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1『昨日と同じ殺戮の日』

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 死体の山の頂上にいて、僕は戸惑った。様々な装備を纏った兵士たちは、皆体を穿たれ、引き裂かれていて、原型を留めているものは少なかった。皆、僕が殺した者たちだった。
 屍の塔の下から僕を見上げる少女に気付き、僕はようやくこれが夢であることを認識した。今にも消えてしまいそうな、蜃気楼の儚さを宿した少女だった。僕の力なら、強く抱きしめれば容易く折れてしまいそうな細く白い手足、死臭を乗せた風になびく黒髪、長めの前髪が、少女の目元を隠していて、表情は読み取れない。
 少女は蕾の唇を開き、僕に囁きかける。
「殺して、もっと、もっとたくさん殺して」
 僕は出来ることならもう人を殺したくはないのだけれど
「うん」
 優しく頷いてみせた。
 殺したくはないけれど、そうはいかない。殺さなければいけない人間は大勢いるし、僕にはほかに誇れる技術などないのだから。汚物のようなアイデンティティーだけど、守らなければ僕は僕でなくなってしまうし、本当は僕のような人間が生きていて言い訳はないのだけれど、まだ死ぬわけにもいかない理由があるのだ。だから、殺すしかない。
 僕の返答に満足したように、少女は口元を柔らかく歪め、そして蜃気楼のように消えた。同時に、僕の夢も終わった。


 魔皇歴823年、4月14日、レシオン国、マカベリ都市の一般的なアパートの一室でカーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、いつもと変わらぬベッドの上で目覚めた。クローゼット、壁一面を埋める本棚、山盛りの書類が積み重ねられた机、生活に必要最低限のものしか置いていない、質素な部屋だ。
 僕は洗面所で顔を洗い、服を着替え、仕事へ赴く準備を始めた。二本の刃渡り25センチ程のナイフを研ぎ、上着の中に入れた。もう二本、刃渡り15センチほどのナイフも研ぎ、そちらはいったん置いておく。後でブーツを履いた時に、そのなかに忍ばせるのだ。最後に、特殊な意匠の施された鍔と、柄しかない、刃の存在しない剣と呼べるかも定かではないものをベルトにさした。
 支度を終え、家を出ると、体内に埋め込まれた無線機が鳴った。骨に直接振動を送り、対象者に声を届けるこの装置でなら、会話が他者に漏れることはない。
『対象は7人、ヒトマルマルマルに作戦開始』
「了解」
 と僕はどこか遠くにいる相手に返事をした。

 マカベリはこの国で最も栄えた街だ。富裕層が多いが、同じくらいに明日の食事に困るような低所得者と、犯罪者が多い。金の集まる場所は、自然と犯罪の温床地にもなるものだ。金と犯罪と命は、切っても切り離せないものらしい。
 僕はマカベリ外れの小さな漁港に来ていた。これから無数にある倉庫の一角で、麻薬の取引が行われる。
 僕は気配を消して、対象がいる倉庫に入り込み、物陰に隠れた。対象の7人は、見るからに犯罪者顔、ということもなくいたって普通の中年男性だった。服装のみすぼらしさや、手口の雑さから、大きな組織に入っているわけではなく、生活に困り犯罪に手を染めてしまっただけの、同情の余地ある者たちだと思われた。
 僕は、少しだけ躊躇してしまう。彼らは、死に値する人物なのだろうか?
 何も殺すことはないんじゃないか、僕にだって僅かな理性はあるし、殺人を楽しむタイプでもない。
 しかし、同じことだった。今、レシオンではあまりに増えた犯罪者、そして人口のせいで刑務所は溢れかえり、仕事もない。数が多くなれば、価値は下がる。それは命にしても同じことで、この国では些細な犯罪で簡単に死刑になる。だから、僕が直接手を下すかどうかは、結果には支障せず、僕の気持ちの問題というだけであった。生死はギャラには関係しないので、楽な手段をとることにする。生け捕りより、殺してしまう方が何倍も楽だ。
 姿勢を見て、彼らが戦闘訓練を受けたものではないことは察しがつき、面倒になってきた僕は大胆な手に出ることにした。
 レッツ・ファッキン・ゴー
 上着の下から二本のナイフを両手に、それぞれ逆手で構え、いきなり物陰から飛び出す。驚く7人の犯罪者たち。彼らが武器を取り出す前に、一番近くにいた一人の首を通り過ぎざまに切り裂き、さらにもう一人の手首を切りつけ、もう一本のナイフで太ももを切り裂く。多分これで反撃は出来ないだろうし、出血量から見てすぐに死亡するはずだ。
 ようやく武器を取り出した残りの5人。全員、一般的な魔剣を装備していた。二人が同時に切りかかってくる。僕は2本のナイフで同時に防ぎ、片方に前蹴りをお見舞いする。すぐさまナイフで剣を弾き、体制を崩した男の側面に回り込み、刃を男の脇の下から深くまで突き刺す。心臓まで達したナイフを引き抜こうとするが、骨に引っかかって抜けない。そな間にもう一人が剣を振り下ろしてきたので、僕はナイフを諦め、後方跳躍して退避。と、後方に待機していた3人から膨大な熱気。3人の魔剣の先端にそれぞれ火球。もっとも一般的な炎の魔法・炎遠(アグニ)だ。
 次々と直前まで僕がいた空間に魔力で作られた炎の塊が弾丸となり着弾。熱風が僕の髪を揺らす。爆発で発生した煙幕を利用し、僕は3人に特攻。近くにいた一人を後方に置き去りにし、煙から飛び出し3人に肉薄すると、ナイフを失い空いた手で、一人の剣を握った腕を掴み、首元にナイフを突き刺す。近くにいた一人が後ろから迫ってきたので、振り向かず、気配を察知しての後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。直撃した男が後ろに吹き飛び、僕は蹴り足を戻しざまにブーツから仕込んでいた短いナイフを抜き取る。丸腰になったと勘違いしたもう一人が刃を振るってくるが、僕は抜き取ったナイフで受け止める。驚愕する相手に膝蹴りをかまし、さらにもう一本のナイフを抜き取り素早く首を切りつける。
 先ほど蹴りをかました男と、後方に置いてきた男が剣を構える。四つの目には脅え。だが、逃げられる可能性も薄いことを悟ったのか、残りの二人が突進。僕は二本のナイフを逆手に持ち、交差させて構える。激突する四つの刃。先ほどから僕が急所しか狙っていないのがばれたのか、敵に攻撃を防がれてしまう。この短いナイフでは、的確に急所を狙わなければ致命傷は与えられない。
 防ぎきれない斬撃が来たので、後ろに飛んでいったん距離を取る。すかさず、二人は炎遠(アグニ)の魔法を剣先に宿す。僕は片方にナイフを投げる。容易く刀で弾かれるが、それはどうでもいい。空いた片手で魔法の詠唱式を描く。光の初級魔法・拡光覆(オ・プス)。僕はすぐに目を瞑る。詠唱式を見破れなかった二人は、僕の手から放たれる眩い光に視界を奪われる。あらぬ方向に暴発する火炎の玉。視界を奪われた二人に再び接近。でたらめに振られた刃をかいくぐり、一本のナイフを鞭のようにしならせ、足、手、首を一息に切りつける。視力を取り戻してきたもう一人目掛けて、今度は狙い澄ましたアンダースローによるナイフ投げ。狙い通り、ナイフは男の首に突き刺さる。
 これで、全滅だ。五分とかからずに、人が七人も死んだ。僕は全員がちゃんと死んだか確認し、死体に刺さったままのナイフを引き抜く。
 僕は体内無線機を起動させ、連絡を送る。
「任務完了」
『ご苦労様、確認次第、報酬はいつもの口座に』
「了解」
 そこで無線を切った。
 人を殺すと、とてもむらむらする。まだ昼間だけど、僕は風俗にでも行こうかと考えている。
 罪の意識なんて、微塵もないことに、恐怖を覚えていたのもはるか昔のことのようだった。
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