Neetel Inside 文芸新都
表紙

よんてんいち次元のセカイ
最期のひとこと

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起 

どうやら明かりをつけたまま眠ってしまったようだ。そのせいで目覚めの悪い朝を迎えてし
まった。どうも気持ちよくは眠れていない。それに、はっきりとは思い出せないが何か嫌な夢
を見ていた気がする。蛍光灯の無機質な明かりも、生き生きとした朝を演出するには程遠い。
 思えば、昨日は人生で最大の勇気を出した出来事があった。その疲労もあって、電気も消さ
ぬまま気付かぬうちに寝ていたらしい。
 体を半分起こして、重たいまぶたを支えながら時計に目をやる。ああ、そうだった、今日は
日曜日だ、無理に起きる必要はないんだ。半分起こした体をまた水平に戻した。
 外からは土砂降りの雨の音が聞こえる。一定に続くその音は、今の悪い気分を少しだけ落ち
着かせてくれた。そういったノイズが母親の胎内の環境に近いからだということを聞いたこと
がある、テレビの砂嵐の音も同様らしい。
 この雨音を子守唄に、時間までもう一眠りといこう。二度寝というのは最高に気持ちがいい
ものだ。生きている喜びの中でも1、2位を争うと言っても過言ではない。その喜びをじっく
り味わうとしようじゃないか。
 おっと、また同じ過ちを繰り返すところだった。電気を消さなくては。そう思って壁のス
イッチに手をやる。しかし、何度押しても感触がない。当然、依然として蛍光灯は光を放った
ままだ。おかしいな、故障か? そう思って何度か試してみるも反応はなかった。壊れてしま
ったのだろうか。昨日の夜までは普通に使えたのに。

 …まぁ仕方が無い。電気も消えないことだ。このまま今日は起きるとしようじゃないか。そ
う決意するとおれは体を起こし、ベッドから降りた。特に喉が渇いているわけでもないけど、
目覚めに水の一杯でも飲もう。
 とりあえずは部屋から出ようとドアノブに手をかける。しかし、これもまた動かなかった。
何度か強く力を加えてみるが、びくともしない。部屋に鍵はついていないし、これは内開きだ
からドアの前に何か妨げがあるということも有り得ない。一晩のうちに引き戸にでもなったの
だろうか。とりあえずドアノブを横に引いてみる。もちろんそんなわけはなかった。
 一体どうしたことだろうか。何かがおかしい。状況を探ろうとして後ろへ振り返る。すると
予想もしなかったものが視界に入った。
 「!!」
 素っ頓狂な声をあげてしりもちをついてしまった。おれのベッドに誰か人間が寝ている!
 泥棒、不審者、変質者、穏やかでない単語が頭をよぎる。
 本当に何かおかしい、不足の事態が起きている。こういうときは冷静に、冷静にだ。落ち着
いて考えろ。一応音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、恐る恐るもう一度ベッドを覗き
込んでみる。するとそこには見慣れた男が横たわっていた。
 「・・・これは、おれじゃないか。」
 そこにいたのは、間違いなくおれだった。こうして客観的に自分の体を実際に見るってのは
珍しい体験だなあとのんきに思う。さっきまでは少し怖い思いもしたが、もうすっかり落ち着
いている。なぜなら、すべてに納得がいったからだ。
 電気はつかない。ドアは開かない。ベッドにはもう1人の自分。これだけおかしなことが揃
い踏みだと、答えの相場は大体決まっている。
 
 そう、これは夢だ。
  
 経験上から言っても、間違いないだろう。夢の中で、その世界を夢だと実感するのはかなり
難しいが、今までそういう体験が一度もなかったわけではない。
 だから、これもきっとそういう夢なんだろう。いろいろ心配してずいぶん損をしたものだ。
もう正体もわかったんだ、自由にさせてもらおう。
 再びドアの方へと振り返る。このドアだって、夢だというならすり抜けられるはずだ。
 少し興奮しながらドアに向けて、一歩を踏み出した。予想通り、体はドアをすりぬけ、廊下
へと出ることに成功した。ほら見たことか、ドアだと思うから開けられないんだ。夢だとわか
ってしまえば、開ける必要などそもそもない。
 さて、どうしようか。夢の中なら何でもし放題だ。水を飲む必要もないだろう。…とりあえ
ず外に出てみるか。短い廊下をわたり、玄関のドアも同じようにすりぬけ、家に面する道路に
出た。外は土砂降りの雨だったが、濡れる感触もないし、まだ季節は冬の終わりにも関わらず
その寒さは感じなかった。これなら傘を差す必要もないだろう。
 
 何をしようか。まぁ、空を飛ぶ、あたりがスタンダードだろう。集中しようと目を閉じる。
 …よし、飛ぶぞ、飛ぶぞ。飛べ。浮かべ。上空からの景色をイメージするんだ。ほら。
 言葉を変えつつ何度か念じてみたが、目を開けても、体が浮かび上がっていることは無かっ
た。夢の中とはいえ、意外と難しいことなのかもしれない。これまでも、夢の中とはいえ何で
も上手くできたということも無かったしな。
 今回もまただめだったのだろう。次のために、起きているうちにイメージトレーニングでも
しておくか。今日のところは空を飛ぶことはあきらめよう。
 どうも夢の中とはいえ、想像力の足りないおれでは、あまり楽しむことはできないのだろう
か。せっかく久しぶりの珍しい体験だというのに、なんだか損をしている気分だ。

 とりあえずは地に足をつけて散歩でもするか。しばらく自宅に面する道を行く当てもなく
まっすぐと歩く。道路には水溜りがたくさんあった。思いきり足をつっこんでみたが、飛沫が
立つことは無かった。変なところでディティールに欠ける夢だな。おれの脳も、あまり面倒な
ことはしてくれるなと訴えているのだろうか。
 水溜りをいくつか経由しているうちに、家からほんのすぐ近くの馴染みのコンビニに差し掛
かった。そうだな特にすることもないし、立ち読みでもするか。って、これじゃ現実と大差な
いな…。まぁ、夢の中なら立ち読みだって誰にも迷惑はかけないだろう。
 当然のことだが、早朝にも関わらず営業中だった。自動ドアを開くことなく通過し、そのま
ま直進するとそこが雑誌のコーナーだ。店員はレジ前に1人いたようだが、「いらっしゃいま
せ」のあいさつはなかった。
 …木曜日に出たの、まだ読んでなかったな。へえ、今週の表紙は新連載か。じっくり表紙を
眺めてみるが、かなり細かいところまで再現されている。それ1冊に限ったことではなく、他
の雑誌までも、だ。
 これは、自分の脳がここまで細かく作り上げているというよりは、夢の中では「細かく作ら
れている」というざっくりとした情報に錯覚させられているのだろう。
 理論付けてはみるものの、それらを見ればみるほどよくできている。それにこの新連載の絵
柄はなかなか好きだ。
 さっそく読んでみようその雑誌を手に取ろうとするが、びくともしない。まるで接着剤か何
かで固定してあるようだ。隣にあるもの、また下の棚に陳列してあるものも試してみたが、ど
れも同じくつかむことはおろか、動かすことすらできなかった。なんだ、つまらない。中身を
読むことはできないのか。これもおれの脳の怠慢によるものなのだろうか。あと一歩がんばっ
てくれよと思う。

 浅いため息をついていると、外から救急車のサイレンが聞こえてきた。音源を発見しようと
ガラス越しに前を見る。救急車は止まることなく、そのままコンビニを通り過ぎていった。
 サイレンの音はだんだんと遠のいていく。しかし、あるところで音量は変化しなくなり、
それがぴたと止んだのが確かに聞こえた。
 この近くで何かあったのだろうか、夢の中とはいえ少し心配な気分になる。今度は自動ドア
を通過せず、壁をそのまますり抜け外へ出た。
 コンビニに面する道路から首を振ってあたりを確認すると、左の方に救急車が見えた。サイ
レンは止んでいたものの、赤いランプが光っていたため遠目にもはっきりとわかった。
 しかし、いやなことに気が付く。あれは、おれの家のあたりだ。あたりという表現は曖昧だ
ったか、まさしくおれの家の前に救急車が止まっている。家族が非常事態ということか。父親
母親、いやな予感は加速して頭をよぎる。
 とにかく、何が起きているのか確かめてみるほかには無い。今度は走って家まで戻る。水溜
りも踏んだはずだが、さっきと同じく飛沫はあがらなかった。
 すり抜けるんだから邪魔にはならないだろうと思い、救急車に近寄る。救急車をここまで間
近で見るのも初めてのことだ。車のバックドアが開けられ、搬送の体制をとっているようだ。
 玄関から二人の隊員が担架を運び出してきた。一体誰に何が起きたのかと思い、担架を注視
する。しかし、予想外にもそこに横たわっていたのは、またしてもおれだった。
 目を閉じ、何の反応もなく、ただだらりとしているおれの体が、救急車へと運ばれている。
 
 突如、今まで体験したことのない恐怖の感覚が体中を巡った。

 待て、落ち着け、落ち着け。これは夢なんだ。怖がることはない。となるとどんな夢だ、ど
んな深層心理が表れている、おれが救急車に運ばれる夢?わけがわからない、大きな病気やケ
ガだって今までしたことはない。そんな記憶は実際にはないはずだ。これは想像にすぎない。
すごくいやな夢だな、そろそろ覚めないものだろうか。
 とにかく安心を得たくて、救急車を尻目に、おれは玄関へと走った。家の中に入れば、家族
の顔が見られれば、夢の中とはいえいくぶんか落ち着くだろう、そう思った。
 しかし、同じく玄関から走り出てきたのは、まさしくその家族だった。飛び出てきた母はお
れをそのまま通過して救急車へと近づく。おれもあわててそちらへ戻ろうとするが、体勢をム
リに変えようとして、ハデに転んでしまった。
 
 外からは救急隊員の声が聞こえる。
 「落ち着いてください!隊員が救命措置を車内で行っています。搬送先が見つかり次第車を
 発進させます。」
 「息子は大丈夫なんですか!? 一体どうなってるんですか!?」
 母が隊員に話しかけている。
 
 そのやり取りの緊迫感に、日常では有り得ないものを感じる。すぐさま起き上がり、母のと
ころへ駆けつけた。本当のおれはここにいると気付かせようと肩をつかみ、ゆさぶる。ゆさぶ
ろうとする。しかし、びくともしない。どういうことなんだ、夢の中とはいえ、家族と話もで
きないのか?怖くなって肩から手を離すと、朝起きてからの出来事が、急流のように思い出さ
れてきた。
 
 電気のスイッチ、ドアノブ、水溜り、雑誌、母の肩。

 すべて意識すれば見たり触れたりはできているのに《干渉できていない》感じることはでき
るが、干渉できないとは、これはつまり、どういうことだ。どういう意味をもつ夢なんだ。ま
ったくわからない。まるで透明人間にでもなったみたいじゃないか。いや、透明人間ですら世
界に干渉することはできるだろう。
 そんなことを思っているうちにも隊員と母のやり取りは続いていた。なぜ早く病院が見つか
らないのか、そんなことを言っているようだ。母は今まで見たことも無いほどに取り乱してい
た。
 救急車の中からも声が聞こえる
 「心肺機能戻りません!蘇生開始から8分経過したため、
 現在バイタルチェックをしていますが、生存の可能性は著しく低いです。」
 なんだ、どうなっている。何がどうなっているんだろうか。ああ、いやいや危ない。
 …そうだこれは夢だったんだ。危うく現実と錯覚するところだった。なんだ、本当にいやな
夢を見るものだな。でも怖がることはないんだ。夢なんだから。それにしても早く覚めないか
な。覚めてよ。覚めてくれよ。覚めろよ。早く……。
 「……早くしろよ!!」 
 思わず声を張り上げた。しかし、その叫びは誰にも、自分にさえも届いてはいないようだっ
た。悪夢はいまだ覚める気配がない。
 ああ、夢だとしても、もうこんな光景をこれ以上は見ていたくはない。…夢だとしても?仮
にこれが夢だとしてもということか?そうか、実はこれは夢じゃないってことか。なるほど、
これは夢じゃないんだから、これ以上こんな有り得ない光景見ることはないんだ。なあんだ、
大丈夫じゃないか。すべて解決。これは夢じゃないんだ。現実なんだ。よかった。
 そりゃそうだ、夢の中で、これは夢だろうか?と疑うことはあっても、現実の中で、これは
夢だろうか?と疑うことはそうそうない。疑うことがあったとしても、それはほとんど言葉の
上での問題で、これがまさしく現実だという実感はどうやったって否定できるものじゃない。

 その現実の現状を確認すると
 母が見たことも無いほど取り乱していて、
 動かなくなったおれが担架で救急車に運ばれて、
 「生存の確率は著しく低い」と判断され、
 その光景を世界に《干渉できない》おれが見ている。
 まるで幽霊にでもなったみたいだ。へぇ、これは面白い夢だな。幽霊になる夢か。
 
 あれ、これって現実なんだっけ。……っていうことは、どういうことだ。

 おれが死んだ夢? 死んだおれの夢? 死んだ現実を見ている夢?
 いやいや、だから実感してるとおりこれは夢じゃないんだってば。こんなにリアルな夢、生
きているうちに一度もなかっただろう。…生きているうちに?
 
 おれが死んだ現実? 死んだおれの現実? 死んだ現実を見ている現実?
夢じゃなく、現実におれが死んだ? いつ、どこで、誰が、どうして、どうやって?
まだあれから返事ももらってないっていうのに?
 これ以上冷静を保ち考えを巡らすことはできなかった。そして、思考は頭から漏れ、口から
出てしまった。
 
 「おれが、死んだ・・・?」


 承へ続く

       

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