Neetel Inside 文芸新都
表紙

マンネリガール
第6話「ふりだしに戻る」

見開き   最大化      

 
 加悦はテーブルの脇に置いた携帯電話を横目で見た。時おり震えるメール通知は期待を裏切り、ため息ばかりが積もっていく。
 レイプまがいな営みを行ったあの日から、どことなく心地が悪くなり、昴とのメールの回数が減っていた。もともと送られてくることは少なかったが、それでもつい気になってしまう。心待ちにしてしまう。でも、来ない。そもそも自分から送ればいいだけなのだが、あれだけ迷惑をかけた手前、ためらってしまう。
 大学のテスト期間とも重なり、かれこれ1週間近く会っていなかった。様子をうかがうために昴の妹、由理とはメールをしているものの、体よく利用しているだけなので後ろめたさを感じてしまう。が、それでもやりとり自体は楽しいので、心は軽くなっていく。
 昴とは「おはよう」と「おやすみ」のメール、それだけ。寂しい、恋しい、会いたい。素直な欲求が頭にちらつく。ただでさえ苦手な数式が入ってこない。そういえば数学を教えてくれる、という約束していたのに。寂しい。
 ぐるぐると、昴のことで頭がいっぱいになってくる。
 集中できない。
「……」
 鼓動がやけに早い。
「…………」
 生理でもないのに、下半身が重い。
「………………」
 飢えてる。すごく飢えてる。
 加悦は思い返す。かれこれ1週間近く会っていない。つまり、あの日の営みが最後だった。基本的に週2回以上は肌を重ねている。 これは、駄目だ。ノートと教科書を閉じ、ベッドに向かう。そしてぽすんと仰向けに倒れ、目を閉じ、下半身に手を伸ばす。
「ん……っ」
 自慰。加悦はこの行為が好きではなかった。そのときは気持ち良くても、終えたあとは心が空っぽになってしまうから。それでも溢れる性欲を我慢するよりは遥かにマシだった。
 加悦は考える。今日はどんなことで欲求を満たそうか。メイドで奉仕したときのこと。ラブホテルでのこと。普段のセックスのこと。あれこれ考えるけれどしっくりしない。
 ふと、思いついた。昴との初めてのこと。倦怠を感じている今、ちょうどいい機会かもしれない。
 
 付き合い始めて三ヶ月目。まだ『加悦ちゃん』と呼ばれ、『昴さん』と呼んでいたころへ、戻る。
 
 ◇ ◇ ◇ ◇
 
 シャワーを浴び終え、パジャマを着た。この日のために用意したライトグリーンのパジャマ。彼はどんな反応をしてくれるのだろう。
 浴室から出て、彼の元に向かう。彼はベッドに座り、かちこちに固まっていた。自分の部屋なのに、すごく緊張している。加悦はそんな昴の姿にくすりと笑い、隣に座った。
「お待たせしました、昴さん」
「ああ、うん」
 緊張している。さて、どうしよう。まずは安心させないと。昴の腕に寄りかかり、そっと手を重ねた。
「大丈夫ですよ。私は、昴さんのこと、大好きですよ」
 これより少し前、昴は自身の恋愛経験のことを加悦に打ち明けていた。加悦が初めての恋人で、まだ女性経験がないこと。恥ずかしそうに話す昴を、加悦は真剣に面持ちで聞いていた。
 加悦は男性に対する評価をそんなことで決めるような価値観はなかった。それどころか、変に見栄を張るわけでなく、正直に話してくれたことがとても嬉しかった。
「キス、したいです」
 目を閉じて顔を上げる。キスをしたのは付き合ってから1週間目。手料理を振る舞った夜、恋しくて、どうしようもなくなって、抱きついた。そのまま数十分抱き合ったのち、軽く触れ合うキスを1回、した。
「んっ……」
 そんなキスは今日までに何度もした。けれど、この夜のキスはいつもと違った。感触や胸の高まりはいつもと同じだったけれど、これからのことを考えると、特別なキスのように感じられた。
 昴が離れる。彼が離れていく。加悦は腕をつかむ。恋しい、愛しい、気持ちが爆発しそうだった。
「失礼、しますっ」
「うわ、んっ」
 昴の首に腕を回し、そのまま体重を乗せてのしかかり、押し倒した。そのまま唇を奪い、半開きの口に舌を突っ込んだ。
 くちゅり、くちゃり。加悦の舌が昴の口内で踊る。昴は驚きつつも、迎えた。最初は戸惑い気味に触れ合っていた舌同士は、互いを求めるように、互いを味わうように絡み合っていく。
「んん、んちゅ」
 加悦はゆっくりと顔を上げる。口から垂れていく唾液を吸い上げ、飲み込んだ。
「か、加悦ちゃん……?」
「ごめんなさい、我慢できませんでした。昴さん、こんな女の子、嫌いですか……?」
 押し倒したまま、加悦が尋ねる。我慢できず、はしたないことをしてしまった。嫌われたかもしれない。すごく、不安だった。
「嫌いじゃないよ。初めてだから、ちょっと驚いただけだよ」
 頭を撫で、昴は答える。その心地良さと安堵で加悦は目を細めた。
「もっと、キス、していいですか?」
「もちろん。舌、入れたい」
 2人は唇を交わす。舌を絡ませ、唾液を交換する。お互いの味を覚え始めても飽きることなく、何度も交換し、飲み合う。2人の、特に下になっている昴の唇が唾液でべたべたになっていく。
「んっ」
 加悦は口の端から声を漏らした。昴の手が胸に触れていた。
「あ、ごめん……つい」
 今日初めて触れられたわけではない。むしろ、今のように黙って触れてくることが多い。けれど、何度目でもまったく同じことを言う彼がとても可愛い。もっと触れてほしい、触れられたい。加悦はたまらなくなった。
「どうぞ……好きに、して、ください」
 そっと目をそらす。昴は小さく震える手で、加悦のパジャマのボタンを外していく。1つ、2つ、そして全部。肩からするりと降りると、そこにはボリュームのある乳房。
「あんまり、見ないでください……」
 加悦がどれだけ恥ずかしがろうとも、昴の手と目はそこから離れない。それどころか、弾力を確かめるようにやわやわと揉み始め、形の変わる様をじっくりと見ている。
「ああ、いい感触……柔らかい」
「んん、そんな、言わないでください……恥ずかしいです」
 まだまだ不慣れでぎこちない動きにも、加悦はいちいち反応してしまう。それは今までの異性との関係で創られた感覚だった。
「1つ、お願いがあるんだけど……」
「はい、なんですか?」
「えっと、その……舐め、たい」
 すごく恥ずかしそうに言う彼。そんな彼の様子が可愛い、とても可愛い。もっと、そんな彼を見たい。
 体を前に移動し、乳房を昴の顔の上に位置させる。昴は顔を持ち上げ、ぱくりと乳首を咥え、ちろちろと舌を動かした。
「んんっ」
 徐々に興奮が高まっているのか、手の動きは早くなり、じゅるじゅると唾液の奏でる音が大きくなっている。まるで赤ん坊のような昴にどきどきしてしまった。しかしそんな母親のような気持ちも束の間、すぐに快感が脳を占領していった。
「あ、あっ、激し、激しい、ですっ」
 あまりの責めに加悦は喘ぐ。演技などではなく、本当に激しさのあまり喘いでいた。
 胸を堪能しきったのか、昴は胸から離れ、加悦を抱き締める。顔と顔の距離が近づいた。2人はまた、キスをする。高め合うためではなく、安らぐための、キス。
 ……気持ちいい。加悦は下着に湿り気が帯びてきていることに、気づいた。
 
 

       

表紙
Tweet

Neetsha