トップに戻る

<< 前 次 >>

2『穏やかな朝は血濡れの夜の布石』

単ページ   最大化   

 港の倉庫で麻薬取引をしていた七人の男を殺害したのは一昨日、その仕事をこなした報酬で僕よりいくつか歳の若い20代前半だろう女性に下半身を咥えられ、夢見心地でいたのはもう昨日のこと。
 今朝の僕の目覚めは前日と変わって憂鬱なものだった。レシオン国で最もポピュラーなハスムド新聞の朝刊は、一夜にして20人を虐殺した凶悪な殺人鬼の話題で一面が独占されていた。
『月下の死神』
『フィネラルドの再来か』
『黎明の調整者(イルギギス)との関連性』
 などと言った、いかにもな見出しが目につく。フィネラルドに、イルギギス、この国に住む者ならば誰もが無視することのできない、強力な魔力を持った文字だった。
 いかれた殺人宗教集団・黎明の調整者(イルギギス)、とにかく人間という人間を性別、年齢、身分に関係なく殺して殺して殺しまくる、世界で最も危険視されているカルト野郎どもの巣窟。その中で飛びぬけて危険なのが、無生命の使徒とも呼ばれるフィネラルド・ガルシア。当時、陸続きに二つ離れたヴァスカという小国で、人口の三分の二を殺害したとされ、三年前にレシオンに現れて僅か三日足らずで七百人以上を戦略兵器の類を一切使わずに殺した、伝説の殺人鬼。人間一人に対し、国家最大警報が発令され、小国なら一日とかからず更地にしてしまう戦魔軍三千の兵士、さらに皇国専属の四騎士までフィネラルドを狩り出すために出動したのは、僕の記憶にも鮮明に焼き付いている。
 二百の兵士を殺したが、その際に重傷を負ったフィネラルドは三年間、姿を現さず死亡説も流れている。

 一通り新聞を読み終えると、体内無線が鳴った。僕はため息を吐くしかない。内容など、簡単に先読みできた。
『今、家の前にいるから開けてくれないか』
「りょうか、え?」
 少しだけ驚いた。どうせ、例の月下の死神を殺せ、という任務の話だと思ったのだが。彼女が僕の家にくるのは、大変珍しいことだ。
 僕はすぐに玄関の扉を開けた。そこに立っていたのは、艶やかな黒髪を靡かせる、目鼻立ちのくっきりとした完璧な美人だった。切れ長で挑戦的な眼が、彼女の一番のチャームポイントだと僕は思っている。彼女の名前はラナ・イース。僕に仕事と報酬を与えてくれる、実のところ素性は僕もよく知らないミステリアスな女性だ。
「入ってもいいかな」
「どうぞ」
 僕はラナを家へと上がらせる。いつも綺麗にしてあるから、というよりも物がなにもないだけだが、とにかく急な来訪者が来ても困ることはない。仕事上、自宅を知っている人間自体もそんなにいないのだが。
「どうしたんですか、突然」
 僕はコーヒーをカップに注ぎながら尋ねた。
「別に、たまには顔を見たくなってな」
「嬉しいこと言ってくれますね」
 ラナの顔には悪びれる様子もなく嘘の文字。勝手に僕のイスに座って退屈そうにしている。僕は湯気を立てるアツアツのコーヒーを彼女に渡してやる。
「まぁあれだ、昨夜現れた月下の死神とやらについて調べてたら、ちょうどこの辺りに来てたもんで寄ってみただけだ」
「それで、何かいい情報は入りましたか?」
「わかったのはどうやらイルギギスの信者で、名前はギグル、影を利用した珍しい魔法を使うこと、くらいだな」
 裏社会に顔の利くラナの情報網は、マカベリでも最高峰だ。裏社会の大物に身体を売って情報をもらっているという噂が絶えないが、それは僕には関係ない。
「まだ賞金も高くはないが、無差別に殺人を行うイルギギスの連中は危険だ。情報が入り次第すぐに知らせるから、いつでも行ける準備をしておけよ」
 猫舌なのかコーヒーを少しだけ啜っては怯む姿が少しだけ可愛く見えて僕はいつもよりいくらか柔らかく「了解」と返事が出来た。



 この世界には人間が増えすぎている。増えすぎた生物は生態系のバランスを崩すだけでなく、やがて自身をも滅ぼす。世界に、救いの死を
 そんな黎明の調整者(イルギギス)の教えに従い、月下の死神ギグルは昨夜マカベリ郊外で無差別に殺戮を起こした。いづれは、フィネラルドのような偉大な殺人者になれるように。ギグルは夜が来るのが待ち遠しかった。


 マカベリの中心地に位置するマカベリ中央公園で、完全装備の僕は一般人を装って黄昏ていた。相手は現れるかどうかもわからない殺人鬼。ましてや出現場所などわかるはずもなく、仕方ないので街の中心にあるこの公園からならば、どこに現れても瞬時に対応できるからだ。昼間は家族連れで賑わうこの公園だが、日が落ちるとカップルのデートスポットになっているようだ。中には女の子同士のカップルもあって、僕は少しだけ幸せな気分になれた。
 それにしても、月下の死神ギグルは昨日の今日で現れるのだろうか。最初ならばともかく、賞金がかけられてからマカベリで犯罪を起こすのは難しい。警察はもちろん、僕の同業者たちも動き出す。マカベリは軍もさることながら、一般の魔法士のレベルも高い。並みの犯罪者では無茶をすればすぐに返り討ちで殺されてしまうだろう。
 それこそ、鍛えられた軍人、有名な魔法士を惨殺しまくったフィネラルドのような化け物級の魔法士でなければ。
 奴の名前を出すと、反射的に身震いしてしまう。まさか、ギグルは奴ほどの悪魔ではないだろうと、半分自分を落ち着かせるために唱える。
 公園の中央にある大きな時計塔の針が0時丁度を指していた。

 血が吹き荒れそうな、いつもの夜だった。
 マカベリ西部、カルカナ通りの外れ、繁華街から離れた薄暗い細道では、いつものように派手な服装をした十代後半の若者たちが数人たむろしていた。彼らの足元には煙草の吸殻や潰された酒の缶などが無数に散らばっている。愉快に交わされる会話は軽犯罪の自慢や、女のこと、下品な話題ばかりだった。
 そこに、ふらふらと一人の男が現れる。みすぼらしい格好をし痩せ細った体でゆっくりと少年たちの方へと近づいていく。少年たちがその男に気付くと、いやらしく笑い視線を交わす。
 獲物がやってきた。
 慣れた動きで少年たちは男を囲み、決まり文句を発しようとした矢先、男が先に口を開く。
「私は差別を嫌う」
 骸を連想させる、骨張った顔に張り付いたように存在する乾いた唇からはざらついた声。
「家族だろうと、例え人様に迷惑をかけることしか出来ないような馬鹿な子供だろうと、それらは何も関係がない」
「なんだこのおっさん、いかれてるのか?」
 少年たちの一人が男に近づくと、死んだ。
 背後から夜の闇のような黒い刃が、少年の腹部を貫いていた。薄暗い細道に、赤が彩られる。あまりにも突然の出来事に皆が理解及ばず硬直する中、一人だけ何事もなかったかのように、痩せ細った男は続ける。
「すべての人間の命は平等だ。平等に価値がない。だから無差別に殺人しよう!」
 独白のような言葉は、死への宣告。
 逃げ出す少年たちだが、男の間合いは広く、ほとんどの若い命が刈り取られる。一人だけ取り逃がすが、男は追うようなことはしない。
 道端に転がったいくつかの死体を満足げに見つめる。出来上がったばかりの死体には、凶器となったはずのものはどこにもそんざいしていなかった。
 男が歩みだそうとすると、背後から殺気。振り向くと、三人の武器を持った男たち。
「見つけたぜ、月下の死神、ギグル」
 三人はフリーの魔法士。全員中堅以上の腕利きだった。
「賞金狙いの魔法士か?くだらない奴らだ、死ね」
 ギグルの言葉を合図に、三人が動く。魔法剣えを構えた二人がギグルに接近、一人は後方で魔法を描く。一般的な連携の動きだった。
 二本の銀の剣が、別々の方向からギグルに迫る。風切り音、直後に、金属音。二本の剣が同時に弾かれる。ギグルは微動だにしていない。魔法士の剣を遮ったのは、炎のようにゆらめく柄の上と下に二つ刃が付く黒き鎌。死神が持つような鎌は虚空で旋回し、二人の魔法士を弾く。交代する二人。
「噂の影の魔法か」
「影?私の魔法が?そんなくだらない噂を流した馬鹿はどこにいるんだ?殺しにいかなければ」
 三人の男には目も向けず、空に向かってつぶやくギグル。
「お前たちも死ね」
「得体のしれない魔法だ。様子を見よう」
 三人は目線で合図を交わし、再度二人が接近。迎撃に現れた鎌の間合いに入る前に、二人は横に飛び、左右を囲む建物を利用し三角とびの要領でさらに跳躍。ギグルの頭上を取る。
 ギグルが鎌を遠隔操作し、鎌が上空の二人に迫ると、前方から魔法の反応。
 後方にいた一人が中位物理魔法〈黒重鉄圧(ラッヅラセル)〉を発動。通路を埋め尽くすような巨大な鉄の玉が虚空から形成され、弾丸のようにギグルへと発射される。轟音、直撃、と思われたが巨大な鉄球は突如現れた黒く分厚い壁に阻まれる。勢いを失った鉄球は光の粒子となって消えていく。
 しかし魔法士の攻撃は終わらない。上から急降下してきた二人が瀑布となり追撃。ようやく動いたギグルの両手には、死神の鎌が握られていた。鎌を振り、二本の刃を迎え撃つ。弾かれた二人が地面着地すると、ギグルは回転を利用して、一人の足元に鎌を振るう。股より下の攻撃に慣れていなかった男の一人の両足が両断され、地面に倒れる。
 仲間の激しい悲鳴に怯んだすきにギグルが片手をかざすと、手のひらから黒い小型の槍が三本放たれる。腕と胸に槍が貫通し、剣を落す魔法士。一瞬の後、接近したギグルが剣を失った男の首をはねる。流れるように首を切断し、そのまま後ろにいる魔法士に接近。上から振り下ろされた鎌を剣で弾き、一度距離を取り、紡いでいた魔法を発動。上空から無数の鉄の柱が降り注ぐ〈墜鉄(トリステイン)〉の魔法。鉄の雨を縫うように、ギグルは接近していく。何本もの鉄の柱が地面を穿ち轟音を立てていく。かすりもしなかった事に驚く魔法士。
 格が違う。ようやくその事実に気付いたが、それはその間際のことだった。旋回しながら襲いくる鎌を防ぎきれず、魔法士は体を袈裟切りされ、血を吹き出し絶命する。
 両足を切断された魔法士が顔色を悪くしていたのは血を失いすぎたからだけではない。自分たちは中位の魔法士だと思っていた。並みの犯罪者に負けるわけがないと思っていた。だが、相手が悪かった。相手は間違いなく上位の魔法士だったのだ。軍でも優秀な成績を収めるだろう実力を持ちながら、なぜ無差別な殺人など行うのか。彼には理解できず、理解できないものは畏怖するしかなかった。一人の魔法士は近づく死神の足音を聞きながら、永遠の眠りを待つのみだった。やがて両足を失い動けない魔法士のもとに、ギグルが立つ。骸骨のような顔には恍惚の笑み。そして刃が振り下ろされ、魔法士の首は胴体から分離した。


 経緯を説明すると、突如いかれた魔法士に襲われた少年の一人が通報。瞬く間に情報を入手したラナが僕に伝達。そして僕は息を切らして、殺人者の目の前に辿り着いたわけだ。
 倒れている人間の首を刎ねる最悪のシーンをいきなり目撃してしまい、気分は最悪だ。月下の死神、ギグルと思われる男が僕に気付く。
「やあ」
「お前も魔法士か、今夜は獲物からやってくることが多いな。死ね」
 一言交わしただけで異常者とわかる。フィネラルドもそうだったが、イルギギスの連中とはまともな会話にならない。そして、厄介なことにどいつもこいつも一級の実力を備えている。立っているだけで、相手の実力はある程度わかるものだ。これはラナの情報が早くて助かった。下手に警察や低位の魔法士が駆けつけていたら余計に死体が増えていただろう。
「悪いが、殺しならこっちもプロだ。いや、本当にプロだったのは昔の話だが」
「なんの話だ?意味の分からない奴は死ね」
 ギグルの手に、炎のようにゆらめく漆黒の鎌が握られる。僕は懐から二本のナイフを交差させて構える。地面を蹴り、一気に疾走。リーチが違いすぎるので、ギグルの鎌の方が先に僕に迫る。ナイフでそれを受け、掻い潜ろうとするが、鎌は半回転し今度は反対側の刃が迫り、体捌きで避ける。こちらの刃が届かないこの間合いは不利なので、一度後退して距離を取る。僕が離れると、今度はギグルが接近。回転しながら襲いくる鎌は上への斬撃を防ぐと、すぐに足元へ迫り、それを避けると再び上に刃が迫っている。隙がなく厄介な武器だった。しかし、この武器をどうにかして接近しなければ僕に勝機はない。
 鎌をどうにかする算段を考えていると、背後から気配。振り向き確認する余裕もなかったので、直感で体を捻る。刹那、僕の脇腹を鎌と同じ黒くゆらめく刃が掠る。
「ほお、よくかわした。雑魚ではないのか、だが差別はよくないので殺すぞ」
 ギグルの魔法は形成した武器を自在に操る類の魔法らしかった。この手の魔法の攻略手段もあるが、相手の魔法の情報がまだ少ない。ギグルの強さは、判断を間違えば即死することを約束してくれている。

 殺し合いの最中だというのに、僕はふと懐かしいな、と思ってしまった。
 昔はもっともっと殺していた。もっともっと大変な殺しをしてきた。修羅場はたくさんあったのだ。
 ほんの数人で大きな組織のトップをターゲットにしたとき。
 仲間たちと殺しあったとき。
 殺戮の神、フィネラルドと対峙したとき。

 それらに比べれば、まだ懐かしさを楽しむ余裕があった。
 僕がうっすらと笑いを浮かべると、ギグルは不愉快そうに僕を睨んだ。
「何を笑っている、死ね」
 ギグルが僕に手をかざすと、三本の槍が放出される。僕は二本のナイフで三本全てを叩き落としてやる。
「なに、少し昔を思い出してね」
 無表情で、さらに槍を放つギグル。それもナイフで防ぎきる。
「どんなに辛くても殺すときは笑えって教わってきたもんでね」
「そうか、ならば死ね」
 ナイフを構え直し、僕は再びギグルに接近。

 今夜も、血の雨を降らすことになりそうだ。
3, 2

  

 春の夜の優しい空気を切り裂いて、人殺しの僕と殺人鬼は颶風となる。魔力で補強されたナイフと、魔法で形成された黒き鎌が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。数瞬の間に訪れる続ける死の可能性を潰し続け、死を与える刃を繰り出し続ける。緊張感、焦り、狂気、殺意、そして悦楽。認めたくはないが、僕の心の芯にある殺し合いを求める凶悪な部分が、歓喜に震えている。そこに死への恐怖はなかった。
「これだけ刃を交えて気付いた。お前は同族だろう!」
 殺人鬼の顔には邪悪な笑み。
「変態宗教信者の殺戮中毒者と一緒にされたくはないね」
 僕の返答は、しかし真実味を帯びてはいなかった。
「殺したくて仕方がない、と言った顔だぞ」
 ギグルの振るう鎌をバックステップでかわす。が、そのまま踏込、半回転した鎌が続けざまに僕を襲う。足元から迫る鎌は僕のナイフでは防ぎにくく、ついに外側の脛のあたりに鎌が食い込む。ことはなかった。ギグルの鎌は僕のブーツを引き裂くだけで止まる。その下には、短いナイフが隠されている。
「残念」
 不敵に笑ってやり、ようやく出来た隙をつき僕は鎌の間合いの中に入り込む。この距離なら、鎌は触れない。ギグルの首を目掛けて僕のナイフが走る。
「……っ」
 ギグルは上半身を大きく反らし、ナイフを避ける。だがまだ、僕の間合いだった。もう一本のナイフをギグルの隙だらけの腹部目掛けて振り下ろす。ギグルの片手には魔法陣。ナイフとすれ違うように三本の槍が飛び出していた。
 僕のナイフがギグルの腹部に突き立てられる。しかし、僕の身体にも三本の槍全てが突き刺さっていた。二人同時に吐血。内臓を傷つけられたため、鍛えられた魔法士でも、放っとけば死ぬ。
「があっ!」
 口から血を吐きながらも、ギグルは鎌を振るう。僕はナイフでそれを防ぐが、弾かれて距離が出来る。ギグルの腹には、僕のナイフが深々と刺さっている。
「はぁ、はぁ、ここまで手ごたえのある人間は初めてだ。いったい何人殺してきた?」
 ギグルの問い。
「さぁ、途中からは数えてないから」
 僕は空いた片手で魔法陣を描く。
「ちなみに僕は、お前よりも強い人間を何人も殺してきたよ」
「フリーの魔法士ではないな。警察でもないな。元軍人か」
「はずれ」
 お互い、呼吸を整えるために意味のない会話を続ける。どちらかは確実に死ぬのだから、ここでお互いのことを教えあっても何も残さない。残ったとしても、死ぬのだからもう関係がない。
「いったい、どんな職業につけば人を殺せるのか、ずっと考えてきた」
 唐突に、ギグルは語りだす。
「もしも、公的に人を殺せる仕事があるなら是非にでも教えてほしいのだが」
「そんなもの、フリーの魔法士にでもなれば犯罪者殺し放題だよ」
「そうではない、道端ですれ違った人間を無差別に殺すような仕事がしたいのだ。増えすぎた人間の数を調整する、有意義な仕事だ。社会に貢献できる、すばらしいことだ」
 たしかに、世界全体で人口は増えすぎている。レシオン国では特に。その分仕事は減り、、住む場所はなくなり、浮浪者や犯罪者が増加する一方だ。殺しても殺しても、一向に減る気配はない。世界のバランスは、確実に壊れかけている。どこかで調整する必要はあるものだと僕も思う。
「じゃあ自殺しろよ、その方が社会に貢献できるぜ」
 しかし、ギグルや黎明の調節者(イルギギス)の言い分など、聞いたら負けだ。
「どんな大義をあげたって、行為に違いはないよ。殺しは殺しでしかない」
 その言葉は、昔の自分に投げかけられたものでもあった。
「殺していくうちに、世界が正しい道へと修正されてる気にでもなってるのか?錯覚だよ」
「それは我らの教義だ、あまり他者の宗教を否定しない方がいい。戦争になるぞ」
「お前の宗教は肯定できるわけがないだろ」
 くだらない会話はもう終わりだ。そして、この戦いも終わらせる。
 僕は片手で紡いだ魔法を発動。光の初級魔法、拡光覆(オ・プス)が、夜を蹴散らす眩い光を放つ。おそらく魔法の発動を読んでいたギグルは目を閉じたのだろう、大した効果にはならなかったが、それでも十分だった。こっちは囮だ。
 ギグルは僕に鎌を投げつける。回転する鎌を叩き落したつもりだったが、鎌は持ち主の手を離れても勝手に動き、僕を攻め立てる。距離を稼ごうと思っていたが、目論見は外れた。本当に厄介な魔法だ。
「さぁ、これで終わりだ、死ね」
 ギグルは両手を僕に向けて翳す。大きな魔法陣が展開されていた。会話中に魔法を紡いでいたのは僕だけでは当然なかった。
 放たれたのは闇の中級魔法・闇閉間(ゾフィアネス)。鎌に足止めされた僕の周囲に無数の魔力で出来た武器が浮かんでいた。明らかに回避は不可能だ。
 一斉に全ての武器が僕を目掛けて弾丸のように放たれる。
 僕は腰の後ろから、剣の柄を取り出す。刃の無い、柄と鍔のみの異質な剣。

 聖輝対魔剣(ヴェセルバー)の魔法を発動。
 刃の存在しない剣に、白く輝く光が宿り、刀身を成していく。ギグルの黒い炎のような武器と対になるような、光で出来た魔剣。その一振りは、ギグルの無数の武器の半分を一撃で破壊する。
 ギグルの表情には驚愕。
「なんだと……」
 相手の魔力に干渉し、僕の魔力を流し込み相殺するこの剣は、常に魔力を放出していないと維持できないため膨大な魔力を消費することためあまり使いたくはないのだが、込められた魔力を僕の魔力が上回ればいかなる魔法でも斬り捨てることが出来るアンチ・マジック魔法の一つ。この魔法を発動するのは久しぶりだった。
 僕は壁を使って高く跳躍し、魔剣を構えたままギグルの上方に跳躍する。ギグルは鎌を手元に戻し、迎撃態勢を取る。さらに黒い魔力で作られた壁が幾層も形成される。
 僕の魔剣とギグルの壁が激突。光の魔剣は相手の魔法を焼き付くし、何枚もの壁を破り、ギグルの鎌とぶつかり合う。一瞬の硬直の後、黒き死神の鎌は光の粒子となって散り、魔剣はそのままギグルを切り裂いた。刃の存在しないこの剣は、物理的には対象を斬るのではなく、焼く、と言った方が正しい。焼け焦げたギグルの肉と服が香ばしい匂いを放つ。
 月下の死神ギグルは体を大きく焼け焦がされ、地面に倒れた。わずかに、まだ息があるようだった。

「ここまでか……」
 死を間際にした、弱弱しい声。
「あぁ。……最後に、一つだけ教えてやるよ。公的、ではないが人を殺す仕事」
「なんだ、それは」
「皇国独立暗殺部隊・闇色の瞳。昔、僕はそこにいた」
「まさか、実在していたのか、単なる噂だと思っていたが」
 絞り出すような声は、悔しさにまみれていた。僕に敗れたことにではない。もっと殺したかった。ただその欲求のみが、死の際に言葉となった。
 虚しくなる。フィクションのように、倒した相手が更生するようなことが一度もない。勝利のあとに訪れるのは、いつも虚無だった。僕は別に英雄になりたいわけではないが、せっかくなのだから、仕事に意味を見出したかった。戦うことで悪人を正しい道へ正せるような、そんな人間に憧れた。だけど現実は、人殺しを殺して、次なる人殺しを防いだにすぎない。
 どこまでも虚しくなる。そして嫌になる。この世界に、そんな自分に。
「まぁ、お前の実力じゃ無理だよ。腕の落ちた僕に殺されるようじゃ、最初の任務で死んでおしまいだ」
 もはやギグルに返答するだけの力は残っていなかった。
 春の生暖かい風が、不快に僕を包んだ。
 僕にふさわしい、味気のない終わり。
 きっと、僕は死ぬ時もこうして世界の片隅で誰にも気づかれず、消えていくのだろう。
 念のためギグルにとどめを刺し、僕は血で彩られた細道を去った。
4

ロミオ・マストダイ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る