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第一話

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第一話 二人の出会いは必然だった


利秋が何かの気配に気がつくと、そこに小柄な女が立っていたのだ。
束ねていない桃色の髪は、背中ほどまで伸びている。
その髪によく似合う緑色の虹彩と合わせて女を見ていると、利秋は春の季節をどこか懐かしげに思った。

だがしかし、彼女に見とれる寸分の間をおかずに、その女は利秋の方へ一歩進んできた。
そして偉そうに腕を組むと、座る利秋を見下しながら口を開いた。

「初めまして。私の名前は、春乃春子よ」
「…………」

利秋のそっけない返事。
春子と名乗った女は利秋にどんな反応を期待していたのか。
口を強張らせたまま、目線をはずさない。利秋も横目でその姿をちらりと見ているが、春子の威圧感に負けてしまい、すぐに目をそらしていた。

「あれ? もっとこう、驚いたりとかしないの?」
「驚くって……」

利秋は確かに驚愕していた。
でもそれは、女性が家の中に突然現れたことに対してではない。
むしろ、自分の横に女性がいるということに驚愕していたのだ。
彼自身は自覚していないのだろうが、鼻息がいつの間にやら荒くなり、脂汗とも冷や汗ともつかぬ液体が額から流れ落ちている。
頬から耳までが真っ赤に染まり、俯いて本に目をそらしているその姿は、まさしく女性と関わりを持たない男そのものであった。

そんな利秋の顔を、横からそうっと春子が覗き込んだ。
いかんせん利秋は本に意識を集中しているのだが、顔と顔との距離が近い。
春子の顔に気づいた利秋は、もういてもたってもいられなくなり、本を頭に被ってうずくまった。

「どうしたの?」

そんな春子の問いに答える余力はない。
利秋の顔面は、噴火が間近の火山を感じさせるほどまでに紅潮していた。
頭の中ではいらぬ妄想がひとりでに歩きだしているのだろう。息がさらに荒くなっている。

「病気になっちゃったの?」
「………………」

利秋は何も答えない。いや、答えることができない。
もはや利秋の我慢のボルテージは限界にまで差し掛かっていた。
一週間の禁欲が性欲をそそり立て、更に更にと妄想を広げていく。

今この状況で、男と女が二人きり。
ここは自分の家。家には自分達の他に誰もいない。
これは、自分が魔法使いになることを阻止する一生に一度のチャンスでは…?

と言ったシチュエーションが、利秋の頭を駆け巡っているのだ。
春子の言うことに反応しないのは、妄想の世界に浸りすぎて周囲の声を耳に入れることが出来ないからである。
俗に言う、童貞魔法使いのルーラという呪文であることをこの時、利秋はまだ知る由もなかった。

「ねえってば」

そんな妄想もあっという間だった。
春子は無理やり利秋の被っている本を払い投げ、利秋の肩を持ち、その華奢な腕からでは想像できない力で無理やり仰向けにしたのだ。
背中から倒れた利秋の上にまたがる春子。地面に寝そべり、春子の顔を見上げる利秋。

「……」
「……」

無言で対峙する二人。
利秋は失神しそうな感覚を覚ていた。
今まで女性に避けられていた自分が、逆に近寄られているのだから。

「秋山利秋くん、だよね?」
「え……? 何で僕の名前を?」

利秋は顔面を真っ赤にしたまま更に驚き、段々と冷静になっていった。
よくよく考えてみれば、この女はどうやって自分の家に侵入した? 家の鍵はすべて閉めてあるし、ここは二階だ。
玄関から入ってきたとしたら、階段を上る足音で気づく。だが、そんな音はしなかった。
ならばどうやって? 二回の窓を屋根をつたってでも入ってきたと言うのか? 無理だろ、常識的に考えて。
それに何故、自分の名前を知っているのか? 理由が全くわからない。

利秋の顔の赤さが、すぅっとひいていって、今度は青ざめた表情になっていた。
歯をガチガチ鳴らしながら、体を震わせている。利秋の急な変化に、またがる春子は更にたじろぐばかりであった。

「あ、そうだよね。私がここに来た目的をまだ言ってなかったね」
「なな、何のことだよ」

そこでやっと春子は利秋の体から降り、立ち上がった。つられて利秋も立ち上がる。
そうして初めて気づいたのだが、春子の身長は利秋より少し低いだけであった。己の身長が、いかに低いかを更に知らされた利秋であった。

「さて、私の名前はさっき言ったからいいよね。ね、利秋くん」
「春子さんだよね。ところで、なんで僕の名前を知っているの?」

利秋は、目の前で起こっている事が全て夢であると自覚した。
そうしたら段々と落ち着いてきたらしい。女性を前にしても普通に話せるようになったし、顔を赤らめなくもなった。

「うーん。何から話せばいいんだろう」

春子は少しの間、下を向き、顎に手を当てながら何かを考え込んでいた。
が、すぐに目線を利秋のほうに戻し、軽快に口を開いた。

「単刀直入に言います。私は、あなたを救いにやってきたのです!」
「は?」

利秋は即答した。
夢の中とはいえ、あまりにも滑稽な事を言われたからだ。
春子はそれでも利秋から目線を離さず、続けた。

「ええとですね、貴方は学校で避けられていますよね」
「そうだけど何か」
「友達がほしいですよね?」
「別に」
「女の子と仲良くなりたいですよね」
「なんで?」

春子の眉間に段々と皺がよっていく。

「生きてて楽しいですか?」
「楽しい」
「なんでですか?」
「そこにVIPがあるからさ」
「VIPですか?」
「僕の友達はパソコン。僕の彼女はソニアたん」

表情を全く変えずに相槌を打つ利秋を前に、春子はあきれた表情で立ち尽くしていた。

「利秋くん」
「はい?」

春子はそう言うと、静かに息を吸い込み、目をかっと見開いた。
そして、

「これは夢ではありません!!」

と言い放ち、平手で利秋の頬を思い切りビンタした。
短い破裂音が響いたかと思った次の瞬間、利秋は頬に激痛を感じ、夢の世界から覚めた。

そして震えた。
目の前に春子がいたからではない。春子が言い放った現実への恐怖が、ひしひしとわいて来たのだ。
学校では避けられる。友達はいない。
自分の居場所はないのに、毎日そんな場所に行かなければならない。
カウンセリングに行っても、現実と戦わなきゃと流されて終わってきたのだ。

利秋は涙を流していた。歯を食いしばり、静かに。
そんな利秋の肩に、春子が小さな手を置いた。

「大丈夫です、利秋くん。私は利秋くんを救いに来たって言ったでしょ?」
「だがら……どういう意味なんだよ……」

泣きじゃくる利秋を、春子はそっと抱きしめた。
利秋はそれが、無性に憎くてたまらないのに。
それなのに、なぜかとても嬉しかった。人肌に触れていることが、とても嬉しかった。


やがて春子は利秋の体を抱きしめていた腕を放し、その目を見つめなおした。
利秋も、もう泣き止んでいた。静かに、春子の話に聞き入ることにした。
3

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