Neetel Inside ニートノベル
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 今一度、確認の意味を込めて状況を説明します。
 自分とて、見えざる敵に対して何ら対抗策を講じないほどの馬鹿ではありませんし、敵能力の恐ろしさ、そしてくりちゃんのコスプレの凄まじい破壊力(同年代女子よりやや幼めで謙虚な身体に対して、大人びた衣装の映える事映える事)は理解していました。そして、こんな調子でいけば、いつか自分の「ツボ」に弾丸は命中し、まともに敵の姿を捉える事すらなく敗北するのは火を見るよりも明らかだった訳です。よって、いくつか策を練らせていただきました。
 2発目の弾丸が着弾してから15分が経過した時点で、自分は能動的探索を諦め、「理科準備室」に移動しました。化学や生物の授業などで使われる「理科室」の隣にそこはあり、準備室と名のつく通り、授業中に行われる実験の準備をする為に用意された、物置兼わくわく発生ルームです。棚には怪しげな薬品の数々、ホルマリン漬けもいくつか用意され、一部の教師だけが利用する事を許可された冷蔵庫、実験による火災を案じてか消火器格納箱も2個備え付けられ、定番の人体模型も立派な物が用意されています。名のある進学校とだけあってか、清陽高校のそれよりも幾分か広く、わりかし手入れはされているようでしたが、独特の埃臭さとじめっとした空気感はそう変わらないようで、女子と2人きりでいると妙に落ち着かない気分になるのでしたが、今はそんな場合ではありません。
 何故、決戦の舞台にここを選んだか。理由はいくつかあります。
 まず1つ目、ここには窓がありません。薬品の劣化を防ぐ為か、あるいは単に必要性が無いのか、せいぜいあるのは理科室への扉の上部についている小窓くらいの物で、当然これは人が通れる隙間ではありませんし、閉じる事も出来るので普通の弾丸が入ってくる事は出来ません。
 そして2つ目、鍵を二重にかけられ、扉も若干ではありますが頑丈に出来ているという事。生徒の勝手な侵入を防ぐ為の配慮と思われますが、HVDO能力者特権による命令で、先生から鍵を手に入れた自分にとって、これは非常に有利なポイントです。これによって、外部からの侵入は不可能になり、また、内部からの脱出も不可能となります。
 最後の3つ目は、「物が多い」という事です。これは一見、死角が多くなり、その分狙撃手の居所が分かり辛くなるように思えるかもしれませんが、むしろその逆で、敵がどのようにして狙いを定めているのかが分からないのであれば、出来るだけ視界を遮る物は多い方が良く、その上、もしも相手が力任せにこの場所に突っ込んできた場合、下手に暴れられない空間を確保しておくというのは十分な保険になるでしょう。
 以上のような戦略を持ち、挑んだにも関わらず、くりちゃんは無残にも撃ちぬかれ、魅惑の衣装へと変身した訳です。ナース服以上に短く、丸くなった袖。くびれを強調するウェストライン。全体には金色の刺繍が施され、足元は高めのハイヒール、頭に白いお団子を2つ乗せて、腰まで切れ目が入った隙の無さ。真のチャイナリスクはここにありました。


「あたしばっか見てないで探せ! 敵を倒すんだろ!?」
 くりちゃんに喝を入れられましたが、その姿で言われても、その姿に困っている訳で、全く説得力がありませんでしたので、どうにか自力で立ち直りました。
「だ、大丈夫です。まだ、まだ何とか戦えます。ただあんまり激しく動かないでください。そのスリットは非常に危険です」
 がくがくと震え、膝にきている事は明白でしたが、自分はどうにか取り繕ってそう言い張りました。くりちゃんは恥ずかしそうに少し唸ってスリットを手で抑えていましたが、そういう余計な事もやめていただきたいと、意図せず着せられたチャイナドレスの威力に戦きつつ、自分は考察を開始しました。
 この部屋が密室である事はまず間違いなく、ここに入る時、中に誰もいない事は確認してから鍵を閉めました。その鍵は今でもきちんと閉まっており、開いた形跡は全くありません。コス人が内部にいるとすれば、例えば透明になっているとか、物凄く小さくなっているとか、そういった方法が考えられます。しかしこれらの能力を予想した対策も、自分は既に打っておいたのです。
 コス人が「透明」になっていた場合を考え、自分は理科準備室に入った時すぐ、床に満遍なく学校の備品である粉状の「石灰」を撒いておきました。透明であるという事は、少なくともそこに存在はするという事なので、コス人が侵入すれば大きな足跡が残るはずです。自分とくりちゃんの足跡は一目瞭然ですし、もしもコス人が透明ならば、透明であるがゆえに、身体がぶつかったりしないように時々動かなければならず、その時に気づけるチャンスがあります。が、この策は結局無駄に終わり、ただ床が汚れただけでした。
 次に凄く小さくなっている場合ですが、これはちょっと考えてみるとおかしな事に気づきます。もしもコス人が自身の肉体を自由に縮小出来たとして、果たして気づかれないように小さな身体にしながら、学校中を移動する自分達の追跡を続ける事が出来るでしょうか。身体が小さくなるという事は、それだけ歩幅も狭くなる訳で、おそらく気づかれないであろうレベル、例えば小指の爪程のサイズになったとしたら、廊下を渡りきるにも1日くらいはかかってしまうでしょう。かといって、元のサイズに戻れば見つかる可能性は高く、また、更に小さくなって自分かくりちゃんの衣服の一部に付着するとなる事も視野に入りましたが、これは何かの拍子に潰されるという危険性があります。それでも一応、理科準備室に入る前に、ボディーチェックは済ませましたが(この時、息子的にはやや危険ではありました)、異変はこれといってありませんでした。
 よって、上に挙げた2つの能力によってコス人が隠れている可能性は非常に低いと言えます。
 別の可能性として、コス人がここではない、少なくとも校内のどこかに隠れており、そこから遠隔狙撃を行っていた可能性が考えられますが、状況を考えると、こちらの可能性も低いと言わざるを得ないようです。
 理科準備室は今、完全なる密室状態にあります。その中にいる人物を狙撃しようとした場合、必要な能力は「遠隔視」のみではなく、「物質を通過させる」という、ある種のテレポート能力が必要になってきます。弾丸自体にそういった属性が付与され、壁を傷つける事なく中を狙撃出来るという能力ならば仕方がありませんが、今一度、原点に立ち返ってみてください。
 相手の能力は、あくまでも「コスプレ」です。遠くを視る能力も、壁を貫通する弾丸も、「超能力」として解釈するならばありえる話ですが、「コスプレ好き」としては果たして的確と言えるでしょうか。
 あくまでも、これは誇り高き変態同士の戦いです。
 相手が使う能力の原動力は全て、自身のエロスから出てくるはずなのです。
 それに、よくよく考えてみれば、こうして相手の姿が認識出来ていないにも関わらず、戦闘が続いている事自体が奇妙といえば奇妙なのです。おもらしはもちろんその見た目も大事ですが、尿の匂い、少女の息遣いも重要なファクターとなっており、遠くから見ているからというだけ戦闘を成立させられるとなると、こちらとしては堪った物ではありません。極上のおもらしを味わっていただくには、きちんと側にいてもらう必要があるという事です。ここに来ると、三枝委員長のアナウンスの曖昧さは実に憎らしく、もう1度あの身体を手中に収めた暁には、とてつもなくいやらしい事をしてやろうという現実逃避に近い決意もたった今固まりました。


「なぁ……なんとか三枝さんに掛け合って、一旦中止出来ないのか?」
 頭を抱える自分を見かねてか、くりちゃんがそんな提案をしました。その表情は、自分の事を本気で心配しているように伺え、くりちゃんに気を使わせるなど自分もいよいよ追い詰められているな、と感じました。
 その瞬間、自分はふと気づいたのです。
 まさか、このくりちゃん自体がコス人のコスプレなのではないか?
 くりちゃんが自分の事を心配するなんて、ある意味不自然です(言っていて少し悲しくなりますが)。透明でもない、小さくもない、遠くにもいない、どこにもいないとなれば、「目の前に見えている」という可能性しか結局残らず、芽生えた疑いは次第に膨らみ、内臓を圧迫し、耐え切れなくなって、口から零れ落ちました。
「くりちゃん……あなた、本物ですよね?」
 驚く、くりちゃん。それが果たして心の底からの驚きだったのか、それともコス人であるがゆえに、驚いた「演技」をしているのか、普段ならばそのくらいを見分けるのは幼馴染として朝飯前なのですが、この極限状態、そしてコス人の正体不明ぶりからして、確実な判断が下せません。
「ど、どうやってあたしが偽者だって証拠だよ!」狼狽するくりちゃん。これまた見ようによっては本物らしく、見ようによっては迫真の演技。「今朝からずーっと一緒にあんたといたし、そ、それにさっきの黒人がいくらコスプレしたってあたしにはならないだろ!」
 おそらく体格的な事であるとか、性格や口癖的な事を指しての指摘なのでしょうが、それも含めてのHVDO能力「コスプレ」であると解釈する事はあながち不可能ではありません。そもそもあの黒人の見た目からして、わざとらしいといえばわざとらしい。つまり、最初は「黒人のコスプレ」をして登場し、それから隙を見て「くりちゃんのコスプレ」に着替え、すり替わった。そういう風に考えると、残念ながら、全ての謎が解決してしまうのです。
「くりちゃん。自分もくりちゃんを疑いたくはありません。しかし……」
 自分は黙ったまま、くりちゃんの両目を見つめました。
 可能性を一つ一つ虱潰しにしていくと、どうしてもこの疑惑にぶち当たってしまうのです。それだけ自分が追い詰められているという事なのか、それとも本当に……。くりちゃんは自分から目を逸らさず、かといって疑われている事に対して激怒するでもなく、おしっこを我慢している癖に、やけに凛とした表情で、自分をただ見ていました。
 磨り減っていく精神と、粉になる感情。石臼のような沈黙。
 しばらくの後、くりちゃんは何の前触れもなしに、しっかりとした口調でこう言ったのです。
「……分かった。あたしも、覚悟を見せないといけないって事だよな?」
 自分は疑問符を浮かべましたが、次にくりちゃんが取った行動を止める事は出来ませんでした。
「敵がコスプレ好きっていうなら、1番されて嫌な事をしてやる! あんたに協力するって決めたからには、これくらいの事が出来なくちゃ嘘だ! あたしの覚悟、見せてやるよ!!」
 自分がくりちゃんの右手に持っている物に気づいた時、既に行動は完了していました。自分はこれまで、くりちゃんはただの文句ばかりの常識人で、一方的な暴力は振るう癖に、窮地に陥ればすぐに人を頼るという、おもらし姿がかわいいという事が唯一の取り柄とも言える情けない処女だとばかり認識していたのですが、どうやらそれには誤解があったようです。
 覚悟を決めたくりちゃんは強い。
 ある意味ある状況においては、自分よりも遥かに「ぶっ飛んで」いて、自分等を指す変態というベクトルとはまた少し違いますが、強烈な個性を持った人間であると理解したのです。
 くりちゃんは、自身のチャイナドレスの裾に「火」をつけました。
 これは何ら比ゆ的な表現ではなく、ただ単にマッチを持って、それで火を起こし、自らの着ている服にそれで着火したのです。
「うおあぁっっっちぃ!!!」
 当たり前です。チャイナドレスのひらひらについた火は、すぐに燃え広がり、くりちゃんの太ももを焦がしました。
「何をしているんですか!」
 自分は心の底からそう叫び、裾についた火を消そうと試みましたが、こちらも素手ですし、思うようにはいきません。本能が火傷を恐れ、身体が脳からの命令を拒否するのです。というより、くりちゃんは自分から逃げるような動きを見せて、更に事態が悪化します。いえ、くりちゃん自身がそれを狙っているのだとしたら、一概に悪化とも言い切れませんが、しかしこれは最早、性癖バトルだとかふざけている場合ではありません。純然たる命の危機です。
 咄嗟に、自分は消火器の存在を思い出しました。おそらくこういった事故を防ぐ為に、あらかじめ用意されている消火器格納箱。それは部屋の隅に「2つ」存在しています。
 2つ?
 奇妙な感覚に襲われました。異常事態に焦ってはいつつも、日々に培ってきた論理的思考はここぞという時に働き、その疑問を放っておきはしませんでした。
 いくら理科準備室に、危険な薬品類があり、なおかつ火の取り扱いもある為消火器が用意されているとしても「2つ」も用意しておく必要があるのだろうか。
「あちちちちちち!!!」
 くりちゃんのマジ悲鳴も、今は遠くに聞こえます。やがて自分は1つの答えに辿り着きました。コス人の謎。真の解答。コス人は、ずっと近くにいたのです。ただ、常に「気にする程の物」ではなかった!
 自分は片一方の消火器格納箱に触れました。鉄ではない、明らかに人の肌の感触。真っ赤な身体は、それと認識すれば何て事はない。胸のあたりに白文字で「消火器格納箱」と書かれているだけの、ただの赤い全身タイツを着たガチムチでした。
「……消せ……能力……使え……」
 コス人の言葉に、自分は己の存在意義を思い出しました。そもそも消火器など必要なかったのです。よく知る幼馴染のした、予期せぬ突然の行動に自分は混乱していたのです。くりちゃんに駆け寄り、肩を掴み、黄命を発動させます。
「そこだ!」
「ひゃっ」
 くりちゃんの股から溢れ出したものすごい量の尿は、シャワーとなって即鎮火に成功しました。
 コス人の能力は、着たコスチュームに「なりきる事」。「消火器格納箱」になりきったコス人は、その究極の「なりきり」から自分とくりちゃんの認識から外れたまま、ずっと側にいたのです。くりちゃんの行動は無謀で、今後一切こういう事はしないようにと後で叱るつもりですが、しかし結果的に、コス人の発見へと繋がりました。自分が消火器格納箱を気に留め、触れなければ、この勝負、負けていたのは確実です。
 そして続く爆発音。コス人は倒れ際、かろうじて召喚した銃から弾丸を発射していきました。それは決して、自分に一矢報いようとして出した悪あがきではありません。何故なら、彼はチャイナドレスについた火を自分の能力で消すように指示しました。
 コス人の死に際に放った弾丸はくりちゃんに命中し、くりちゃんは「バニーガール」に変身し、その弾丸は正確に自分の好みを撃ち抜いていましたが、自分の勃起率はどうにか99%で踏みとどまり、これにて決着となりました。

       

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