Neetel Inside ニートノベル
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act!on -Ragnarok-
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 現時刻は、既に6時を回っていた。
「くそっ。またか……」
 デスクやパソコンなどの器具が階段を塞いでいる。それらに対処するのに、かなりの時間を掛けていた。
「……いちいち対処している時間は、俺達には無いだろ」
 レオンは障害物を乗り越えようとしている樫尾に、諭すように言った。
「だが、他に行く道があるのか?」むっとして、樫尾が声を尖らせた。
「安心しなよ。配線を繋いでおくように、韓国から来る仲間に言っておいたから、もうすぐ電気が通るはずさ」
 レオンが樫尾を見つめた。すると、樫尾は諦めたように首を振り、溜め息を吐いた。
「……分かった。エレベーターを使おう。当てにはしていないがな」
 樫尾はくるりと向きを変え、通路へと出て行った。


 通路越しに見るオフィスには、散乱した紙や割れた窓、壊れたパソコンが混乱の跡を残しているだけで、後は信じられない位に静かだった。それが、今までの騒がしさから考えると、ある意味不気味だった。
「人がいる気配は、ないみたいですね」
 エレンは回りを警戒していたが、人の気配がない事が分かると、元の柔らかい感じに戻った。
「でも、おかしーですね。何かいるような……ヘンな感じはするんですが」
 この場所にいると、他とは違う雰囲気が漂っている気がして、エレンの言うように、ヘンな感じがする。回りが暗いからかもしれないが。
「あ……電気が点いた」
 辺りが明るくなった。それと同時に、エレンが感じていた違和感の正体が、はっきりと見えるようになった。
「これは……!」
「酷い……こんな……」
 人の死体とその血が、窓越しに見えるのだ。それも、ただ無差別に何人も何人も殺したような、そんな風景だった。
「どうしてこんな事が……」
 これをしてまで河原崎がやりたかった事……
「血が完全に乾いているな……あんまり、こう言うのは好きじゃないんだけどな」
 レオンは、壁にこびりついた血を、何か気味の悪いものを見るように一瞥し、言った。
 エレンが、死体の一つに近寄った。「……多分、午前中には既に殺されてるよ」
 ……河原崎はきっと、随分前からこのビルに目をつけていたのかも知れない。だとすれば、この職場に計画の為に最低1人、工作員が潜伏していた事になる。
 その人は、クヴァールとは違う。彼ら直属の戦闘部隊は、クヴァールのような人が多いとすると、恐らくそういう作戦には不向きだ。
 そして、計画を実行するにあたって、上層階にいる人々は、色々と邪魔なのだ。
 だから、このビルには、必要最低限の人間だけを残して、後は全員殺されているはず……。
「分かったみたいだな、白井」
 樫尾は白井の表情から察したようだ。
「……うん。自信はないんだけど……」


 大体のあらましを言い終え、私が樫尾の反応を伺っていると、樫尾は、うんと唸った。
「こそこそと出来るものじゃなかったって事か?」
「うん。だったら、人を殺す必要は全然ない訳だし」
「そうか……と言う事は、爆弾その物がかなりの規模のものだと言うことか」
 樫尾はひとしきり考えた後、呟くように言った。
「……そうなると、最上階ではなくって、屋上に設置するのが、一番いい」
 エレンが、うんうんと頷いた。
「急ごう」
 3人がそう言ったその時、窓ガラスが割れる音がそこらかしこで鳴り渡った。
「!?」
 3人は回りを警戒するも、一瞬にして、マスクを被り、ごつい戦闘服を着た、明らかに戦闘員のような人達が現れ、私達の目の前に立ち塞がった。
 私達が構えると、戦闘員の中から、軍人のような格好の女性が現れた。彼女は、おもむろに手を叩いていた。
「……いやー、まさに、良くできました、だね」
「……お前も河原崎の直属の戦闘員か?」
 樫尾の問いに、女性は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「当たり。セスって名前なんだ」
「けど、どうして私達の場所を……」
 エレンのその問いに、私はすぐに答を見つけた。
「モニターしていた……?」
「なかなか勘が鋭いじゃん。そう、この『蜘蛛』が、ずっと君達の事を見ていたんだ」
 セスが手を前に差し出すと、そこにタランチュラ程はある蜘蛛のロボットが降りてきた。セスはその蜘蛛を手のひらで弄ぶと、いきなりそれを握り潰した。それを見て、樫尾は苦い顔をした。
「……これだけの戦闘員をよく連れてきたもんだ。数で勝つつもりか? 俺達に通じると思ったか」
 樫尾が挑発的な笑みを見せると、セスは更に嘲るような笑いを返す。
「確かに、君達特殊警察の対集団戦術は目を見張るよ。だけどね……これ等は皆、私の人形。全部、私の思い通りに動かせるんだよ……私のPSI(サイ)でね」
「これだけの数を……バカな!?」
 戦闘員の数は、軽く50人を越えている。
「PSI……厄介な能力だな」
 レオンは険しい顔をしている。
「さあ、私の人形達が織り成す、殺人劇、どうぞごゆっくり」
「ゆっくりしていく暇はないな。まだあの世に行きたくはないんでね!」
 レオンが素早くセスに向かって撃った。しかし、弾丸はセスの目の前で静止し、そのまま落ちていった。
「ウソだろ……」
「残念無念……私にそれは効かないよ。無駄に足掻いても、殺人劇は終わらないから」
 樫尾がチッと舌打ちした。
「アイツを狙うことは出来ない……となれば、全滅させるしかないのか」
「……あなた達に、それが出来る?」
「……やってみるだけさ……だって俺達にも」
 その時、6人の捜査員が颯爽と現れ、戦闘員の回りを囲むように立った。
「……ちょっとばかり増援が来たからな」
 セスの顔が引き釣り、狂暴な色が見え隠れしている。
「そんな程度で調子に乗らないでくれる? 言っとくけど私、強がり言う人は嫌いなんだ」
 セスは片手を挙げた。それに合わせて、戦闘員全員が臨戦態勢に入る。
「……でも、そういう人をなぶり殺すのは、大好きなのよね」
 セスが笑みを深めた。
「悪趣味な奴だ……そろそろ人形遊びは卒業したらどうだ!?」
 樫尾が拳銃を構えたままそう言ったその時、辺りが閃光に包まれた。同時に聴覚がなくなって、私は地面が傾くような感覚に襲われる。支えになるものを探していると、誰かの手が、私の手を握った。その手に引っ張られて、私はどこかへ連れていかれた。
 しだいに目が見えるようになり、私の手を握っているのは、樫尾だと分かった。聴覚も戻り始め、既にここが戦場となっている事も分かる。
 樫尾は、私に向かって言った。
「戦えるか?」
「……うん」
 不安な目をこちらに向けたまま、樫尾は確認するようその言葉をに聞き、険しい顔つきで耳打ちするように言った。
「俺がフォローする。出来る限り敵を排除しろ」
「……分かった」
 ついさっきまで見ていた血の色を思い出す。それを思うと怖くなったけど、その色を頭の中で振り払った後、私は戦場に赴いた。

「せめて、足手まといにだけはなるなよ。仲間の呼吸を常に感じろ。それが俺達にも出来るPSI『テレパシー』だ」
 仲間の呼吸……仲間がどこにいて、何をしようとしているのか。それを常に考えて動く。味方の息のぴったり合ったコンビネーションを読むために、頭が動き出した。
 右に、エレン。背後に2人。さらにその付近にはレオンが、その内の1人を狙っている。しかし、もう片方の戦闘員が、味方の影からレオンの隙をうかがっている。
 私はその影に隠れている戦闘員目掛けて発砲し、その人が倒れたのを確認してからさらに目を他方に向けると、視界にセスの姿が現れた。
「どうやら強がりじゃなかったみたいだね」
 樫尾は彼女に向かって拳銃を突き付けて言った。
「当たり前だろう。戦場に強がりは不要だからな」
「残念……私はこれで終わるとは一言も言ってないんだけど」
 さらに階下から、戦闘員がやって来た。既に増援も2人に減っていて、私達が全滅するのは、明らかに分かることだった。それにも関わらずに、樫尾は拳銃をセスから離さずに、吐き捨てる様に言った。
「だが、強がりしか言えないな。どうせ死ぬか生きるかの2択なんだろう?」
「その通り。もう強がりは聞き飽きたから、もっとましな事を言ってみてよ」
「残念だが、言葉はそう簡単に出てくるものではないからな」
「じゃあ、早く諦めて死んだら?」
「お断りだ……俺達は今までの奴以上にしぶといからな」
 樫尾はナイフを取り出し、それをセスに向かって突き出した。目の前にナイフが到達した瞬間、セスは身をよじってそのナイフの軌道から外れ、そこから更に体を回転させて上段の回し蹴りを繰り出した。樫尾は身を屈めるが、その目の前に拳銃を突き付けられ、動きが止まる。
 ほんの1、2秒の事だった。
「なんだ、あなたのしぶとさってそんなもん?」
「まだまだ、小手調べ……!」
 樫尾は瞬時に首を曲げて銃口から逃れ、セスの腕を掴んで引き寄せた。一瞬バランスを崩したセスは、体勢を立て直す為に片足が少し浮いたが、それを樫尾は見逃さなかった。足が浮いた一瞬、樫尾は不安定なその足を払った。重心が集中し、完全に動かなくなったもう片方の足首に向かって、樫尾はナイフを素早く動かした。
 次の瞬間、セスの足首から血が噴き出し、完全にバランスを失ったセスの身体が、前のめりに倒れ込んだ。
「……意外とやるね」
 セスはこの状況においても、全く苦しそうな表情をせずに笑っていた。
「でもね……私の勝ちは揺るがないよ」
「……囲まれたか」
 回りには、沢山の戦闘員がライフルを構えて私達を囲んでいた。 私の側には、片腕を負傷したエレンと、レオンがいた。
「ここには、沢山の私がいる。だから、私が負けても、人形達が勝てば……私の勝ちだよ」
「1つ言っておこう……戦いに勝ち負けなどない。あるのは、正義と復讐。ただそれだけだ」
「だったら、その復讐の輪廻を、ここで絶つだけ。そうすれば、私は負けないし、私が正しくなる」
 セスが片手を、ゆっくりと挙げた。
「私の、勝ち」
 一斉に銃口が向けられる。
 後は引き金を引くだけで、私達は『負け』る。
 ぞっとするほど、静かに時間が過ぎていく。これが走馬灯というのか、分からないけど、だけど無性に恐ろしく怖くなった。
「もう、終わりかい?」
 聞いたことのある声が聞こえた。直後、黒い影が一瞬にして駆け回り、人形達が、次々と倒れ始める。
 時間の感覚が元に戻った。それに合わせて、セス以外の全ての相手が、倒れた。
「……あなたは!」
 セスの顔に、驚きの色がべっとりと広がった。
「僕? 僕は、しがないファンの一人だよ」
 セスと対峙しているのは、もうかなり弱っているクヴァールだった。片手はもう使い物にならず、腹部からは大量に出血している。
「クヴァール……裏切る気?」
「僕はもう……失いたくはないんだ。この人たちには、まだ死んでほしく……ないからね」
 セスは呆れたように溜め息を吐き、くだらないと言うように吐き捨てた。
「あなたが何を失ったと言うの? 生まれてから何一つ失ってないのに、どうして失ったと言うの?」
「…………記憶だよ」
「!」
 クヴァールは、セスが驚いているのを見て、悲しそうな目をした。
「僕は、記憶を失っていたんだ。それと一緒に、もっと大事なものまで忘れていた……僕の友達……そして、友達を失った事を。リオ、君は覚えてる? 16歳の誕生日の事」
「リオ…………嘘だ……」
 セスは小さく言った。もう、さっきまでの気の強さは見当たらない。
「嘘! ……そんな事は絶対!! ありえない!!」
 精一杯の声を張り上げるが、クヴァールには響くことはなかった。
「だったら、テレパシーで、僕の記憶を覗き見てみてよ。君なら出来るでしょ? ……友達のこと、ちゃんと思い出して」
 セスの目がクヴァールを直視した。しかし、直ぐに顔から強さが消えていく。
「……あ……頭がっ……うあぁぁああっ!!」
 辛うじて立っていたセスが崩れ落ち、頭を抱えてのたうち回り出した。クヴァールは、悲しそうな目をしたままこちらに言った。
「……行きなよ。僕は、この人を少し足止めするから」
「さ、させないっ……行かせない!」
 セスがよろよろと立ち上がると、再び、戦闘員が現れた。
「早く!!」
 クヴァールに急かされると、樫尾が急に叫んだ。
「行くぞ!! エレベーターを呼べ!!」
 頭を抱えるセスに、クヴァールは静かに語りかけた。
「…………思い出した?」
「う、るさいっ……私は……私は……」
「9人目、いないはずの9人目のことを、僕達は忘れていたんだね」
「やめろ……それ以上……!!」
 頭の中でもがき続けるセスに、クヴァールはさらに悲しそうな目を向けた。
「……僕は……失いたくないだけなんだ。昔の僕を、あの頃みたいな彼らを」
「……く……ぅ!!」
 再び、セスが蹲った。同時に戦闘員達が崩れ落ち、力なく横たわっていく。
 それを静かに見ているクヴァールには、一種の嬉しさが混じっていた。私には、何のことだか分からない。だけど、彼らには忘れていた過去がある。
「もう、僕はいなくなるけど、それまでは、僕が死ぬまでは……あの人たちを誰一人として殺させはしない!!」
「クヴァール……違う、ジェイ……君がどんな気持ちなのかは、良く分かってる。……でも、これは許さない。私は、任務を全うする!!」
 再び戦闘員が立ち上がり、クヴァールに向けて殺意をむき出しにした。
「任務のために、君は邪魔な存在。だから私は、躊躇はしないよ」
「……悲しいや……でも、僕はもともと親無き子。誰も悲しみはしないよ」
 クヴァールは両腕を広げて、仁王立ちになった。
 その時、エレベーターのアナウンスが聞こえた。
「エレベーターが来た!! 早く乗り込め!!」
 エレベーターに押し込まれ、ドアが閉まる瞬間、銃声が、ドアの隙間から届いた。そして、クヴァールの倒れる姿と共に、セスの声がした。
「……私は……悲しい」

 現時刻、6時12分。

       

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