あれ。
まて。
おかしい。
何この……何?
なんか、とっても可愛いんですけど。この……女の子? 男の子?
「えっと、忍くん……だよね?」
一応本人確認を取る。
年齢は確かに小中学生そのもの。更に今日の昼に来訪したと言う事は本人でほぼ間違いないはずだが、俺の頭はわずかな確率をどうしても消し去りたかった。
「はい……お久しぶりです、利明兄さん」
白い肯定を発する唇は乾いてひび割れ、寒さに震えていた。
「まあそのなんだ、とりあえず上がりなよ」
俺は天使を楽園に招き入れ、外界との扉を固く閉ざした。
リビングに座らせ、インスタントのコーヒーを一杯入れる。
ふーふーと冷ましながらちびちび飲んでる忍を見ながら、俺は過去の記憶を辿る。
最後に忍と会ったのは、えーと……確かこいつが小学校に入る前だった。
としにーとしにーと呼びながら俺についてくる忍は、ごく普通の元気な男の子だった、はずだ。
そりゃかわいかったさ。かわいかったけど、今現在の忍の可愛さとは全くベクトルが違う。
あの頃の忍は、間違ってもこんな薄幸の美少女もどきに成長する前兆など無かった。
現に俺は茶髪のサッカー少年か坊主頭の野球少年あたりが来ると予想していた。
それがこの有様だよ。何これ? 食べていいの?
男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだな。
「そうだ、昼飯食ったか?」
一息ついた忍に尋ねる。
彼の痩せに痩せた体を見ていると、「そもそも、まともに飯を食えているのか?」と言う疑問の方が強かった。
「あ、まだ食べてません……ごめんなさい」
申し訳無さそうに忍はうつむく。
「オーケー、ちょっと待ってろ。あと、ここはお前の家なんだから謝るなって」
俺はそう残してキッチンへと向かう。そして食料を確認し、あることに気付く。
「悪い、パスタしかねぇわ」
「え、いや僕はパスタでいいですけど……」
「いやそうじゃなくて、具が無いのよ今。肉も野菜も切らしてる」
一人暮らしの食料管理なんて、だいたいこんなもんだ。
今作れる料理は一品のみ。茹でたスパゲティにオリーブオイルをかけ、塩胡椒をまぶした素パスタだけ。
これは作ってみるとわかるが、普通に美味い。美味いのだが、間違っても客に出す料理ではない。
栄養失調で死にそうな子供には、特に。
「食べられるなら、僕は……何でも大丈夫です」
忍の腹の音がキュルキュルと鳴っているのを聞き、俺は急いでパスタを茹で始めた。
栄養失調の前に、餓死で死にかねないからだ。
「へいお待ち」
でん、と皿に盛られるは、つやのある山吹色をした麺の山。素材の味を究極に生かした一品である。
それと黄色のリンゴジュースを一杯。
ほとんど一色で構成され、まるで砂漠のような食卓だが、今はこれで我慢してもらうしかない。
「いただきますっ」
そんな事は全く意に介せずと言った様子で、忍はパスタをかっこむ。それこそ掃除機の如き速度で。
多めに作ったはずのスパゲティとリンゴジュースは、ものの十秒で綺麗さっぱり忍の腹に収まった。
「ごちそうさまでしたっ」
手を合わせてそう言った忍の目に少し光が戻っているのを見て、俺の中の喜怒哀楽の感情が複雑に入り乱れる。
一番強いのは不謹慎にも微笑ましい気持ちで、俺は笑みを堪えるのに精一杯だった。
「……忍、最後に飯食ったのいつだ?」
えっと、と呟き考える忍。
「二日前です」
嘘だと言ってよ、バーニィ……。
「…………メニューは?」
今度は即答する忍。
「豆のスープです」
バーニィー! もう戦わなくていいんだ! バーニィィーーー!!
酷い。酷すぎる。
ここは先進国日本だぞ。何で飢餓にあえぐ子供がいるんだ。
何だ豆のスープって。戦時中か。骸旅団か。
親は何をやっているのだ。失業したなら内臓を売り払ってでも子供に飯を与えるのが親だろうが。
しかもこんな線が細くて眉がキュッとしてて鼻が小さくて頬がふわふわしてて撫で肩で男か女かわからない、どっちかって言うと美少女に近い子供を虐待だと?
一刻も早く死ぬべきだ。牛の足に括り付けて市中引きずり回しした後八つ裂きにしても足りないくらいだ。
親が屑にも劣る畜生共だと言うのなら……俺が忍の親になってやる!
忍は俺が育てる――
――俺好みに!