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そのさん 『先生、すっごい緑色です』

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ピンポーン

「せんせぇ~、お客さんですよ~ぅ」
「んああ」
……いや、『んああ』じゃなっくて。
「せんせぇってばぁ~、出てくださぁ~い」
「やだよ、お前出ろよ」
だからぁ、出れないから頼んでるんじゃないですか。
「お……おトイレなんですぅ、せんせぇ出てくださいっ」
あたしはちょっぴり声のトーンを落として言う。
もー、デリカシー無いんだから。
レディにここまで言わせないでよね。
「とにかく出てくださいっ」
「ったく……ほっときゃ良いのに」
どすどすと足音が聞こえる。
お、どうやら文句を言いながらも出てくれるらしい。
えらいぞ、先生。
あとでご褒美に……

ガチャッ

「*****? ***~!」

バタンッ

どすどすどす

あれ?
来客終わり?
セールスとかだったのかな?
だったら、使っちゃって悪かったな。
一応、雇い主ですものね。
ジャーッと水を流して手を拭いて、あたしはおトイレを出た。

ピンポーン

あら? また?
「はいは~い」
ぐいっ
「出なくて良い」
玄関へ向かおうとしたあたしの腕を、先生がつかむ。
けっこう痛いし。
「なんで出なくて良いんですか? セールスですか?」
「違う」
「あ、じゃあもしかして、またお仕事断るつもりですか?」
先生は電話だったり来客だったり、仕事の依頼はすぐに断るニート作家だ。
まあ『自称』天才童話作家だそうですケド。
「とにかく出なくて良い。後悔するぞ」
後悔?
よくわからないけど、いつに無くまじめな表情だわ。
ピンポーン
またチャイムが鳴る。
「ん~、やっぱでも出ます」
あたしは一応出ることにした。
セールスじゃないみたいだし、しつこいお客様なら、それはそれできちんとお断りしないといけない。
それが助手の仕事ってものよね。
「僕は止めたからな」
先生は捨て台詞を残して寝室へと入った。
おい、また寝るのかよ。
ま、来客をジャマされなくて良いか。
「は~い」
ガチャッとあたしは玄関を開けた。

「あ! じょ、助手の方ですか? さ、早乙女先生に会わせてください!」

……人間の言葉をしゃっべている。

「おねがいします! どうしてもお願いしたいことがあるんです!」

……ずいぶん、体の色が緑だ。頭にお皿みたいなものものってる。
そう、これはまるで……

「センセ! かっぱ! かっぱがうちの玄関に!」
「だから言っただろう!」
寝室から先生の声。
あ、わかったぞ。
先生、妖怪が怖いんだな。
「あのぅ……先ほどの男性が、早乙女先生ですよね?」
かっぱさんはおずおずと聞いた。
「僕、どうしても先生に童話を書いていただきたくて……あ、お金ならちゃんとありますから!」
あらためて見ると、なかなか愛嬌のある顔をしている。
背もあたしとあんまり変わらないし。
うん、潤んだ瞳もなかなか可愛いじゃないか。
などと、あたしは無理やり思うことにした。
だって、こんなに必死になんですもの。
だってだって、お仕事の依頼ですもの。
うう、でも生臭いよぅ……
「と、とにかく、お話を聞きましょう。中へどうぞ」
あたしはかっぱさんを中へと案内する。
(ソファに、ビニールシートとかひいたら失礼かしら?)
(革だから拭けば大丈夫だと思うけど、痛んだりしないかしら)
「では、ここでお待ちください」
あれこれ悩みながらも、あたしはかっぱさんをソファへと座らせた。
ああ、座るときぴちゃっていったよ、ぴちゃって。
「センセ、入ります」
あたしは軽くノックをしてから先生の寝室へと入る。
良かった、鍵はかかってない。
「おい! なんで河童をうちに入れたんだ!」
ベッドの上で布団にくるまった先生が、ささやくような声で言った。
なっさけないなぁ、もお。
「だいじょうぶですよ。センセ、お仕事の依頼ですから、きてください」
「やだよ! そもそもなんで河童がこの家を知ってるんだ?」
……実は思い当たるふしはある。
「お前、何か知ってるな?」
ぎくっ
こんなときだけスルドイっ。
「いや、あの、こないだ取材をうけたじゃないですかぁ」
「断れと言ったはずだが?」
「う、いえ、あの、たぶんそのせいかと」
あたしは、しゅんとちぢこまった。
ちょっとかってすぎたかしら。
先生はそんなあたしを見て、大きなため息をついた。
「で? 雑誌の名前は?」
ああ、その質問は、いっちばんされたくなかったぁ。
「週間『となりの妖怪☆パラダイス』です」
「……はぁ?」
先生はまさに『ぽかーん』といった表情であたしを見た。
うん、わかってましたよ、こうなることは。
でも、だって、断れなかったんだもん。
編集さんがくれたお菓子、おいしかったんだもん。
そもそも、依頼した方が悪いのよ。
「もう一回、雑誌の名前を言ってみろ」
先生はあきらめた表情で頭を振った。
お、怒ってない?
怒ってないかなぁ?
「しゅ、週間『となりの妖怪☆パラダイス』です」
「明らかに、そのせいだな」
「……ごめんなさい」
落ち着いた先生の言葉に、あたしは泣きそうになる。
怒鳴られるより苦しいのは、なぜだろう。
「しかたないな、話を聞くか」
「え? ほんとうですか?」
あたしは顔を上げた。
こんなこと、はじめてだ。
「ああ。まあ、人間の依頼者よりはましだろう」
そう言って先生は立ち上がった。
「あ、まってください。あたしもいきます」
応接間へと向かうその後ろを、あたしはあわててついて行った。

「で? どんな依頼でしょう」
ソファに深く座った先生は、さっきまでと違ってとても堂々としている。
くぅ……お仕事モード!
先生、かっこいいぞ!
「あ、はい、僕……私は、河童でして」
それは見ればわかる。
見ればわかるぞ、かっぱくん!
「それで?」
「はい、実は、悩んでいることがありまして」
ん? なやみ?
うちの先生は占い師とかじゃないいんですケド。
ううん、でもね、めずらしく先生やる気だし、水はささないでおきましょ。
「どんな悩みだい」
ほら、先生ホントやる気。
優しい声で聞いちゃって。
あたしにもたまには優しくして欲しいわよね。
「はい、その、私……」
ここでかっぱくん、急に言葉をつまらせる。
ううん、これはよっぽど大きな悩みだぞ。
「きゅうりが苦手でして」
「なるほど」
……って、おい!
くだらな!
かっぱくんの悩み、くだらな!
先生も『なるほど』ってなんですか、『なるほど』って。
「わかりました。それでは、そうですね、明後日、また来て下さい」
え? それって……
「さあ、早速、書き始めますから、今日のところはお帰りください。助手、案内を」
「え? あ、はい!」
思わずぼーっとしてしまった。
書くんだ! 先生書くんだ!
すごい! すごいよかっぱくん!
悩みはくだらないけどさ!
「助手、お客様がお帰りだぞ」
先生がジロリとにらむ。
いけない、またぼーっとしてしまった。
「それでは、また明後日」
あたしが玄関までご案内してドアを閉めるまで、かっぱくんは一言もしゃべらなかった。
もしかしたら泣いていたのかも。
かっぱくん、良かったね!
あたしも何だかうれしくて、ちょっとうるうるきたよ。
「セ・ン・セ」
あたしは努めて可愛く、仕事部屋にむかう先生の背中に飛びついた。
「重い。何だ」
あ、重いとかヒドい。
でも今は、ゆるしたげる。
「どうして書く気になったんです?」
そうそう、これをあたしは聞きたいの。
だってさ、どんな依頼をもってったって、いっっつも先生断っちゃうんだもん。
それがさ、あのかっぱくんのつまんない悩みで書く気になるなんて。
すごいなー、かっぱくん。
ていうかゴメンネ、つまんないとか言ってさ。
「食べ物の好き嫌いは、本人にとっては大きな悩みだ。傍から見たら、単なるわがままに聞こえるかもしれないがな」
そう言って先生はあたしをにらんだ。
ええ、たしかにわがままだと思ってますケド?
だって、先生のはホントにただのわがままじゃないですか。
『さっきみた夢に、ふてぶてしい牛が出てきたから、もう牛肉は嫌いだ』とか。
『さっきテレビで見たネギを持った女が気持ち悪かったから、もうネギは嫌いだ』とか。
ううん、あらためて思うとホントにめちゃくちゃ。
「それに、まあ久しぶりに書くのも悪くない」
「センセ……」
人がかわったみたい!
悪いもの食べたみたい!
頭がおかしくなったみたい!
とにかく、いつもの先生からは考えられない発言だわ。
「さて、僕はこれから執筆に入る。明日の夜には書き終わると思う。途中で鴨志田がくるかも知れないが、僕は執筆中だと言え」
それだけ言うと、先生は仕事部屋の扉を閉めた。
えっと……
「センセ、お食事とかはどうされますか?」
あたし的にはこれはとっても問題。
「いらん」
「え、でも」
「一日二日食わなくても死なん」
扉越しの先生の声は、大きいけれど冷静だ。
いつものイライラした感じとは全然違う。
「わかりました。では、何か御用がありましたらおよびくださいね」
「あたりまえだ」
うー、可愛くない。
やっぱり先生は先生だわ。

さて、と。
ソファに腰かけ、あたしは時計を見た。
午後五時半。
ごはんにも、寝るにも微妙な時間。
どうしよう。
テレビとかはつけない方が良いかな。
先生のジャマになったらヤだもんね。
鴨志田さんに電話しとこうかな?
ちなみに鴨志田さんっていうのは先生の、秘書っていうのかな。
なんか『できる女』って感じの人。
週に一回来て、事務的な仕事とか、お金の話とかを先生にして帰っていく。
あたし的には『秘書』って冷たい人ってイメージだけど、鴨志田さんは、良くも悪くも、印象の薄い、にこやかなお姉さんって感じ。
けっこう、あたしのこと可愛がってくれるのよね。
「よし」
あたしはコーヒーを淹れるため、キッチンへとむかった。
いらないかもしれないけど、一応、淹れるんだ。
仕事部屋からは何の音も聞こえない。
ちょっと覗いてみたかったけど、やめた。
あたしの頭の中では、鶴の翼をつけた先生の姿が浮かんでいた。

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