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どこにも行けない三篇

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たましいの傷を
白い川に浸していた
水に入れた足先は感覚がない
対岸では顔のない人々が
みどり色の鈴を鳴らしていて

私が低い声で歌ってみたら
反対側で誰かが高い声で歌う
私が顔をしかめたら
向こうの人は笑った
私が目を伏せると
彼らは空を仰ぐ
繋がっているのだと思うと
誰かが分離しているのだと言って
踊ろうとしたら
静かに彼らは眠りについて
私が一人で見つめていたら
人々の営みは滞りなく始まっていく

こちらから見る景色はいつもとてもきれい
やがて薄い闇が降りてきたらあちら側では
遥か向こうの灯台がやわらかく光りはじめるはずだ。


*


犬のあたたかくて細い毛をそっと撫でて
秘密の庭に行くのです
葉に囲まれた裏道を潜り抜けて
スイカズラの小さな黒い実で頬をこすって。

乳白色に沈んだ淡いみどり色の場所
風はないのに木々は揺れて
音が削りとられたみたいにとても静か
甘いものを焦がしたみたいな夏の匂いの
気配だけが漂っている
影はもうずっと前に擦り切れて
ごく淡い色になってしまった

ぜんぶがひっそりと失われ続けて
世界がほどかれ続けていくそこで
私は息を止めてただ犬の呼吸を
たましいに映しこもうとしているばかり。


*


落ちて行く私は
しがみつく場所がなくても
それでも歌いたくて
四苦八苦
見苦しくても
探してしまう
きらきらしたもの、
清いもの
耳を澄ませて
目を閉じて
たくさんの鈴音の中から
誰かが謝る小さな声を聴いて
泳ぐイルカの水音を聴いて
夏の歌を聴いて
林檎を齧る音を聴いて
銀色の靴下がベッドから滑り落ちる音や
カーテンの膨らむ音さえ聴きとって
そんなふうにどうにかしている
めまいひどい
世界がすぐに揺れる
でもきらきらするから
またひそかに鮮やかに一瞬だけ発光するから
蜘蛛の糸みたいに細く細く
鈴音がしゃらしゃらと
木々のざわめきみたいに空を覆うから
だから
だから。


5

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