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三日目

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 いつものように担当教員から問題用紙と解答用紙が配られる。「テスト用紙が足りません」などと言う台詞もそろそろ聞き飽きた頃、クラスで一番体が大きいと定評のある若槻君が急に叫びだしたのだ。
「もうまっぴらだよ!」
 何事かと若槻君に視線が集う。名簿順で一番最後の彼は教室の隅っこで肩を震わせて立っていた。
「どうしたんだ、若槻」
「寄るなぁっ」
 心配して近寄った担当教員を若槻君は突き飛ばす。思ったより強い力だったらしく、教員は近くにいる生徒の机を巻き込みながら倒れた。大惨事だ。クラスが騒然とする。
「何で俺ばかりこんな目にあうんだよ!」
 なんだ、一体彼は何に怒っているのだ? 誰もが頭の上に『?』マークをつけていた。やがて答えが見えないクラスメイト達は何故か僕に視線を寄せた。分かるか。
「若槻君、落ち着いて」何となく皆の視線に圧されて僕は言った。
「これが落ち着いていられるか瀬戸ぉ!」
「叫んでたら分からないよ。教えて、何が起こったの?」
「『何が起こったの?』じゃねぇよ! 何で気付いてないんだよ!」
 なんだ? 気付いていて当然なのか? 僕たちの間に緊張が走った。頭をフル回転させ、思考を巡らせる。しかし残念ながら答えには行きつかなかった。
 教室中に走る困惑の色を読みったのか、若槻君は失望したように膝をついた。がっくりと首を落とす彼は力ない声で言う。
「何で誰も俺の席がないことに気付いてくれないんだよ……」
 ギョッとした。
「席がない? 一体いつから?」
「初日からだよ! ずっと立ってテスト受けてたんだよ! ……みんなぴりぴりしていたし、『席がありません』なんて馬鹿げたこといえるはずなかった。だけど誰かすぐ気付いてくれるだろうって思ったんだ」
 若槻君は悲痛な声で言うと悔しそうに涙を流した。皆が同情の視線を寄せる。
 その中には相手を探る様子が見て取れた。
「若槻君かわいそう。何で誰も気付いてあげられなかったの?」
 最初に口を開いたのは葛本さんだった。来たか、と思った。密やかに。
「みんな酷いよ。クラスの大事な仲間が立ってるんだよ? 席が無くて困ってる。それに気付かないなんて異常だよ! 頭おかしいよ! 死ねばいいんだよ! クズが!」
「麻子」
 自分を棚に上げて好き放題言いまくる葛本さんに宮下さんが冷静な声で水をさす。
「確かに気付かなかった事は可哀想だよ。でも私たちだって目の前のテストで必死だった。切れるくらいなら若槻は自分で主張すべきだったんだ」
「なんだと!」若槻君の目に再び怒りが湧きあがる。「宮下、何で俺が悪いんだよ。ここまで気を遣って耐えてきた俺が」
「その無駄に大きい体格や雑把な性格に対してやる事が受身なのよ」フンと宮下さんが鼻で笑う。この人すごいサドだ。
「でも、若槻君の前に座ってる山田さんとかが気付かないのはおかしくない? だってテスト用紙後ろに回すときに嫌でも気付くでしょ?」
 急に攻撃の目を向けられ、普通が服を着たと陰で揶揄される山田さんはビクリと体を震わせた。
「た、確かに若槻君の座高が高すぎておののいた記憶はあるけど、まさか立ってるなんて思わなくて。それを言い出したら先生だって全く気付いてないんだし……」
「や、山田! お前、先生のせいにするって言うのか!」
 若槻君に突き飛ばされ机と共に倒れこむ教師は声を上げると、キョロキョロと周囲を眺め、やがて僕に視線を留めた。嫌な予感がする。
「せ、瀬戸、クラス委員長であるお前なら先生が悪くないって分かってくれるな? 仁王立ちで立つ若槻を、クラスの趣味で置いているでかいマネキンと間違えてもおかしくないって」
「どんな趣味ですか。大体、僕はクラス委員長じゃないですよ」
「じゃあ誰が委員長だって言うのよ!」葛本さんが叫ぶ。何故知らないのだ。
「山田さんでしょ。自分で立候補してたし」
 すると山田さんは強張った笑いを浮かべた。
「何言ってるのよ、瀬戸委員長」
「誰が委員長だ」
「だって私が委員長な訳ないじゃない。瀬戸君が委員長だって担任でもない先生が言うんだから、瀬戸君が委員長よ」
「瀬戸ぉ! やっぱりお前が委員長だったのか!」
「酷いわ瀬戸君! あなたが委員長だったなんて!」
 やっぱり瀬戸が委員長か、前々からあいつは委員長だと思ってたんだよ、委員長顔だよね、顔も可愛い、うん可愛い、猫より可愛い、食べちゃいたい、俺前々から瀬戸と夜を共にしたい思ってたんだよ、早く脱げよ、クラスから意味不明な言葉が飛び交い、僕は思わず耳を塞いだ。
 そのとき、誰かが僕の肩にポンと手を置いた。
 神無月さんだった。
 真打登場と言う感じで姿を見せた彼女に、クラスの皆は黙り込む。彼女の存在はそれだけクラスで注目されるのだ。まるで王の言葉を待つように、皆が一心に彼女に視線を寄せる。
「皆さん、瀬戸さんが委員長であることはありえませんわ」
「どうしてそう言えるの?」
 困惑した表情で葛本さんが問う。
「だって瀬戸さんは今年の秋、私と生徒会に立候補するつもりですもの」
 えっ、と皆が息を呑んだ。僕も。初耳だ。
「神無月さん、待って」
「ですわね? 瀬戸さん」
「えっ?」
「生徒会、立候補してくれますわね?」
「そんなこと急に言われても……」
 緊張を孕んだ空気が満ちる。誰もが僕の答えを待っていた。ここで無碍な返事は出来ない。返せる答えは一つだけだった。
「わ、分かったよ……」
 渋々頷くと、神無月さんは僕の手を取り、にっこりと嬉しそうに頬を赤くする。反則だ。そんな顔をしたら文句なんて言えるわけないじゃないか。
 パチリ、パチリと拍手が起こり、やがてクラス中から歓声が上がった。良いぞ瀬戸! やってやれ! 神無月さんを支えろよ! お幸せに! 挙式には呼んでね! 皆の拍手の中僕達は互いの手を取り合い、見つめあった。なんだか酷く照れくさい。大団円だ。
 そのときチャイムが鳴った。
「よし、みんな! テスト頑張ろう!」
 僕が言うと「おおっ!」と勢いのよい返事が帰ってきた。
 この時の僕達は、まさかいまのチャイムがテスト終了の合図だとは夢にも思わなかったのである。
 ちなみに若槻君は次の日も立ってテストを受けていた。

 もはや僕たちのテストはとんでもない事態に陥っているといえた。
 これを何とか解決しなければならない。
 僕には一つの考えがあった。
 これが当たっていれば、全ての事件に片がつく。
8

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