あまり手に取らない俺の10倍速でポテトチップスを口に運ぶ忍。
忍じゃなかったら誰であろうとぶん殴ってる所だが、忍はかわいいので許す。
何がかわいいって、ポテトチップスを一枚食うたびに顔を綻ばせている所だ。
まるで子犬か何か……小動物のような仕草。思わず餌を与えたくなる表情を見せている。
「忍、もう家には慣れたか?」
そう尋ねると忍はポテチを運搬する手を止め俺を見る。
「はい、利明兄さん」
その言葉通り、来た時よりかは遙かに表情が柔らかくなっていた。
まあさっきの表情は固い柔らかいと言うよりは、この世に希望を見いだせない顔だったが。俗に言うレイプ目。
そんな忍も今ではすっかり生気を取り戻し、ようやく年相応の子供らしさが見えてきたようだ。
「利明兄さんなんて他人行儀な呼び方しなくていいぞ。昔みたいに『としにー』でOKだ」
「はい、と……としにー」
「敬語も使わなくていいって。力抜けよ」
一応言っておくが、この発言は別に性的な意味で言ったわけではない。今の時点では。
でもいつかは性的な意味で言ってみたいですね。出来る限り近いうちに。
「う、うん」
会ったその日のうちにタメ口を利くと言うのはどうにも慣れない様子である。
「さて、あまり食べ過ぎると夕飯が入らなくなるから残りは後でな」
俺はまだ中身の入ったポテトチップスを丸め、輪ゴムで縛って棚に投げ込んだ。
それから夕食まで他愛のない会話を交わす俺達。
あまり家庭の話はしない方がいいかな、と考えていたがやはり気になってしまう。
「あのさ……前の家はどんな感じに過ごしていたか、聞いても良いか?」
これから生活していく中である程度、忍の内心を知っておきたい。できれば悩みを共有してあげたい。
俺は自分自身にそう言い訳をして、忍に好奇心を晒した。
言った後で、少し後悔する。
「あ、大丈夫ですよ……大丈夫、だよ。少し長くなるけど」
意外にも忍は嫌な顔一つせず俺に過去を打ち明けてくれた。
誰かに聞いて欲しかったのだろうか。俺は安堵しながらも話を聞く。
日下部家は、前はあまり裕福と言えないまでもそれなりに幸せな家庭を築いていた。
しかし忍が小学二年生になったあたりから会社の経営が厳しくなり、ついにはリストラとなってしまう。
狭いアパートの中、少ないバイトの賃金で暮らす一家はストレスに追い込まれる。
尤も、本当に追い込まれたのは力の無い忍だけだったが。
酒に溺れて暴力を振るう父。ヒステリーを起こして物を壊す母。
忍は一人、狂うことすら許されなかった。
忍は何年もの間、その小さき体に傷を受け、小さき心に毒を吐きかけられながらも、親に忠実な『いい子』で有り続けた。
学校でも、平気な振りをして過ごしていた。
いつか元の家庭に戻ると、信じて。ずっと我慢していた。
「……でもこの前倒れちゃって、保健室に連れて行かれたんだ。そうして……バレちゃった、んだ」
忍はそこまで言って、かすかに涙ぐんだ。
自分が虐待を受けていた悲しみよりも、自分が耐え切れなかった悔しさで。
忍は、涙を頬からこぼした。
俺は椅子から立ち上がり、忍を優しく抱きしめた。
忍は一瞬戸惑ったようだが、俺の胸に顔を埋めて思いっきり泣き出した。
肩まで伸びた髪が、俺の顎をほんの少しだけ掠める。
「うええええええええん! あっ、あっ、うっ……」
自分が受けた苦痛を、自分を偽り続けた日々を、両親を守れなかった無力感を。
それらを投げ打って、やっと得た安らぎを。
全て引っくるめて、忍は泣き続けた。
俺を抱きしめ返すその力は、あまりにも弱く儚いものだった。
で、だ。
本来なら伏せるべき事なのかもしれないが、やはり正確な事実を述べるためにあえて書かねばならない。
これは多分、恐らく、人として最低なのかもしれない。と言うか間違いなく最低だろう。自分でも少し引いてるくらいだ。
でもまあ、少しばかり自己弁護させて頂きたい。
忍という存在は、『三次元とか二次元に勝てるわけ無いよねー文字通り次元が違うわ可愛さが』って思ってた俺の価値観を、丸ごと覆すほどの魅力を持っていたのだ。
それが例え男でも、俺にとってはもう何を投げ打ってでも恋仲になりたいと言いますか何と言いますか、とても素晴らしいものであって。
それと抱擁し合うと言う行為はとても幸せで、素敵な事で、まあ……興奮してしまいまして。
その……下品なんですが……
勃起しました。