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お題②/紙上の空論/クロトノリガー

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 先ず最初に言わせてもらうと、私は神に生まれたかった。
 しかしすでに神がいたため、私は神にはなれなかった。
 その代わりに神の慈悲なのか、私は紙として生まれた。
 余計なお世話だ。
 紙の運命とは脆弱なものである。ある時は鼻水を全身で受け止め、ある時はコーヒーを溢され、ある時は燃え上がるフライパンに飛び込み、ある時は胸毛の濃い男の画像を印刷される。そしていずれもいつかはゴミとして出され、焼却炉に突っ込まれ巡り巡って結局は再び紙としての一生を迎えることとなる。理由は分かっていない。これが俗に言う『ペーパー七不思議』の一つ。これテストに出ます。テスト用紙経験者である私が言うのだから間違いはない。
 まあ、紙として生まれてきたことには、結果的に後悔はしていない。焼却されても記憶がなくなる事はないし(これも七不思議の一つ)、紙ゆえに様々な場所を体験することが出来る。人として有限の命を持って生きるよりは良かったと思っている。それに、運良く本の媒体になると焼却されることも少ない。その場合あまり人気のない本だと、本棚に引きこもりになってしまうため、風邪がちになってしまうこともある。君たちも一度は聞いたことがあるだろう。古本屋の本が「ごほん」と咳をうつのを。あれはカウンターのおじいさんのものではないのだ。
 逆にティッシュなど使い捨ての媒体になると、連鎖的にティッシュの一生を繰り返すことが多い。これが毎度お馴染み「ティッシュ地獄」だ。まだ女の子のクシャミとかなら可愛いものなのでいいのだが、吐瀉物の処理、おっさんのクシャミなどになるとたまらない。気絶する者も多いという。私も今までに一五二回ほど経験した。全くもって嫌な地獄だ。
 閑話休題。
 私が今日わざわざこうして話を起こしたのは他でもない、ある一つの事象についてである。
 それは古来より日本で行われし遊戯。大人数で意見が合わないときに意見をあわせるための手段。由来は仏教用語の料間法意ともされる、人間世界に代々伝わる伝統の遊戯。そう、

 “じゃんけん”である――――

 ルールを簡単に説明すると、グー・チョキ・パーと三つの手があり、グーはチョキに。チョキはパーに。パーはグーに強いという三すくみの特性を持っているのである。そして、ここからが本題だ。
 日本で、というより世界中で、グーには石or岩、チョキには鋏、そしてパーには我らが紙があてられている。これは名誉なことだ。世界三大珍味にも並ぶほど有名な「世界で有名な三つのもの」に入っているのだからな。ここまでは何も問題はない。
 しかし、昨今このような話題がお茶の間を席巻している。
『なんで石のグーが紙のパーに負けるんだ?』
 それだけは触れられたくなかった点だ。私たちだって理解している。何故石が紙に負ける。石が突き破ってはい終わりじゃないか。幼稚園児でも分かる結果だ。彼らも幼き時代、何故頑強な一枚岩がひらひらの紙切れ一枚に負けるのかとさぞかし胃を痛めた事だろう。
 しかし、そうなってくるとパーは最弱の手になってしまう。英語では「シザース」とも言われる、まるで神ことジーザスのような名を纏った鋏にちょきちょき切られてしまうのはまだ分かる。奴らに戦争で勝ったことは一度たりともない。そして前述したように我々はグーこと石にも弱い。となるとパーはどちらにも勝てない最弱の手。これはいかんと思った開発者が思いついた答えがこれだ。
「石は紙に包まれる。パーの勝ち」
 言っておくと石を包んだことは一度もない。これはどういう原理で勝ちなのだろうか。
 グーVSチョキは鋏が石を切れないためグーの勝ち。チョキVSパーは鋏が紙を切ってしまうためチョキの勝ち。ではパーVSグーは?
「石は紙に包まれる。パーの勝ち」
 いや、そのりくつはおかしい。そういったセリフが飛び出しそうである。
 そんな理由をつけるのならば、せめて最初からパーを鉄板などにすればよいのではないだろうか。……いや待て、さすれば我々が偉大なるじゃんけんの手から漏れてしまい、尚且つチョキVSパーでの勝負に矛盾が生じることになる。これはいけない。ではグーを変更してはどうか。石ではなく、卵でもいいのではないか。卵なら紙でも勝てるぞ。……しかしそうなるとグーVSチョキにおいて矛盾が生じることが予想される。
 どうやら、具体的な解決方法はないようだ。成る程、だから何百年もの間、この三手で統一されてきたのか。間違っているようで、実は正しかったのか。さすがじゃんけん。世界中に広まるのも肯ける。
 と、いうわけだちびっ子諸君。パーはグーに勝つことが出来るというのは、理屈はどうあれとりあえず正しいことらしい。これからは何の遠慮もなく、「最初はグー」の後にはすべからく「ぱぁ」と言うといい。私たちはいつでも君たちの味方だ。
 さて、私の最大の悩みが解消されたところで、次の議題といこう。昨今、若者の活字離れが進んでいるようだ。この問題に対して、私は大いなる異


「? どうしたんだお前、本開いて見入ってたと思ったら突然閉じて」
「……いや、何でもないんだけどよ……。なあ、俺普段本読まないから分からないけど、本って喋ったりするのか?」
「そんなわけないだろう。本は無機物だぞ」
「はは、だよな」

「ただ……」
「? ただ……何だ?」
「本には著者の心がこもっている。いや、著者だけじゃない。校正、編集者、印刷所の人……出版に関わった人全員の心がな。それを考えると、本も生きているといえるかもしれない。喋るかどうかは別だけどな」
「へー……。――なあ」
「ん? どうしたんだ?」
「この本って、いくらすんのかな?」







 ふふ。私の悩みがまた一つ、解決されたようだ。

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