Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第二部 第二話「夜明けの鎮痛と残響」

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 少しだけ、私の人生について語ろうと思う。
 まずは子供の頃の話。食べるのにナイフが必要なお肉は拝んだ事が無かった。デパートに入るには入場券が必要だと思っていた。借金取りは総理大臣の次に偉い職業だと信じていた。
 それらが間違いであり、ただうちが貧乏なだけである事に少しずつ気づいていくのが、私にとっての大人の階段だった。つまりは下りの階段。だけど、ある意味一番不幸だったのは、そんな境遇を私に与えたお父さんは、とても恨む気にはなれない程に、純粋な人だったという事だろう。
 今でもお父さんは口癖のようにこう言う。
「いいか命(みこと)、母さんは死ぬ時、お前を俺に預けた。だから俺はお前を幸せにする義務があるし、お前は幸せになる権利があるんだ」
 私が生まれる少し前に、お父さんが社長だった会社が倒産したらしい。不幸というのは重なる物で、元々身体の弱かったお母さんは、私を産むと同時に死んでしまったそうだ。こんな言い方をすると薄情に思われるかもしれないけれど、何せ生まれる前の話だから、現実味が無いのは仕方ない。
 東京生まれの、大阪宮城岩手愛媛北海道千葉京都福岡三重神奈川育ち。小学校を卒業し、中学校に入るまでには、転校の回数は両手で数え切れなくなって、友人の数は親指の先と人さし指の先をくっつければそれで足りた。ちゃんとしたお別れなんて1度も無かったものだから、いつからか出会い自体が無味乾燥に感じるようになった。
 不幸自慢をしたい訳じゃない。ただ、こういう人生もあるというだけの話。
 事実、私は友人に代わる心の支えを手に入れる事が出来た。だから、孤独に浸かってふやける事は無かった。
 中学2年生になった私は、ぐるっと日本を一周した挙句に、生まれた町に戻ってくる事になった。ひょんな事からお父さんの新しい仕事が決まり、その仕事先の方が、なんと借金まで清算してくれたおかげで、私の長い転校生活にはピリオドが打たれた。もちろん、感謝はしているけれど、これまでずっとつけていた手枷足枷が、いとも容易く取れた事に、私は不思議と寂しさを感じた。
 ふいに私の懐に飛び込んできた新しい人生は、周囲の人たちの助けもあって、見る見るうちに磨かれて、輝きだした。きっと他の人から見たら「普通」の事なのだろうけれど、私にとっての日常は、何より価値のある物だった。
 帰り道でする何気ない会話。生まれて初めて読んだ少女漫画。お洒落して買い物に行く楽しさ。全然クリア出来ないテレビゲーム。ディズニーランドは魔法の国。深夜のテレビは面白い。
 貧乏で貧乏で、いつもお腹をすかしていた時の記憶は次第に薄れていったけれど、忘れない思いが1つだけあった。
 ここまでが綺麗な話。そしてここからが汚い話。


 犬種にもよるのかもしれないけれど、私が初めて舐めた犬のちんこは、腐ったトマトの味がした。獣臭さで打ち消されてしまいがちだけど、じっくり味わったらそうだった。
 あれは確か、名古屋か愛媛で、今にも崩れそうなあばら家で住んでいた時の事だったと思う。ある雨の日、家の前に犬が倒れていた。私はお父さんに懇願して、一生に一度のお願いをいっぺんに3回使って、その犬を家にあげ、毛布でくるんで暖めてあげた。2日間ほど死んだように眠ると、犬はすっかり元気になった。
 もちろん、うちには犬を飼ってあげられる余裕なんてなかったけれど、友達になる事なら出来た。犬は賢く、うちの家庭事情を察したようで、3日目には何も言わず出て行ったけれど、その後、時々私の前に現れては、どこかで拾ってきた食べかけのドーナツやら余ったピザの入った箱やらを恵んでくれた。お父さんは「流石に汚いから食べるなよ」と言ったけれど、かくれて食べた。美味しかった。
 今思えば、あの時の犬は私の事を自分と同列か、それ以下に見ていたという事になる。確かにそれも仕方の無い状況ではあったし、当時の私はそこまで深く考えなかった。ただ普通の女の子が、近所の格好いいお兄さんに恋するように、ドラマに出てくる芸能人に憧れるように、ある日突然目の前に現れる王子様を妄想するように、その犬に対して、「普通の」恋心を抱いた。
 やがてその犬とも、別れの挨拶もロクに出来ぬまま別れる事になった。今でも時々、どうしているだろうか? と考える時がある。あの凛々しい目つきに、長い舌と、湿った鼻。理想の犬像は、あの犬をベースにしている。
 少なくとも私にとって、犬は同年齢の同性より近しい存在だった。日本各地、どこに引っ越したって犬はいたし、すぐに懐かれて餌をもらう事になった。ホームレスが犬を連れて歩いている理由、という論文を書かせたら、きっと私の右に出る者はいない。
 そうこうしている内に、気づくと私の性癖は捻じ曲がっていた。
 動物に好かれやすい体質なのは才能と呼べるかもしれない。けれど、動物に欲情するのは何と呼んだら良いのだろう。とにかく、物心つく頃には、私の性の対象は、完全に動物だけに絞られていた。
 最初は犬だけだったのが、猫の口の愛くるしさ、猿のお尻のセクシーさ、馬の後ろ足の力強さ、熊の背筋の盛り上がり、象の瞳の美しさという具合に、次々と非一般的な方角に突き進んで行った。拾った小銭を少しずつ貯めて動物園に行って、動物の檻の前でこっそり股間をいじるのが、いつしか私の至福のひと時となっていた。
 それが異常である事はかろうじて分かっていたから、ずっと誰にも言わずに、秘密にしてきた。そう、私の分身と、出会うまでは。



 時間は前後して、中学2年生の時に戻る。
「もう借金取りが追いかけてくる事は無いから、卒業までこの学校で勉強する事になる」
 とお父さんにプレッシャーをかけられた私は、何度もしてきた自己紹介に、珍しく緊張していた。名前を言って、よろしくお願いします。それだけの事が酷く難しい事のように思え、逃げ出したくなった。
 そんな私を、新しい教室はざわめきでもって迎えた。それは「新しい人間が参加して少しにぎやかになる」という期待に満ちた種類のざわめきではなく、むしろ「一体全体どういう事だ?」という疑惑と怪訝の漂ったざわめきだった。
 私はその正体不明の重い空気に押しつぶされそうになるのに耐えながらも、教壇の隣に立った。そこで、私は私を見つけた。
 訂正。私そっくりの姿を、私は目の前に見つけたのだ。
 目の前の私は、転校してきた私の姿に臆する事無く、ただじっと私の姿を見つめている。
 まるで幻想的な、夢詩か何かの一節に近い。転校してきたと思ったら、目の前にもう私は座っていた。教室がざわめくのだって仕方が無い。私の混乱に構わず、先生が私を紹介する。
「えー、今日からこのクラスで一緒に勉強する事になった、柚之原命(ゆのはら みこと)さんだ。見ての通り、柚之原知恵さんの双子の……妹だったか?」
「はい」
 と、私の目の前にいる私は答えた。
 双子の、妹? 私は私の姉で、私が私の妹。意味が分からない。
 その日、家に帰ると、お父さんが数々の借金取りを泣かせてきたベテランの土下座姿で私を迎えた。
「すまん! 結局今日まで言いだせなかった!」
 お父さんは額を畳に擦りつけたまま続けた。
「お前には、知恵という生き別れの双子の姉がいるんだ。今日学校で会っただろうが……」
 お父さんの告白によれば、お父さんは、私の双子の姉である知恵さんを、生まれてすぐ、この町では一番のお金持ちである三枝さんの家の前に捨てたらしい。裕福なお屋敷なので、子供の1人くらい育ててくれるだろうという目論みだったそうで、実際、これは後に聞いた話だけれど、三枝家では家の前に捨てられた子供は全員引き取って、育てているらしい。
 お父さん曰く、本当は2人とも預けようと思ったらしいが、ギリギリまで考えに考えた結果、2人を育てるのは無理だけど、やはり私だけは頑張って育てようと決心し、私だけを放浪と逃走の旅に連れて行ったらしい。


 知恵お姉ちゃん、と呼ぶ事も最初は躊躇いが混じった。けれど、お姉ちゃんは凄く無口な人だった(特にお姉ちゃん自身の事は聞かなければ答えてくれない)のが逆に幸いした。虐げられているような事はないだろうけれど、何か不自由はないだろうかとか、むしろ私よりも裕福な生活を送っているのだろうかとか、三枝家での暮らしに興味津々だった私は、自然と良く喋るようになって、そのおかげで、ちゃんとした人間の友達も出来た。
 性癖の方は相変わらずで、初めて触ったパソコンを使って、私の性癖が「獣姦」というジャンルに属する事を知った。格好いい動物の写真を貪欲に集め、外国の女性が馬に貫かれている高画質の動画も見た。仲間が存在する事に感動するのと同時に、私もいつかはあそこまでやりたい、と思った。ようやく手に入れた平穏を楽しむ一方で、夜のトレーニングはどんどん過激になっていった。
 1学年下に、知恵お姉ちゃんが預けられ、そして今はメイドとしてお手伝いをしている三枝家の1人娘がいる。ある日、その事を知った私は、興味本位から放課後にこっそりと彼女を待ち伏せした。
 その人の名は、三枝瑞樹。
 彼女の周りの空気はいつも暖かく春めいていた。妄言かもしれないけれど、普通の人とは明らかに放つオーラが違うのだ。それに釣られて集まった人々は、彼女の為なら何でも出来るような気分になる。まるで女王蟻と働き蟻。かくいう私もそんな働き蟻の仲の1人で、動物相手以外にときめきを覚えたのは、彼女に対してがきっと最初で最後だと思った。
 私は狡猾にも、姉のメイドという立場を利用して彼女に近づいた。彼女と一言喋るだけで、胸が膨らんで苦しくなった。獣姦という獣臭い呪われた檻から解き放たれて、全く別の新しい、百合の香りがする道を進みつつあるのかもしれないと本気で思った。それくらいぞっこんだった。
 結果、私は2足のわらじを履く事になった。毎晩毎晩ベッドの上で妄想するのは、彼女がどこかの森の中で、色んな動物に輪姦される姿。私はそれを眺めながらオナニーする。夢の中に入ったら入ったで、私は動物のどれかになって、彼女にペニスを捻じ込んでいる。
 もちろん、こんな淫らな想いは誰にも言えない。だけど、双子というのは不思議な物で、何も言わなくとも、私の異常な性癖は、知恵お姉ちゃんにはとっくにバレていた。というよりも、姉の性癖は、私から見ても明らかに異常と言えるような、とんでもない代物だった。
 ここまでで、私の人生において重要な事の、およそ半分ほどを語り終えた。
 我ながら、濃厚すぎる人生だとは思う。けれど、ここから先はもっともっと濃くなっていくので、期待してくれていい。

       

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Neetsha