人影に誘われて、水にさらわれるようにそのまだらな列に加わってしまった。
 かぱかぱと引っ掛けたサンダルを鳴らしながら、ぼくはそばにいたおじさんにちょっと聞いてみた。
「すいません、これはなんの行列ですか?」
「さあ、わたしにもわかりません。祭囃子が聞こえてきたので、何かと思って出てみたら、つい釣られてしまいましてね」
「そうなんですか、ぼくもなんです。なんなんでしょう」
「先頭のほうへ行ってみれば、なにかわかるかもしれませんよ」
「そうですね、そうします」
 ぼくはおじさんに手を振って、ちょっと早歩きになった。すみません、すみませんと詫びを入れては身体を差し込み、だいぶ先へといってみたが、それでもまだ行列の先頭には気配さえ届かなかった。
 祭囃子の音だけが、満ちた空気のようにあたりに響いていた。
 歩くすがらに黒い人影同士が囁き合う白昼の推理に耳を傾けたりもしてみたが、やはり誰にも先頭に何があるのか、この行列が何を追い求めているのか、わからないようだった。
 そうして、なにもわかっていないのに、ぼくは少し疲れてしまった。
 だんだんと足が重くなり、歩く速度が遅くなり、列を追い越すどころか追い抜かれ始めてしまった。
 まただ。最近は、ずっとこうで、外へ出るとすぐ疲れてしまう。
 ぼくはもう少しがんばって、先頭を目指そうと思ってなんとか足をくるくる回転させてはみたけれど、いつぞやのおじさんにまで抜かれるに至って、とうとう諦めてしまった。
 列の邪魔にならないように斜めに斜めに、人の隙間を縫って、大通りの路肩へ抜け出て、そこから盛り上がった街路樹の根元にぺたんと座り込んでしまった。
 ふう、と大きなため息をつく。雨上がりの湿った土がジーンズ越しに気持ちいい。
「なにしてんの?」
 見上げると、浴衣の少女が座り込んだぼくを見ていた。
 路肩の縁にいる少女と、少し盛り上がったところに座るぼくの視線がちょうど噛み合っている。
 ぺろぺろとリンゴ飴をなめる、おかっぱ頭の少女に、ぼくは笑っていった。
「少し疲れちゃってね、列を抜けちゃったんだ」
「へええ、もったいない。この先には凄いものがあるのに」
「凄いものって?」
「え、それは、わかんない」
「え、ええ、そうなの? それでどうして、この先には凄いものがあるなんてわかるんだい?」
「だって、みんなそれを見に行ってるんでしょう? 凄いものに決まってるわよ」
 少女の過信は、ぼくの疑問では打ち砕けそうになかった。
「そうか、じゃ、それを見ておいでよ。ぼくはここにいるから」
「がんばりなさいよ。疲れたなんて言って、みんなと一緒に大事なものを見落としても知らないわよ」
「そんなこと言ったって、仕方ないじゃないか、だってもう足が、ほら」
 ぼくは疲れて震えている足を伸ばした。
「情けないけどね。ぼくはここにいるよ」
 そう言っても、少女は無表情にリンゴ飴をなめるだけで、列を追おうとはしなかった。
 どこから祭囃子を聞きつけてくるのか、あとを追う人々は多くなることもなかったけれど、少なくなることも決してなかった。
 少女は足元の小石をぱかんと蹴った。
「この先になにがあるかわからないなんて、足がどうのなんて言ってられないくらい、すてきなことだと思わない?」
 怒られたのだろうか。
 ぼくは少し首をひねった。
「ああ……そうだね、ぼくもそう思うよ。先がわからないってのはいいことだ。だからぼくも、なんの用事がなくても、この道をよく歩くんだ」
「じゃあ、あたしと来なさいよ」
「それとこれとは話がべつ……でもね、きみはそう言うけど、たぶん、先がわからないことって、これだけじゃないよ」
「どういうこと?」
「みんなが見ている方角にだけ、謎があるわけじゃないってことさ。……座り込んでる言い訳じゃないけど、ここでこうして待っていれば、列の最後が誰なのか、男の人か女の人か、子供か大人かなんてこともわかるし、それにほら」
 ぼくは背後を振り返って、顎をしゃくった。
 少女がつま先立ちになって、ぼくの背後を見やった。
 そこには、いつの間にか暮れ始めている空と、ぽつぽつと灯りが点き始めた名前もない隣町が続いていた。
 赤い空の下で、その町はもやの中でゆらゆらと揺れていた。
「立ち上がれるようになったら、今度はあっちへいってみようかと思うんだ」
 と、ぼくは言った。
「ふだん暮らしているときは、あんなところに町があるなんて知らなかったんだけど、ふらっと出てきて、ここで休んでいたおかげで、知らない場所に聞かない町があるってことが、わかったよ。よくよく考えてみると、それもそんなに悪くない、だろ?」
 それからぼくは、ちょっとだけ勇気を出してみよう、と思った。
「……あのさ、ぼくの足が動くようになったら、ぼくといっしょに、あの町を探険しにいかないか?」
「…………え?」
「きみがよければ、なんだけど」
 少女は、どうしようかな、どうしようかな、と雪駄の先でいつまでも路面をぐりぐりこじっていたけど、その顔を見れば、答えなんていらない。

       

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