Neetel Inside ニートノベル
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 腕は捻じれ、脚は踏まれ、顎は上を向き、一体どんな体勢をしているのか自分自身でさえも把握出来ません。
 背中に当たるクッションの膨らみと、覆いかぶさるくりちゃんの重さ。その他に感じるのは石鹸の香りが汗の匂いで上書きされつつある事と、もしかしたらこれ殺されるのではないかという恐怖だけでした。
 くりちゃんの女子らしからぬ凶暴性については兼ねてから度々紹介してきたつもりでしたが、今回の行動に関しては最早バイオレンスというよりバイオハザードであり、その日本人離れしたキレっぷりと速攻に、大した反応も出来ないまま自由は奪われました。
「はぁ……はぁ……いいからとにかくおもらしをさせろ……そんで潜れ……」
 くりちゃんの声が後ろから聞こえてきた事によって、ようやくいつの間にかチョークスリーパーをかけられている事に気づき、この息苦しさにも納得がいきました。
「い、嫌です……。何をされようとヨンゴーダイバーを発動させる訳にはいきません……」
「ちくしょう……このまま死ねぇ……!」
 およそヒロインの物とは思えない台詞を吐きながら、首を絞める腕にキリキリと力を込めるくりちゃん。
 確かに、三枝委員長の深層心理だけ知りたがっておいて、くりちゃんの場合は拒否するというのはなんだか不公平な気もしますが、かといって一時の情にほだされれば勝利を失う事は必定であり、このまま死んで全てを投げ捨てる訳にもいかず、とにかく自分は今出来る必死の抵抗をしました。渾身のじたばた。見苦しさマックスの悪あがき。上ははだけ、下はずり落ち、なんとかくりちゃんの呪縛から逃れられる事が出来ました。
「はぁ……はぁ……」
 着衣の乱れを直しつつ、流石に疲れたのか、くてっとなったくりちゃんを見下ろします。
「くりちゃんもっと真面目に考えてください。このままでは犯されてしまうのはあなた自身なんですよ。もちろん自分も真剣に考えています。今出来る事は何か、最善手を打つにはどうしたらいいのか。しかしあなたの協力が得られなければ、崇拝者を倒すなんて到底不可能なのです」
 珍しく声を荒げる自分でしたが、対するくりちゃんはうずくまったまま何も答えませんでした。
「くりちゃん、聞いているんですか?」
 と、肩を揺すると、くりちゃんが顔を上げました。その表情は何故かニヤついていて、良い事があったというか、何か良い物を見つけたような、この場合は反撃の策を手に入れた風でした。そんな所感はすぐに的中し、くりちゃんがその手に握っていたのは1枚の布切れでした。
 パンツ。
 それはつい先ほど、自分がタンスから拝借したくりちゃんのパンツであり、暴れた際に懐から零れ落ちたのをくりちゃんは見逃さなかったようでした。
「それがどうしたんですか?」
 冷静に尋ねる自分に、くりちゃんが自信満々に宣言しました。
「どうしたもこうしたもあるか! 私のパンツを勝手に盗むという事は、お前やっぱり私の事が好きなんだろ!」
 小四のごとき理論武装に、自分はやれやれと肩をすくめて答えます。
「男子が女子の部屋に入ったらパンツを盗むのはごくごく当たり前の事です」
「んな訳あるか!」


「ありますよ。疑うなら実際に春木氏や等々力氏に聞いてみてください」
「そいつら全員変態だろ」
「もちろん変態ですが、そうでなくても男ならば誰でも盗みますよ。120%です」
 この場合の120%とは、1枚盗んだ者がもう1枚盗む確率が20%という意味です。
「じゃあ、三枝委員長のも盗んだのか?」
「いえ、残念ながら。あそこの家はやたらと大きいので、どこに下着があるかが分かりませんし、防犯システムも凄そうなのでセントリーガンで指を撃ち抜かれる可能性もあって怖くて出来ません」
 もちろんそういった懸念がなければ盗むという宣言なのですが、健全な男子からすれば当然の事です。くりちゃんは納得のいかない様子で、自分とパンツを交互に見た後、不思議そうに尋ねました。
「お前さ、なんでパンツ盗んだ事がバレてそんなに平然としていられる訳?」
「男として、当たり前の事をしたまでの事です」
「何なのその人助けした的な言い方」
 まあ確かに、広義では人助けみたいなもんです。
「……ていうかさ、よりによって何でこの1番古い奴なんだよ。もっとかわいいのとか新しいのあったろ」
「錬度からしてそれが1番のお気に入りかな、と思いまして」
「あ?」
 くりちゃんの表情が途端に険しくなりました。眉間に皺を寄せつつ自分を見上げて睨んでいます。
「言っとくけどな、1番のお気に入りはこっちだ」
 ぺろり。
 現実的にはほぼ無音ですが、あえて擬音をつけるならばそんな光景。
 めくられたスカートからちらりと覗いた布は、盗んだ物とは違って、あるべき姿であるべき場所に収まった完成版パンツでした。色は黒。安っぽく、見覚えのある代物。
「覚えてないのか?」
 思い出しました。
 それは自分が初めてHVDO能力に覚醒し、くりちゃんをおもらしさせた日にコンビニで買ってあげたパンツでした。泣きじゃくるくりちゃんをトイレまで誘導し、ぐしょぐしょになったパンツの代わりに自分がお金を出した物です。
「……お前からもらった唯一のプレゼントだからな」
 ああ、この人は。
「正直に言ってもいいですか?」
「……なんだよ」
「すみません。グッときました」


 プリーツを下ろし、いそいそとパンツを隠そうとするくりちゃんに「もうしばらく」とお願いすると、恥ずかしがってはいましたがまんざらではない様子で、そのあられもない姿を晒し続けてくれました。TAKUSHIAGEという新たな日本文化として海外に輸出する計画を頭の中でまとめつつ、スカートの下に見えるパンツとくりちゃんの紅潮の両方を視界に納めて鑑賞していると、崇拝者の事も件の2択の事も、なんだかどうでも良くなってくるのでした。
 恋心を暴かれてからというもの、くりちゃんも随分と従順になった物で、後は突発的な暴力さえ無ければ完璧であるのにと幸せに嘆きつつ、かけがえの無い時間をゆるりと過ごします。
 しかし悲しいかな現実は、そんな安息を長くは与えてくれませんでした。
「ごほんごほん、あー、お取り込み中の所申し訳ないんだけどねえ?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには母が立っていました。マイマザー。崇拝者の嫁。
 くりちゃんはスカートをたくし上げたまま完全に石化し、自分もあやうくそうなりかけましたが、こういった不測の事態に慣れている分ダメージは軽減され、なんとか問いを返す事に成功しました。
「何故ここに!?」
「いやね」と、母は頭をぽりぽりとかきながら、「あんた達のデートを邪魔するのは悪いかなと思ったんだけど、どうしても伝えておきたい事があって。今日の夜にしようと思っていたんだけど、ちょっと急用が出来てな。どうしようかと思っていたら、隣にいるみたいだからさ。来ちゃった。悪いね、くりちゃん」
 くりちゃんは硬直したまま、ぴくりとも動きません。まあ確かに、この状況だけを見ると、まるでくりちゃんがパンツを見せて男に迫る真性の痴女のように映るのも無理ありませんから、こうなるのも仕方が無いように思います。実際似たような事を毎日していた訳ですし。
 木下家不法侵入の件については、世界警察に何を言っても無駄なような気もするので省略し、単刀直入に訊きます。
「話したい事とは?」
「崇拝者、つまりあんたの父親について、知っている事を全て」
 自分が思わず身構えると、母は、
「おっと、何も話すな。質問も駄目だ。何か浮かんでも口に出すなよ」
 なるほど、と自分は即座に理解しますが、固まったままのくりちゃんに向かって母は説明します。
「崇拝者は非処女の思考を読む。当然私も非処女だから、その対象に含まれている。だから、あんたらが私から聞いた話をヒントに何か良い案を浮かんでも、それが私を通して崇拝者に読まれてしまっては意味がない。これから昔の話をするが、それに対して何も言うなよ。出来れば表情でも反応するな。くりちゃんはそのまま硬直していてくれるとありがたい」
 自分は無言で頷きます。仏頂面は得意な方です。
「よし、ではこれから崇拝者の過去の話をする。私があんたと同じ高校生だった頃の話だ」

       

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