Neetel Inside ニートノベル
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 事件から一週間がたったが、犯人の要求はまだない。
「おはよーっす。あれ、杉村、お前今日非番じゃなかったっけ。」
「おはようございます。すいません、働いてるほうが気がまぎれるんで。」
杉村はさすがにまだ野口のことを引きずっている。
こういうとき空気を変えてくれるのは、いつも大久保さんだった。
「内藤、一文字、杉村、鉄ちゃん。最近忙しかったからな、仕事終わったら奢ってやる。
 5人でキャバクラにでも繰り出そうぜ。」
「空気を読めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!そんなところで真面目な話ができるかーーーーー。」
内藤は今にもつかみかかりそうだ。
「内藤さん、落ち着いてください。こんなんでも本部長なんですから。」
 その横ではひとり我関せずと一文字がパソコンをいじっている。
「おい、コラ。何サボってんだ。少しは杉村を見習ったらどうだ。」
「内藤さんといっしょにしないくださいよ。ちゃんと仕事してますよ。」
「ほう、検索ワードのランキングを見るのが仕事か。」
内藤はディスプレイをのぞきこみながら皮肉たっぷりに言う。
「そこが素人の浅はかさですよ。
 今署内では"誘拐"、"首相"、"ゲーム"で検索して出てきたサイトを
 しらみつぶしに調べるローラー作戦を展開中ですが、
 それでは犯人にたどり着けないかも知れないんですよ。」
「そもそも犯人は自サイトを持ってない場合もあると言いたいのか?」
「まぁ、その可能性も無きにしもあらずなんですが。
 僕が言いたいのは、犯人のサイトがどのサイトともリンクしていない場合です。」
「リンクってなんだ。」
一文字は手帳に書きながら説明した。
「インターネットの世界が大きな海だとするとサイトはそこに点在する島みたいなものです。
そしてその島どうしを結んでいる橋がリンクです。」
話しながらも、手帳に書かれた丸を線で結んでいく。
どうやら、丸がサイトで線がリンクを表しているようだ。
「検索サイトで検索できるのはこのリンクでつながっているところだけです。」
一文字は線でつながっていない丸印を指差しながら、
「犯人のサイトがこの離れ小島だとしたら、今のやり方では絶対に発見できないということです。」
としめくくった。
「話をすりかえるな。検索ワードのランキングの話はどこいったんだよ。」
「いえ、ね、ランキングに聞きなれない言葉があったんで。」
「トリポクシルスディコトムス?なんだそりゃ。」
「それを今から調べるんですよ。」
そう言うと一文字はさっそく検索した。
検索回数が多い割りにヒットしたのはたったの8件だけ。
上から順番に見ていくと、そのうち7件はトリポクシルスディコトムスがなにか質問する内容だった。
「こっちが聞きたいってのに。」
一番初めに見たサイトに答えてくれている人がいたので、
トリポクシルスディコトムスがカブトムシの学名だと分かったが、
これがランキングの13位に入っているのが分からない。
 念のため8番目のサイトも見てみると、それは明らかに異質だった。
黒いバックに白いテキストが一枚、タテ、ヨコと書かれた下に数字がふられ、
クイズのようなものが箇条書きされている。
その下にはヒントと書かれ、大きな正方形の枠のなかに"ジユンカイトシヨカン"という文字と
白と黒の正方形のチェックがらが不規則にならんでいる。
「これはクロスワードパズルだな。」
いつの間にか井上が割り込んできた。
井上のクロスワードに対する嗅覚は、樹液に群がるカブトムシ並みかもしれない。
「内藤さん、これ、これ。」
一文字が画面を指す。
タテの271に"学名はトリポクシルスディコトムス"と書かれている。
「そうか。このクロスワードを解くために、たくさんの人が検索したんだよ。」
「いや、あんたじゃないんだから。大方いたずらか何かだろ。
 しかし、これ難易度高すぎ。」
「これは自分で■マスまで埋めていくタイプだから確かに難しいほうだが、
 親切なところもある。
 例えば、ヒントのところにある□は、クロスワードでは文字数が1のものは使えないから、
 □マスとして先に書かれているのだろう。」
「この"ジ"、"イ"、"ト"の文字の左肩に書かれている点みたいなものはなんだ。」
内藤がヒントに書かれている"ジユンカイトシヨカン"の文字を指でなぞりながら聞く。
「おいおい、年寄りはこんな小さいもの見えん。たぶん数字だとは思うが。」
「まだ年寄りって歳ではないでしょ。こんなもの僕にも見えませんよ。」
この中で最年少の一文字がフォローしつつ、
"ジユンカイトシヨカン"の文字をメモ帳にコピペする。
フォントの文字のサイズを一気に26まで上げると、つぶれて点になっていた文字が
数字であることが分かった。
"ジ"は"1"、"イ"は"27"、"ト"は"34"。
「この数字がそれぞれのタテヨコの問題に対応してるんだ。」
井上はそう言いながらマスを埋め始めた。
この男にクロスワードを与えてはいけない。
「仕事しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
この日も捜査はあまり進まなかった。

       

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